104.それぞれの成果
数日後。
ジョゼはフルニエ城でテオール新聞を広げていた。
「ルブトン村大量殺人事件、真相は闇」
最近の新聞の見出しはこの新聞に限らず、どれもこれも〝聖女の大量殺人事件〟の話で持ちきりになっている。
実際に被害を受けそうになったラウルが真っ先に持ち帰ったスクープだっただけに、テオール新聞社は見事他紙を出し抜いて売り上げを伸ばした。他誌は完全に出遅れ、記事は出すもののテオール新聞社の後追いをしているに過ぎなかった。
あれからルブトン村では女たちが夫に毒を盛っていたというおぞましい事実が徐々に判明し、毎日のように修道院から逮捕者が出る事態となっている。
どうやらおよそ百年間に渡り、村の女たちは修道院から毒を入手し夫の殺害にいそしんでいたらしい。歴代の聖女たちは男たちに毒を飲ませることを〝救い〟と呼び、殺害を肯定していた。そうして共犯関係に持ち込むことで修道女を増やし、漁業権を得るに至ったらしい。警察の捜索によると修道院の図書室から、フグ毒の使用量によって人体にどのような症状がもたらされるのか、また毒を薄めるにはどれくらい水を飲ませ吐かせればいいのか、何度も実験をしていた記録が見つかったそうだ。恐怖と言うほかない。
ジョゼは新聞をめくり、政治面を眺めた。
そこには事件を解決へ導いたジョゼの推理の数々と、その裏に隠された暴力夫を持つ女たちの苦悩が書かれていた。その記事の最後は『女性参政権なしにこの国の女たちが救われることはないだろう。早急な法改正が求められる』という言葉で締められている。
ジョゼが熱心に紙面を読み返しているところへ、マルクがやって来て告げた。
「ロジーヌ様がお見えです」
「そう……入って」
そこにすごすごとやって来たのは、ロジーヌだった。
二人は再び対面すると、互いに気まずそうに挨拶をした。
「お久しぶり、ロジーヌ。監獄行きは免れたようね」
「はい。私が殺した証拠は特に見つからなかったそうです」
「へー。良かった……と言えるのかは謎だけど、良かったわね。あの時は、ラウルを助けてくれてありがとう。今日はそのお礼をするわ。うちの娼館ではもう受け入れられないから、別の娼館を探しておいてあげたわよ」
「あ、ありがとうございます!」
ロジーヌはホッとした様子で何度も頭を下げた。
「あの時マダム・ジョゼに話さなかったら私、村で永遠に針の筵状態で暮らすところでした」
「……あれから、あの村は?」
「男たちは優しくなりましたよ。まるで命乞いをするかのような偽りの優しさですが……」
「……」
村の治安は思ったほど悪い方へは転がっていないようだ。
ジョゼは黙って憐れな寡婦の前に紹介状を差し出した。
「ほら。これが娼館ムエットの紹介状よ」
「……恩に着ます」
「娼婦はきらびやかな外面に似合わない、辛い仕事よ。村の男たちとは違った系統の暴力をふるわれる場所には変わらないから、ぬか喜びしないようにね」
しかしロジーヌは少女の苦言を、紹介状を懐に入れながら笑い飛ばした。
「いいえ、あの村と娼館は違います。お金も渡してもらえず無理矢理ふるわれる暴力より、お金を貰って同意の上でふるわれる暴力の方が、全然マシですもの」
ジョゼは微笑み返しながら、心の中で毒づいた。
(……この様子なら、彼女は存外娼婦に向いているかもしれないわね)
この世は女にとって、どこまでも地獄。
〝選び取る人生〟とは、どの地獄を選ぶかでしかないのだ。
「それもそうね。……元気で、ロジーヌ」
「はい。色々お世話になりました!」
ロジーヌは元気に部屋を出て行った。
ジョゼはため息をついた。
「女性参政権の前に、やることは山積みだわ。暴力夫とはいえ、男を殺すことを〝救い〟とする社会なんて狂ってるわよ。まず女がひとりで稼ぎ、別に男の力が及ば無くても独り立ち出来るような社会構造にならなければ、真の自由は手に入らないわ。ただ権利だけ与えられても、女性の人生は先に進まない……」
壁際に待機しているマルクが反応する。
「権利があるからこそ、先に進むこともあるかと思いますよ」
ジョゼは少年を振り返った。
「まあ。大人びたことを言うのねマルク」
「男の僕でもさっさとそうすりゃいいのにと思います。別に男女平等に権利があったって誰も困らないはずでしょ」
「でも権利があったって、男性だけに生活を頼っていたらその先がないわよ」
「その〝先〟は、あなた方が作るんですよ?急進党と、ジョゼ様で」
「んもー、それは分かってるわよ……」
こじれたジョゼの気を取り直させるように、マルクが再び進み出る。
「次のご連絡です。テオール新聞社のラウル様よりお手紙が来ています」
「あら、きっと例の件だわ」
ジョゼは渡された手紙を読んだ。
『親愛なるジョゼ様。
日付指定のお手紙にて失礼致します。本日の政治面は私が担当しました。お読みいただけましたでしょうか?
今回の取材力が買われ、私は見習いから記者に本採用されました。
ジョゼ様のお力添えのおかげです。その節は本当にありがとうございました。
編集局長はジョゼ様に取り入ればもっとスクープをモノに出来ると息巻いております。
今回のご縁もありますし、もしまた何か気になる事件がありましたら私どもにご連絡下さい。
培った取材力を駆使し、いつでもジョゼ様の力になります。
ラウルより』
ジョゼは満足げに手紙を顔から下ろした。
「ラウル、言葉は田舎者だけど文章では気の利いた敬語が使えるのね……」
駆け出しの記者ではあるものの、使い出はかなりありそうだ。
「これで新聞社を動かせるようになったわ。私はスクープの申し子になってやる!」
隣でジョゼの独り言を受け流していたマルクが再び反応した。
「事件解決と同時に、丸く収まりましたね」
「ねえマルク。女性参政権から女性議員になって王政を打倒するには新聞社をどう使えばいいかしら?」
マルクは考えを巡らせた。
「やはり陛下のスキャンダルをいくつか掴むことが大事ですかね」
「ネタは持っておきたいわね。でも、私が喋ったと判明したら命がないかもしれない……」
「そこは記者に上手く絡め取らせればいいのでは?」
「!マルク。あなた最近、ずいぶん大人になって……」
いささか妙な方向への成長を遂げつつあるマルクなのだった。ジョゼは彼を頼もしく思う。
「そうよね。私が陛下のスキャンダルを……。となると、リーク役は」
もう既に、ジョゼのまぶたの裏には懐かしいあの顔が浮かんでいる。
ノールだ。彼女なら、アルバン二世の秘密のひとつやふたつ、握っていることだろう。
「もっと協力者が必要よ。どうにか王宮に潜り込んで、ネタを上げて行かなきゃね。そして世論を味方につけるのよ……!」
ジョゼは高笑いするように、ソファの背もたれに伸びて天井を仰いだ。




