10.監視対象の特権
表通りに出ると、セルジュはジョゼに語り始めた。
「シュザンヌ様がフェドー議員の行方について何かご存知なのではないかと考え、党員と共に彼女が出入りしている宝飾店を調べ上げていた。その中のひとつの工房が、人身売買組織とも繋がりがあったんだ」
ジョゼは全く同じルートを辿ったセルジュを頼もしく思う。やはり軍人上がりだ、そこらへんの貴族政治家とは行動力が違う。
「恐らく、あのフェドー議員の遺体は偽者だ。人身売買組織が、首無し遺体に彼の服を着せて川に流した。その間に、フェドー議員はどこかへ──」
ジョゼは自分と同じ結論をセルジュが導き出していたことに内心驚いていた。
「……やはり、フレデリク様は生きている……?」
セルジュは明言を避け、
「政界では、フェドー議員の安否について情報が錯綜している」
と話を続けた。
「しかし居場所を突き止めようにも、肝心なところで情報が遮断されている。警察の中に、人身売買組織から裏金を貰っている連中がいるようなんだ」
「警察の一部が懐柔されているってこと?」
「ああ。残念ながらどの国にも、悪徳警官は一定数存在する。だからこれに関しては警察を頼らず、どうにか自力で証拠を揃えて行かなければならない」
ジョゼは歩きながら考えた。
「ふーん。なら、警察にも巻き込まれてもらおうじゃないの」
ジョゼの言葉にセルジュはぎょっとしたが、すぐに彼女の言わんとしていることに気がついた。
「そうだ、私たちは今、監視対象……」
「私たちが重要参考人である内に、人身売買組織に突入すればいいのよ。重要参考人が裏社会に潜り込もうとすれば、監視している警官もついて行かざるを得ないわ。もしも容疑者が殺されたり行方をくらませたりすれば、警察の大失態になりますもの。ここで強制的に、警察を関わらせて見せるわ」
危険な賭けだが、これはチャンスだ。ジョゼは周囲を見渡し、警官が複数人いることを確認した。
「おい、何を考えている?馬鹿な真似はよせ」
「ふふ。セルジュったら、過保護なんだから……」
ジョゼはあえてセルジュに腕をからめに行く。セルジュはおっかなびっくり寄り添って歩いていたが、ジョゼが何やら耳打ちすると青くなった。
「さ、行きましょうか」
「ちょっ……いくら何でも早急過ぎる……!」
「なぜ?思い立ったが吉日と言うじゃないの」
「どこの国の言い伝えなんだ?それは」
「あの露店と繋がりがあるという、人身売買組織のアジトを教えなさい。突入するわよ!」
「……正気か!?」
ジョゼとセルジュが足を早めると、警官も追って来た。
「やったわ。走り出しは順調!」
「えっ、ちょっと待って……ジョゼ、足速っ!」
二人は二人三脚のように走った。セルジュも警察に追われながら覚悟が決まったらしく、
「ぐっ……やるしかないのか……!」
と速度を上げて行く。すわ大捕物かと、やにわに街は騒然となった。
周囲の視線も引きつけられたところで、セルジュがジョゼと併走し指示を出す。
「こっちだ」
港の方向に足を向ける。積み荷が迷路になっている場所をくぐり抜け、漁師が泊まるための物置小屋に辿り着く。
遠くで警官の叫び声が聞こえた。
「応援だ!応援を呼べ!」
警官を増員するらしい。ジョゼとセルジュは物置小屋に隠れ、肩で荒くなる息を整えた。
「はー……よし、増員完了!」
「ジョゼ、ここまで来たはいいがどうするつもりだ?」
「え?人身売買組織まで行って、人を買いたいって頼みに行くのよ」
セルジュは深いため息を吐いた。
「アポも取ってないのに、入れてくれるわけがないだろ」
「なら、ぶち破るわ。銃なら持ってる」
物騒なことを平気で言う少女に、彼は子供をさとすように言う。
「あっちも銃を持ってるだろうから、下手をしたら殺されるぞ」
「?じゃあ、どうしたらいいのよ」
セルジュはうんうん唸って考えた。
「……ここは、演技をするしかない」
「そうね」
「人を買いたい、と」
「……」
「しかし、金目のものを家に置いて来てしまった……」
セルジュが天を仰いでいると、ジョゼはひょいと腕を見せびらかして来た。
「ふふふ、これが何か分かる?」
マシューから貰った、金のブレスレットだ。セルジュは目を瞬かせた。
「?そんな高価なものを、なぜ」
「貰いものよ。これがあれば、アジトに入れてくれるかもしれないわ」
セルジュは息を吸うと、嫌々ながら立ち上がった。
「約束してくれ。攻撃されたら、君だけでも逃げろ」
「そういうこと言わない!二人で逃げるのよ」
セルジュは物置小屋の勝手口を開けた。
「こっちだ」
二人は警官で騒がしい夜の港を、人買いの倉庫に向かって歩き出した。




