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第十章.血濡れの愛妾

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106.共犯関係

 全ての料理を平らげると、二人は久しぶりに腹心の友に戻ってワイン片手に語り合った。


「最近、急進党内部はどのようになっていますか?」

「そうねえ、割といい感じ。そうだ、この前は新聞記者と事件を解決したのよ」

「へー、新聞……」

「新聞記者と関係を繋いでおけば、アルバン二世がヘマをやらかした時にリーク出来るでしょう?」

「……そうですね」

「そうやって、王政の牙城を崩す方法を模索しているのよ」


 ノールはにやりと笑った。


「やはり私たちは一心同体ですね。私も、王のやらかしを期待しているところです」

「あら、毒を盛るのはやめたの?」

「……やはり、一度バレて警備体制が強化されてしまったのでやめました。その後スレン様の推理があったので王族専用牧場の管理が厳しくなり、牛乳から暗殺トライすることは出来なくなりました」

「あんなの、遊牧民にはすぐバレるトリックだったわよ」

「だから、今後は直接手を下さず暗殺……」

「そのすぐ殺そうとする発想がいつかノールを破滅へ導くわよ。いいこと?ノール。これからは王の失態を拾って新聞にリークして行きましょう。今日は、その協力をお願いしに来たのよ」


 ノールはワインを飲みながらふふふと笑った。


「地道な作業ですよね」

「女性議員になって王政打倒を目指す以上、しかたないじゃない」


 するとノールはジョゼをからかうように呟いた。


「失態を待っていても難しいでしょう。失態は──作って行かなくては」


 ジョゼはその言葉にワイングラスを置くと、訝しんだ。


「また何か企んでいるの?ノール」

「何も言いたくありません」

「じゃあまた私、王に推理を命ぜられるのかしら」

「……かもしれませんね」


 彼女は味方であるが、どうにも心もとなく、ジョゼは清濁併せ飲むようにワインを口の中に空けた。


「あなたが犯人だって、バレるかもしれないわよ」

「バレません。前回だって、そうだったじゃありませんか」


 それはジョゼがお茶を濁したからというだけである。ジョゼはため息を吐いた。


「私が言わないでおいてあげたのよ」

「ふふっ。ではもう共犯ですね♪」

「まったくもう……私はいつだってあなたを裏切って逃げられるんだからね。そのおつもりで!」

「そうだわスレン様。今日は泊まって行くでしょう?」


 苦言をまるで意に介していないノールにジョゼはため息を吐いたが、


「最初からそのつもりよ。夜に来てしまったからには……」

「最近、王都は物騒になりましたものね」

「警察が役に立たないからよ。前も人買いの犯罪を見逃していたようだし」

「えっ。そんなことが……!?」


 これにはさすがのノールも驚いている。ジョゼはお手上げとでも言うように肩をすくめて見せた。


「だから、警察……特に大きな事件を扱う刑事には頑張って貰わないといけないわけ」

「でも警察がポンコツだと私、大助かりです」

「……ま、だから私が推理で名を馳せたという悲しい事実があるんだけどね」

「結果オーライですね!」

「でも長期的に見ると、それじゃ困るのよ」


 話し込んでいると、執事がやって来て告げた。


「お部屋のご用意が出来ております」

「あら、そう。ではジョゼ様、ご案内いたします」


 ジョゼは執事とノールにつれられ、客間へと入る。


 ジョゼの住むフルニエ城よりも豪奢な部屋である。調度品は王家があつらえた特注品ばかり。天井まで絵画で埋まり、壁から床まで全てに模様が詰まっている。まるで美術館の中に住んでいるかのようだった。


 アルバン二世の持つ力を、ジョゼはまざまざと思い知る。


 以前セルジュとの関係を責め立てたことのあるノールだったが、かつての敵にこんな住居を与えられ涼しい顔をして暮らすノールこそ、大概であるとジョゼは思った。


 絹のベッドに滑り込む。


 ジョゼはワインの酔いと怒りにくらくらしながら目を閉じた。




 その夜、ジョゼは夢を見た。


 書物を運ぶ遊牧民の夢を──


 サラーナ王宮にはありとあらゆる書物があった。


 これらは全て、国中からかき集めて来たものである。


 サラーナでは書物を持つということは大変な名誉であった。書物をどれだけ集められるかで一族の〝格〟が決まるぐらい重要なものであった。遊牧民にとって書物は〝富の象徴〟だ。なぜなら書物を良好な状態に保ち運び続けるためには、それ相応の多くの人馬が必要だからである。


 ノールの一家は書物富豪として有名であった。サラーナ国内にある複数の民族の内のひとつを統べていた時期もあったぐらいだ。いわゆる〝豪族〟だったノールの一族は、一家丸ごと文官として王宮に召し上げられるほどのインテリであった。サラーナ皇帝としては彼らの所有する知識と書物が欠かせなかったのである。


 やがて女官となったノールの中には、膨大な知識が蓄えられて行った。いわゆる〝王宮の頭脳〟〝歩く図書館〟といった風情であった。皇帝は彼らを珍重し、ノールの一族は王族の教育係として大きな権力を持つに至った。


 知識は誰にも奪えない。大自然のうつろいの中で暮らす遊牧民は、誰もがそれを理解していた。




 翌朝。


「おはようございます、ジョゼ様。今日もいいお天気ですね☆」


 ノールが楽し気に言い、起き抜けのジョゼを食堂へといざなう。


 ジョゼはぽつりと呟いた。


「……あなたの知識、もっといいことに使ってね?」

「どうなさいました?急に……」


 食堂には、フルーツサラダやスープ、鴨のテリーヌ、焼きたてのパンなどが並べられていた。ジョゼは二日酔い気味の頭の靄を、フレッシュな果実でこじ開ける。


「昼には娼館へ戻られますか?」


 ノールに問われ、ジョゼは頷いた。


「そうね……まあ、何事もなければ」


 そう雑に返答しながら、ジョゼは妙な音に耳を済ませる。


「……馬車?」


 執事がすぐに部屋を出て行く。ジョゼは妙な胸騒ぎがして立ち上がり、窓から下を見た。


 誰の目にも明らかな、王宮からの見目麗しい馬車。


「王宮の馬車だわ」


 そう呟いて背後を振り返ると、ノールがわざとらしく笑っていた。


「まあ。何があったのでしょうね?」


 ジョゼはそんな彼女を見て、呆れたように片側の頬だけ上げて笑った。


 しばらくして執事がやって来る。


「ジョゼ様、至急王宮へ。陛下がお呼びです」

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ブレイブ文庫様より
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