108.君の心
まずジョゼたちは王宮の守衛を当たることにした。
「何せ、真夜中でしたものでね」
と前置きしてから、守衛は彼女に語り始めた。
「クレール様は馬車の中で席に腰掛けていて、カーテンを開けてこちらに数秒顔を見せました。私は燭台の明かりでいつものように顔を確認したのです。馬車の中に、クレール様はおひとりでしたね」
ジョゼはそれを聞きながら、うずうずと尋ねる。
「クレール様が来る前後に、来客はあったかしら?」
「ええっと、まずこれが来客名簿です。真夜中にはクレール様だけですね。昼にはちらほら来客がありましたよ。でも、内装工事や家具屋の関係者ぐらいですかねえ」
ジョゼは名簿を見る。どうやら昨日ノールがやって来た形跡はなさそうだ。
ほっと胸を撫で下ろしていると、ベルナールが顔を近づけて来て言った。
「……誰の名前を探している?」
ジョゼはハッとして、思わずのけぞった。
「やめてよベルナール。近いっ」
「前にも同じような会話をした気がするが……また何か心当たりがあるのか?」
「ないってば、そんなの」
「前はノールの名を探していたな。今度は誰の名を?」
「だーかーら、何もないってば」
推理はことごとく外すくせに、ジョゼの顔色だけは見逃さない男だ。ジョゼは何かを誤魔化すように、先程の守衛の言葉を何度も反芻する。
「内装工事……家具屋……」
出入り業者がいるらしい。ジョゼは彼らが何らかのヒントを握っているのではと感じた。
「すみなせんが、その内装工事と家具屋さんのお名前を控えさせてもらっても?」
「いいですよ」
守衛はスラスラとメモを書いて彼女に渡した。
ベルナールはその様子をじっと見つめている。
馬車に乗り込んでしばらくすると、ベルナールが急にこんなことを尋ねて来た。
「何度も陛下に王宮へ呼ばれて、苦しくないか?ジョゼ」
ジョゼは驚いて真向かいにいる彼を見た。
ベルナールはどこか思い詰めたような顔をしている。
ジョゼは笑ってはぐらかした。
「陛下とある程度仲良くしておけば、儲かるかもしれないでしょ?女性議員になりたいという目標にも近づけるし。それに、何かあった時力を貸してくれるかもしれないじゃない」
「……そうか?」
そこに改めて疑問を呈されると、ジョゼも立つ瀬がない。
「な、何よ……」
「別に陛下の言うことを聞かずとも、ジョゼならそれぐらいのことは自力で達成出来そうだけどな」
ジョゼは苦笑いした。
「あはは……そんなわけ」
「この期に及んで謙遜か?」
「……何が言いたいのよ」
「ジョゼが陛下に近づくのには、もっと何か別の目的があるんじゃないか?と言いたい」
ジョゼは固まった。
この男……事件推理はポンコツの癖に、ジョゼの行動原理は完璧に理解して彼女の行動予測には謎の推理力を発揮するから厄介だ。
確かに復讐のことも目的ではあるが、今は荒ぶるノールの身を守るのがジョゼの最重要事項だ。
「ふん。もしそうだったとしても、ベルナールなんかにばらすもんですか」
ジョゼはそうからかって見せたが、他方のベルナールは深刻な顔をして押し黙ってしまう。
彼が余り見せたことのない表情をしたので、ジョゼは柄にもなく慌てた。
「えーっ。ちょっと……そんな顔しないでよ」
「ごめん」
「……へ?」
「俺が悪い」
「……は?」
ベルナールは顔を見られまいとするように項垂れると、こう言った。
「警察がふがいないから、サラーナ王国の仇である陛下とジョゼを引き合わせないと行けなくなったんだ」
ジョゼは心の中でずっこけながらも、胸がちくりと痛んだ。
(ベルナールったら、私が何も言わないから、変な方向に解釈してる……)
ベルナールは更に言い募った。
「陛下が望むことを叶えなくては、誰かの首が飛ぶ。だから従うしかない。公僕はみなそういった立場にある。ジョゼだって内心は嫌だろうに、何度も親族の仇を助けるために付き合わされてるんだ。我々がしっかりしていれば……」
ジョゼは段々、ベルナールに悪いことをしているような気がして来た。
彼女はあえてそれを鼻で笑い飛ばす。
「何言ってるのよ!私が何の目的もなく、陛下の言いなりになるとでも思ってるの?」
ベルナールはようやく顔を上げた。
「!やはり、ジョゼ……」
「事件を解決してあげて、陛下に恩を売ってるのよ。その先の私の目標は……ま、想像にお任せするわ」
「……その先?」
ベルナールはしばらく逡巡してから、少し前のめりになって彼女に尋ねた。
「セルジュはそれを知っているのか?」
ジョゼは顔をひきつらせた。
「……何を聞き出そうとしてるのよ!」
「あっ……その顔は。ジョゼ、やはりセルジュには言ってあるんだな?」
「答えないわ」
「俺の方が付き合いは長いんだから、教えてくれたって──」
「信用度が違……あっ」
ジョゼは滑らせた口を慌てて塞いだ。
しかしベルナールは聞き逃さなかったらしく、恨めし気にジョゼを見つめる。
「あ、そう……」
「……!」
「ふん。こうなったらセルジュから聞き出してやる」
「やめなさいよ、みっともない」
「俺をみっともなくさせているのは誰だ?」
「……!」
ジョゼは彼の言いたいことが分かって顔を赤くした。
ベルナールもどうやら口を滑らせた模様で、気まずそうに窓の外へ視線を固定する。
一行は、守衛の語ったとある家具屋に到着した。




