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第十章.血濡れの愛妾

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109.王家御用達家具屋の弁

 王族には、王族専用のお抱え家具屋がいる。


 いわゆる王家御用達と称される最高級の家具屋である。ジョゼは初めてそこに足を踏み入れた。


 ベルナールが紀章を見せると、二人はすぐに奥へ通された。


 そこにはトランレーヌ王国家具ギルドのギルド長にして王家御用達の家具屋を営む、黒ひげの親父アラドが待ち構えていた。


「警察ですか……どうにも穏やかじゃないですね。うちの従業員が何かやらかしましたか?」


 ジョゼたちは席を勧められ座りながら、仲良く首を横に振る。


「いいえ、まだ犯人に関して何の手掛かりもありません。なので王宮内で起きた事件に関して、出入り業者にも聞き込みをしたいと思いまして」


 アラドの顔から険が消えた。


「ほう……事件、ですか」

「事件発生の時間帯から、王宮内部に出入りしても不自然ではない人物の犯行である可能性が高いのです」

「その事件とは、一体?」

「それは──」


 ジョゼが話し出そうとしたのを、ベルナールが止める。


「ここでは話せない。陛下から箝口令が敷かれている」


 ジョゼは「そうなの?」と彼を見上げる。ベルナールは頷いた。


 アラドは刑事に理解を示した。


「なるほど、そうですか。とりあえず前提からお話ししましょう。最近、王宮内で模様替えが行われているのです。内装工事と家具屋が出入りしているのは、そういった事情です」


 ジョゼはアラドに問う。


「どなたのお部屋を改装していらっしゃるのですか?」

「陛下の寝室ですよ」


 ジョゼはじっと考える。普段王の寝室なぞ入る機会がなかったので、内装が変わっていることにも特に気がつかなかったのだ。


「陛下が寝室を?なぜ」

「なぜって……」


 アラドは不満気に鼻を鳴らした。


「愛妾を代わる代わる滞在させるためさ。そのために部屋を広くし、出入り口の数を増やすんだ。今までなら陛下は愛妾に〝会いに行っていた〟が、最近は何を面倒がっているのか愛妾を〝呼びつける〟のが習慣になった。どうも、ヴィクトワール様の手前そうしているらしい。王妃陛下は嫉妬深いのかな?」


 ジョゼは、王と王妃の間が冷え切っていることを知っている。問題点はそこではないのでアラドの言うことは話半分に聞いた上で、ジョゼは気になっていることを尋ねた。


「内装を変える場面に、陛下は立ち会っていらっしゃらないのかしら?」


 アラドは頷いた。


「陛下は昼、出払っているからな。いつも我々は陛下が戻る前に帰っちまう」


 ジョゼも頷いた。


「なるほど……」

「何か気づいたのか?ジョゼ」

「ええ、ひとつの可能性が浮上したわ。内装工事の過程を陛下は見ていない。ということは、日々の変化があっても分からない。それならば、どんなに家具が増え、不自然な壁が出来ても、完成する日まで何にも気づかないことになる」


 ベルナールが膝を打った。


「そうか。ならば家具や壁の中に犯人が潜んでいても、すぐに変化に気づき辛いな」


 しかしアラドが苛立ちを露にする。


「うちの従業員が犯罪に関わってるって言いたいのか?うちは信用第一でやらせてもらってるんだ、冗談はよせよ」

「だが実際に事件は起こってしまっている」

「融通利かねえ刑事だな。どういった種類の事件であれ、俺たちは関与していない。王宮内で下手に騒ぎを起こしたら商売上がったりだ。要は、あれよ。こっちには動機ってもんがねーんだよ」


 確かに、とジョゼは胸の内で呟く。


 殺人事件、しかも殺されたのは高級娼婦の愛妾。一介の家具屋や内装工事の業者が彼女を王宮内で殺す理由が見当たらない。もし従業員と娼婦の仲がこじれて殺害する場合でも、わざわざ王宮の中で騒ぎを起こすとは考えにくいだろう。


「確かに動機がある人間を掘り起こして行った方が、話は早いかもしれないわね」

「ああ。特に最近は愛妾同士の寵愛競争が激化して、誰が陛下に言うことを聞かせられるかを競争しているようなんだ。今回の改装も、愛妾がどうにか陛下に我儘を聞かせた形でね。くだらない争いだよ、人民は飢えてるのに」


 ベルナールがそのあたりをメモしている。


「ふーん、愛妾同士……ね」


 恐らくその争いにノールは不参加であろう、とジョゼは思う。しかし──


「ああ、そうだ。特にノールっていう愛妾は多方面から嫌われてるぜ」


などとアラドが言うので椅子から転げ落ちるかと思った。ジョゼは冷や汗をかきながらどうにか話をそらそうとしたが


「ノールだと?」


 早速ベルナールがそれに食いついてしまった。アラドは堰を切ったように話し始める。


「ああ、怪しげな占いなどをして、陛下を意のままに動かそうとするのでな」

「ふーむ……」


 ジョゼは慌ててベルナールに耳打ちした。


「ノールは今回の殺しに関与していないと思うわ。なぜなら……昨晩は、私と一緒にいたからよ」


 ベルナールが驚いてジョゼを見る。彼女は繰り返した。


「そう、一緒に……娼館の営業時間後、食事をしたわ。それから、彼女の家で寝たの。朝食も一緒に食べたわ。だからあんな短時間で王宮へ行って、クレールを殺害して帰って来るだなんて無理よ」


 ベルナールはジョゼに睨みを利かせる。


「ジョゼ、まさかお前は共犯……」

「そんなわけないでしょ!」

「ふん、まあいい。アラド殿、有益な情報をありがとう」


〝有益な〟という言葉を、ベルナールはジョゼの目をしかと見て言い放つ。


「違うわよ、もう……」


 アラドの話が推理をかき乱し、ジョゼは憤懣やるかたなく口を尖らせた。

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