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第十章.血濡れの愛妾

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113.透明な手紙

 すると急にアラドは声を荒げた。


「おいっ、冗談じゃねえぜ!」


 ジョゼはしずしずとアラドの前に進み出る。


「クレールを殺した犯人は、アラド様。あなたですね?」


 すると彼は首を横に振り、急にこう叫ぶ。


「俺じゃねえっ。俺が殺した証拠があるのかよ?」


 ジョゼは言った。


「アラド様は、クレールと頻繁に手紙のやり取りをしていましたね?」


 するとアラドは急に顔色を取り戻し、こう言い返した。


「クレールに手紙なんて出したことねえよ!クレールの部屋に、俺の手紙なんかない!」


 ジョゼは平然と告げる。


「そうですね。アラド様は自分が出した手紙だけ、家具ギルドの庭で燃やしてしまいましたものね?」


 アラドは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「……ふん。そんなこと、知らねぇよ」

「クレールの部屋には沢山の手紙が保管されており、その中には陛下やノールの手紙もありました。私も確認させていただきましたが、確かにクレールの部屋にアラド様の手紙はありませんでした」


 アラドは今度は得意げになる。


「そうだろう、そうだろう」

「でも……手紙って、二人の間だけを行き来するものでしょうか?」


 アラドは首をひねる。


「は……?」

「手紙は、誰かが届けなければならない。違いますか?」


 それを聞くや、アラドは真っ青になった。


「クレールから手紙を預かった配達員。捜査員らが、彼から証言を得ました。あなたはクレールと親しく、頻繁に手紙のやり取りをしていた。確かに手紙はもうこの世にありませんが、手紙が幾度となく渡った〝記録〟は残っていたのです」


 アラドは憤然と言い返す。


「だ、だから何だって言うんだ!」

「あなたはさっき、〝クレールの部屋に俺の手紙はない〟とおっしゃいましたよね?頻繁に手紙を出していたにも関わらず──どうしてそんなことをおっしゃったのですか?」

「!」


 アラドはしどろもどろになった。


「な、ないと思っただけだよ……あいつ、もう俺には会わないって言ってたし」

「それは──クレールと親密だった、という解釈でよろしいですか?」

「ぐっ……」

「はっきり申し上げます。あなたはクレールの部屋に行き、ワインと思わせて目薬を大量に飲ませて毒殺した後、証拠になりそうな自分の手紙だけきれいに抜き取って燃やしたのです。他の手紙を残して……つまり手紙の内容を知られまいとするのと同時に、他の手紙の差出人に罪をなすりつけようとした。そうではありませんか?」


 アラドがくらりと眩暈を起こし、両ひざをつく。その瞬間を見逃さず、衛兵がアラドの脇を支えた。


「お、俺は……やってねえ」

「まだそんなことを言うの?更に言うと、あなたは城に持って来たクレールの家具も、後日燃やしていたじゃない。きっと証拠隠滅に違いないわ」

「手紙や家具を燃やしたから何だって言うんだ!クレールが燃やしたのかも……」


 話がややこしくなりそうな気配を察して、ベルナールが割って入った。


「捜査員によって、アラド殿の当日の行動は既に調べ上げてある。クレールの使用していた女性用目薬の販売経路を調べたところ、珍しくアラド殿のような殿方が女性用目薬をラッピングもせず買ったので、不信に思ったと店員からの証言があった。また、夜の王宮内でクレールが入れるほどの大きな白い家具を運んでいたアラド殿の姿も、複数人から目撃されている。なぜか同じ家具を持ち帰る不審な動きも──」


 アラドは反論出来ずに閉口した。全員が固唾を飲んでその様子を見守っていると、彼は急にこんなことを言い出した。


「ノールに言われたんだ」

「……え?」


 今度はジョゼの方が青ざめる。アラドは吹っ切れたように言った。


「これは全部、ノールに〝やれ〟って言われたんだよ!俺はハメられただけなんだ!!」


 ジョゼは言葉が出せなくなり、アルバン二世も驚愕に口を開ける。


「ええっ、ノールが……!?」


 ジョゼは狼狽の瞳でベルナールを見たが、彼はそんな彼女を冷静に見つめ返していた。


 アラドは語る。


「俺が、目薬を飲ませて殺したクレールを運び出そうとした時、偶然やって来たノールとクレールの家の玄関で行き会っちまったんだ。ノールは占いの約束をしていたとかで、クレールのことを訪ねて来たようだ。そこで俺は……ノールも殺そうと」


 ジョゼとヴィクトワールの顔がこわばる。


「しかし、なんかあの女強くて、あっという間に組み伏せられてしまって」


 やはりそうなるだろう、と考えていた二人はアラドが殺されなかったことの方に安堵する。


「遺体を見つけられてしまって、もう俺は社会的な死を覚悟した。きっとノールに通報されるだろうと……。しかし、俺の予想に反してあいつはこう言ったんだ。〝遺体を遺棄するのに、もっといい方法がある〟と──」


 アルバン二世の顔がみるみる険しくなって行く。ジョゼは内心焦り始めていたが、お構いなしにアラドは続けた。


「馬車に遺体を座らせ、更に馬車に家具を入れ、俺はその家具に入って隠れればいい、と。守衛に尋ねられたら、応えるように家具の中からカーテンに引っ掛けた糸を引けばいい、と……そうすれば死んだクレールが顔を見せ、生きながら入ったという現場を作り出せるとノールは言ったんだ。そして陛下のいない間に遺体を投げ込み、王の寝室にしかない短剣で腹を刺せば、陛下に罪を着せられる、などと……。血は、そのへんの鳥をさばいて手に入れた。遺体をナイフで刺し、血をまいて、即席の殺傷事件が完成したんだ」


 ジョゼは焦りながら、どうにかノールを助けられないかと気を揉んだ。アラドはなおも言い募る。


「陛下なら全ての罪を隠匿できる。だから陛下に全てを負わせれば解決するんだと、あいつはそう言ってのけたんだ。顔に似合わず恐ろしい女なんだ、あいつは!」


 すると、その時だった。


「……それを〝ノールが言った〟という証拠はあるの?」


 そう問いただしたのは、王妃ヴィクトワールだった。

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ブレイブ文庫様より
2025.11.25〜発売 !
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ノールなら尻尾は出さない!
王妃!?
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