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第十章.血濡れの愛妾

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105.ノールの夢占い

 深夜の王宮にて──


 アルバン二世は酔っていた。最近あまり眠れないので、就寝前には必ずワインを飲むことにしているのだ。


 執事が静かに寝室の扉を開ける。アルバン二世はベッドに横になった。


 ベッドには先客がいる。


 高級娼婦のクレール。


 そういえばつい先日、王宮へ呼び立てたのだった。すっかり失念していた。


 しかしクレールは眠っているようだった。


 アルバン二世はこう思う。


(今日はもう眠い……)


 彼はクレールを起こさず、そのままにして自身も寝ることにした。


(……明日楽しめばいいか)


 アルバン二世はすっかり寝入ってしまった。


 先にベッドに入っていたクレールが、死んでいたことにも気づかずに──




 同時刻、王都のはずれにて。


 ジョゼは暗闇の中、馬車から降りると、ある屋敷の前に立つ。


 ついにこの日がやって来たのだ。


 ノールの住まいへの訪問──


 アルバン二世の愛妾であるノールには、王都のはずれに屋敷が与えられていた。


 娼館リロンデルよりも大きな、かつて王族の別荘だった屋敷である。


 アルバン二世は多数の不動産を所有しており、気に入った臣下や愛妾に住まいを分け与えていた。無論、王の意にそぐわなければ追い出されるのが常であるが。


 夕闇の中、全ての部屋に光が灯っている。なので、使用人つきの家だとすぐに判別出来る。


 彼女の到着と共に扉が開かれ、その向こうには──


「ジョゼ様」


 ゆらぐ蠟燭の明かりの中、妖艶に佇む愛妾がひとり。 


「……ノール」

「遅い時間にお呼び立てして申し訳ありません」

「いいのよ。私も仕事終わりでないと出歩けないから」


 ノールは明かりの中に浮かび上がるように、ふわりと微笑んだ。


「お待ちしておりました。さあ、お入りになって。素晴らしいディナーを楽しみましょう」


 王族お抱えのコックが、ノールには割り当てられていた。広間にはテーブルがセッティングされ、王族顔負けの銀食器が並ぶ。


 今日のノールは美しい装飾品で飾り立てている。それは暗がりの中ぎらぎらと光って、ジョゼの視線を色んな角度から惑わせた。


(……何だろう、この空間)


 ジョゼはこの晩餐に、なぜか奇妙な息苦しさを感じた。


(まるで密室に閉じ込められたように窮屈だわ。使用人も、何だかかしこまりすぎているし)


