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第九章.救いの聖女

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103.聖女の務め

 深夜0時。


 きゅるきゅると金属がこすれ合う嫌な音がして、窓が小刻みに揺れた。


 ベッドに寝転んでいるラウルの足元に月明かりが差し込む。


 しばらくすると、音もなく窓枠は外れた。


 そうっと地面に窓枠が下ろされる。


 窓から侵入したのは、黒衣の四名。


 四本の魔の手がラウルの両腕を押さえつけ、二本の手が毒瓶を開けた。


 きゅぽんと音がして、更に二本の手がラウルの口をこじ開ける──


 その瞬間。


 彼は目を剥くと、力強くその柔らかな手を噛んだ。


「いっ……!」


 くぐもった女性の声がした、その瞬間。


 バン!


 銃声が鳴り響くやパニックになった黒衣の連中は、外した窓枠から外へ出ようと走り出す。


 しかしその窓枠の外に佇んでいたのは──ジョゼだった。


 ジョゼが月明かりに光る銃口を向け床に向かって撃つと、犯人たちは今度は扉の方へ駆け出す。


 しかし、扉を開けた先にはセルジュとクロヴィスが立っていた。


 犯人たちは音もなく彼らに組み伏せられた。それを眺めながら、ラウルが落ち着いた様子で燭台に火をつけて回る。


 犯人たちの顔が照らし出された。


 そこには黒衣の修道女がいた。ジョゼはしゃがみ込み、床に落ちた小瓶を拾う。


 開けて嗅いでみると、生臭い匂いがした。


「ふん。これが追加の毒というわけね……」


 四人の修道女の腕に縄が巻かれて行く。修道女は緊張が解けた様子で、泣きながら罪を悔やんでいるようだった。


 ジョゼは憐れな彼女たちを見下ろす。


「クロヴィス様、警察を呼んで下さる?」


 クロヴィスと入れ替わるようにしてラウルが修道女の縄を引く。その修道女は声にならない嗚咽を繰り返した。


「……あの日、ロランを殺した現場状況が再現出来たわ」


 ジョゼの言葉に、ラウルは沈痛な顔で頷く。


「これで地元警察も動かざるを得なくなる」


 ラウルは憐れな修道女たちを見下ろしながら、ぽつりと呟いた。


「スクープって、本当に命を懸けないと掴めないんだな」

「そうね」

「ロランの仇は討った。でも──この感じだと、仇が多過ぎないか?」


 ロジーヌの口ぶりから察するに、修道院全体が関わった組織犯罪の可能性が高い。ジョゼは銃をホルスターにしまいながら修道女たちに言った。


「ねえ。何となく予想はついてるんだけど、これを指示したのはどなたなの?」


 すると修道女たちは口を閉ざし、黙秘の構えを取った。しかしジョゼはあきらめない。


「あなたたち、この国の法律はご存知?逆らえない相手から指示されて犯した罪は、減刑されるのよ。殺人未遂であれば、死刑にまではならないわ。だから──誰に指示されたか言いなさい、今すぐ」


 修道女は泣き始めるや、すぐに口を開いた。


「エメ様です……」


 ジョゼはそれを聞くと満足げにほくそ笑んだ。




 明け方のルブラン修道院──


 朝焼けの中、聖女エメは応接間で急進党議員や村議、地元警察に取り囲まれている。


 ジョゼは前に出て明朝の事件について語っていた。


「……というあらましです。つまり、聖女エメ様は地元の風土病について暴かれるのを嫌ったため、フグ毒を牡蠣の中に紛れ込ませて記者ロランを殺害したのです。修道女を使ってフグ毒を飲ませ、再び窓を取り付けて密室を偽装した。今回の件が明るみに出ましたので、もはや言い逃れは出来ませんよ。聖女様、大人しく罪を認めるのです」


