112.燃やされない証拠
二人がギルドの裏庭に入ると、廃棄された家具が敷地内の作業場で燃やされていた。ジョゼとベルナールは慌てて馬車を出る。
「何を燃やしている……!?」
燃えていたのは、家具だった。
塗料を焦がしながら燃え盛る家具の前では、従業員の男がひとり立っている。
木製家具なので、あっという間に黒焦げだ。
「ん?……あなた方は?」
従業員に尋ねられ、ベルナールは苦々しい顔で警察の紀章を見せる。
「王都警視庁のベルナールだ」
「それはどうも……でもあいにく、今アラド様は外出中で」
「……なぜ家具を燃やしているんだ?」
「えっ?そりゃあ、アラド様からこれを燃やすようにって言いつけられたんですよ」
「それは、どんな家具だった?」
「えっ……そうだな、白い家具だ。衣装用の、クローゼットみたいな。何枚か手紙も入ってたけど、アラド様が〝いらない〟っておっしゃったんでまとめて燃やしたよ」
ジョゼは呟いた。
「白い家具……手紙……」
彼女の頭に浮かんだのは、クレールのドレッサーの横になぜか溜まっていた埃と、ベッドの上にある大量のドレス。それから残された多くの手紙だった。
ベルナールが耳打ちした。
「ジョゼ。白い家具って、まさか……」
ジョゼは答えた。
「クレールの部屋の家具かもしれないわ。不自然に埃が溜まっていたあの場所には、きっとクローゼットがあったのよ。そのクローゼットから大量の衣装を出し、その中に遺体を入れて運んだ。そしてその家具を──今、ここで燃やしたんだわ」
家具ギルドという場所の都合上、可燃物を燃やして廃棄するのはお手のものだろう。手紙を燃やしたというのも、証拠隠滅の可能性が高い。
「うーん。家具も手紙も、燃やされると証拠が残らない。証拠がないことには、捕まえられないな」
「もっと別の証拠を探さなきゃ──燃やされない証拠を」
ジョゼはそうひとりごつと、再び脳をフル回転させた。
目薬のビン、ワインボトル、グラスは不燃物なので燃やされなかった。
家具と手紙は可燃物なので簡単に燃やされてしまった。
そこまで考え、ジョゼはピンと来た。
「手紙──」
「どうした?ジョゼ」
「クレールの部屋の手紙のいくつかは、燃やされずに残っていたわね」
それを聞き、ベルナールは言った。
「確かに、現場に残っている手紙もあったが……それがどうだって言うんだ?」
「ベルナール。ちょっと調べて欲しいことがあるんだけど──」
ジョゼは刑事に耳打ちした。
「ああ、そういうことは捜査員の方が得意だ」
「結果が分かったら教えて欲しいの。明日の朝、捜査員の方々と王宮で落ち合える?」
「話しておこう」
「それでね、出来れば……」
怪訝な顔のギルド従業員の前でひそひそと明日の段取りをしてから二人は振り返った。
「おい、そこのお前」
「はい?何でしょうか……」
「アラド様が帰って来たら、明日王宮に来るように伝えてくれ。警察から話がある」
「はあ……かしこまりました」
明日の約束を取り付けると、ベルナールとジョゼは馬車へと戻って行った。
次の日の朝。
ジョゼは王宮に到着した。エントランスで捜査員から呼び止められ、昨日話しておいたことについて報告を受ける。
「そう……やっぱり」
ジョゼは王の寝室へ通された。
気まずい顔をしたベルナールが先に待っている。
しかし、彼の横には──
「ヴィクトワール様……!」
なぜか王妃が待っていたのだ。彼女はジョゼにニッコリと笑いかける。
「なぜヴィクトワール様がここに……?」
「ふふっ。面白そうだから来ちゃった☆」
「えっ!?〝面白そう〟……?」
ベルナールは目をすがめ、何か訴えたそうにこちらへ向かって瞬きをする。
そう。一応、王妃も容疑者のひとりではあるのだ。
アルバン二世の評判を落とすために、事件を仕掛けたのかもしれない。仮に王妃が犯人だとすると、事態はよりややこしくなってしまう。しかしわざわざやって来たということは、やったとしてもバレない自信があるか──本当に興味本位の可能性もある。
(ヴィクトワール様が犯人だと仮定すると、辻褄が合うところもあるわね。愛妾と仲が悪かったとか、夫を陥れたかったとか)
誰かに殺しを依頼するのもお手のものだろう。
しかし今日のジョゼは、導き出した推理に自信を持っている。とにもかくにも、自分なりの推理を披露するのみだ。
遅れてアルバン二世とアラドもやって来た。
これで、ジョゼの想定する役者は出揃った。
王が問う。
「ジョゼ、今日はどんな話を聞かせてくれるんだ?」
周囲を衛兵と捜査員が取り囲んでいる。ジョゼは彼らをぐるりと見渡して、はっきりとこう言った。
「陛下に申し上げます。クレール殺しの犯人は、この中にいます」