 使用人の様子がどこかおかしい。かなり動きが緩慢で、間延びしているような動きをする。


 使用人がのんびりと椅子を引いたので、ジョゼはそこに座った。椅子を戻すタイミングも、どこか悠長である。


 向かい側にノールがやって来る。


 奇妙な間があって、食前のシェリー酒が運ばれて来た。


 それを口に運びながら、ジョゼは忌憚なく言った。


「妙な感じね」

「……何がですか?」

「ここの使用人の動きが、よ。だらーん、びよーんって緩慢なの。あなたの指示?」


 ノールはカラカラと笑って見せた。


「そんな怖い顔しないでください、ジョゼ様。そうですね、私の指示です。日々をのんびり暮らせるように、こうしてわざと何もかもを間延びさせているのですよ」

「ふーん。変なの……」

「まあ、そうおっしゃらず。ところでスレン様……今日は〝夢〟についてのご相談があって来たのでしょう?」


 急に彼女がサラーナ語で本題に入ったので、ジョゼは違和感を一度かみ殺した。


「そうね。ほら、ずっと昔、ノールがサラーナ王宮で〝英雄の夢〟について話してくれたことがあったわね?」

「はい。よく覚えていますよ」

「私、最近ずっと過去の娼館やサラーナ王宮の夢を見ているの。これってどういうことかしらと思って」

「あら。夢占いをなさりたいのですか?」

「いいえ。過去のことを繰り返し見るような状況っていうのは、〝英雄の夢〟と呼べるのかしらと思って」


 ノールは微笑んだ。


「スレン様がそれを〝英雄の夢〟と思うのであれば、それは英雄の夢になりますよ」


 ジョゼは目を丸くした。


「それって、どういう意味?」

「そのままの意味です。自分が〝英雄の夢〟を見たのだと感じれば、それは英雄の夢です。そうでないと感じたならば、そうではないのです」

「詭弁だわ。何とでも言えるじゃない」

「でも、考えてみてください。それをあなたが〝気になる〟と言うのであれば、やはりその夢には人生において重要な意味があるということです。私は睡眠中のあなたの頭の中を覗くことは出来ません。だからあなたの見た夢を、あなたが言葉にしたものを聞くしかない。夢占い自体は私にも出来ますが、見た夢はあなたしか表現できないし、あなたしかその夢が〝重要か・重要ではないか〟を判断することは出来ない」

「!」

「そういうわけで、夢占いは夢の主の判断が重要になって来るということです。夢は見たり見なかったりするし、実体のない感覚的な夢、恥ずかしい夢、恐くて口にも出したくない夢などもあります。それらを押しのけ、〝コレ〟という夢を取り出し、占い師に託す。その時点で、ちょっと普通の占いと違うということは理解されていらっしゃいますか」


 ジョゼは腕組みをして考えた。


「そうね。夢占いは今まで見て来た膨大な夢の中からひとつを選んでから打ち明ける必要があるわ……」

「しかしながら、選んだ夢が全て重要な情報を含んでいるかと言うと、実はそうでもないことばかりです」

「でも……誰にも言いたくない夢の方が、きっと重要な情報を内包しているものよね?」

「あら。どのような夢を見たのですか?スレン様」


 ジョゼは言った。


「過去の夢ばかりよ。過去を丸写しの夢。ちっとも面白くないんだけど、やがて未来と繋がる──そんな夢なの」


 ノールは「ふむ」と呟いた。


「つまり過去の記憶が夢となって、未来のスレン様を助けている、と?」

「そうかもしれない。確信は持てないけど」


 ノールは考え込んだ。


「実はそういった夢って、みなさん普段から見ているものだと思いますよ」

「へー」

「見ていないと言い張る人がいたら、それは夢を忘れてしまっているだけです」

「そんなものなの……」

「ですから、スレン様が最近よく夢を覚えていられるようになった、というだけのことかもしれません。しかしそうであるとするならば、夢をよく覚えていられるような状況にあるということですね」

「そうかもね」

「だとすると、その夢は覚えていた方がいいですね。夢と現実との、いい循環が出来て来たのだと思います。その夢を見るまでに、何かきっかけがあったように思うのですが」

「きっかけ……?」


 ジョゼは虚空を仰いだ。


「そうだわ。セルジュから初めて手紙を貰ってからだわ……」

「であれば、彼がスレン様の現実と夢とを結び合わせたのでしょう」

「……えっ」

「そのようなきっかけになる人物や物事というのは、実際にあります。虫の知らせやデジャヴュというものも、その一部ですね」


 ジョゼは占い師ノールの話を真正面から受け止めた。


「確かに、あれから私の人生が大きく動き出した気がするわね」

「そう感じるならば、その感性を大事にしてください。その積み重ねがのちのち、あなたを導き助けることになるかもしれませんから」


 前菜が運ばれて来る。


「……ずいぶん前菜が来るのが遅かったわね」

「そうですか?」

「ちょっと……またノール、何か企んでるの?」


 訝るジョゼに、ノールは無言で微笑んで見せた。

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ブレイブ文庫様より
2025.11.25〜発売 !
― 新着の感想 ―
うほほい、連載再開! いきなりスピリチュアルな女子トーク。 これがまた事件のフラグ立ってる〜立ってる〜
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