 エメはなぜか微笑んだままジョゼを見つめ、黙っている──


 その一方で、血管がぶち切れそうなほど猛り狂っているのはアヒムだった。


「牡蠣の中に毒など仕込んでいたということは、今までもきっとそうやってあんたは気に入らない奴を殺して来たんだ!そうだろう!!」


 アヒムはどうやら今回の〝記者殺し〟とはまた違った事件に心当たりがあるらしい。


 ジョゼの話は遮られ、部屋の中がざわついた。見かねたクロヴィスが咄嗟になだめに入ったが、彼は怒りに任せて言い募る。


「おかしいと思ってたんだ。聖女に盾突く村議たちが、どういうわけか次々死んで行ったんだからな!そいつらは日常的に牡蠣を食べていた。きっとその中にもお前が……いや、歴代の聖女が毒を仕込んでいたんだ。そうして風土病で死んだと村人に思い込ませ、平然と儀式や葬儀を執り行い、仮初の尊敬を集めていた!お前は悪魔だ……さあ、罪を償えっ!」


 するとエメはにっこりと笑い、平然とこうのたまった。


「あら、悪魔はどちらかしら?」


 アヒムが言葉に詰まる。ジョゼは新たな火種の匂いに巻き込まれぬよう後退し、二人の対決に場を譲った。


 それを見越していたかのようにエメは続ける。


「アヒム様は確か以前家庭内暴力の末、奥様を階段から突き飛ばしましたよね?──あの日、複数の村議が現場を目撃しておりましたのよ。その後、事故であると口裏合わせするために、目撃者を全員お金で懐柔なさったようですが……」


 急に別の事件を持ち出され、アヒムは瞠目した。


「なっ!でっ……でたらめだ!」

「曲がりなりにも私は首長。あなたがた村議の情報は全て把握しております」

「ぐっ……!」


 アヒムは思わぬ反撃に遭い、赤い顔をしたまま黙ってしまう。ジョゼは驚きの視線をアヒムに送った。


 エメは目の前の男たちにも演説をぶつ。


「この国の女は離婚が出来ません。どんなに暴力的な夫でも、一文無しでも、犯罪者でも、結婚したら死ぬまで離れられない掟です。そんな一生がどれだけ不幸か、男のあなた方に理解出来ますか?」


 ジョゼは目を見開いた。


 聖女エメの微笑みの裏から、地獄の釜が開こうとしている。


 ジョゼはその地獄に巻き込まれぬよう、息をひそめた。修道院の更なる闇を暴けば、村は大混乱に陥り二度と再起不能になるだろう。


 しかしその一方で、エメは捕まえられる瀬戸際、聖女として最期の役割を果たそうとしているようにも見えた。


 衆目の前で、エメは村に横たわる問題の核心へと話を進めて行く。


「私を処刑すれば気が済むと言うなら、そうすればいいわ。けれど──この村の女にとって、この世は地獄。だから私はせめて長く虐げられた女が虐げる男から逃げられるよう、私なりの方法で尽力したまでです」


 ジョゼと修道女たちは〝聖女〟の姿をその目にしかと焼き付ける。


 過去の犯罪を暴かれる不安げな修道女たちの目の前でエメは言った。


「風土病や泉の秘術なんて、この村にはないわ。あるのは毒とそれを薄める水分だけ。だから私はたまに〝凝らしめたい〟男たちに密かに毒を盛って、私を信じさせるためあの泉の秘術を利用し毒状態から回復させてたの。ふふっ。泉への信仰心が培われたようで何よりだわ……」


 聖女エメは〝誰にも余計なことを言わせない〟とするように、警察の前へ進み出た。


「警察の皆様。盾突く男たちは、私が全員殺しました。私が、彼らを。それでいいわ……それでいいの。私が全ての罪を償います」


 この瞬間──エメは村の女たちの罪を全てその身に引き受けたのだ。


 ジョゼはそのことに気づいたので、あえて異論を挟まず押し黙る。


 修道女たちは何も言えず震えている。


 村の男たちは青くなったまま、次第に聖女が口に出さなかった秘密に気づき始める──


 〝男の風土病〟の正体に。


 聖女は長年に渡り、一番間違った方法で、村の女たちを救っていたのだ。


 そして夫を殺した修道女たちは、これからも生きた牡蠣のように口を閉ざし海へ潜って生きるだろう。


 無力な彼女たちには、それしか出来ないのだ──これからも。




 エメの腕に縄が巻かれ、堕ちた聖女は警察官に囲まれながら修道院を出て行った。


 ジョゼは応接間の窓から聖女の背中を見つめる。


 男の葬儀で笑顔だった女たちは、エメが馬車に乗せられるまでその周囲を取り囲み、馬車を追い駆けて大粒の涙を流し泣き叫んでいた。

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ブレイブ文庫様より
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