102.犯行現場を再現せよ
「え?ラウルの様子を……?」
なんとロジーヌがここへ来た狙いは、陳情の続きではなくラウルの監視だったのだ。
ジョゼは予想だにしなかった話が流れて来て混乱する。
「え?何でラウル?だってあなたは娼婦に……」
「娼婦になりたいのは本当です。でも、今夜だけは嘘をつきました。ごめんなさい」
「ちょっと待って。じゃあもしかして前回ロランを殺したのは、あなたなの?」
「……」
ロジーヌは顔を上げると、首を横に振った。
「私ではありません。しかし、私たち……と言えるかもしれません」
「どういうこと?」
「私、もうこれ以上私を使役する誰かの言いなりになりたくありません。正直に言います。既にラウルは毒を盛られた食事を済ませています。私は彼の症状を見届け、修道院へ報告するために……」
それを聞くやジョゼは立ち上がった。
「……行かなきゃ!」
ヒールをがつがつと鳴らしながら、ジョゼはスイートルームをまろび出る。給仕とぶつかり、温かい赤ワインが血液のように床へぶちまけられる。
「ラウル!」
階段を駆け下り、ジョゼは一目散にかつての粗末な使用人部屋へなだれ込んだ。
扉は鍵が開いていて、すぐに開いた。
中央のテーブルを挟んでラウルとセルジュが対峙している。
ジョゼは血走った目で記者を見つけると、その瞳を確認し素早く脈を測った。
「い、異常なし……!」
「何だよ!女の子が男の部屋にノックもなく……!」
「落ち着いて聞いて、ラウル。あなたは既に毒を盛られているらしいの」
ラウルはぽかんとする。
「えっ……毒?いつ!?」
「分からない。けど、ロジーヌからのリークがあったわ。彼女は修道院に言われて、私ではなくあなたの様子を見に来たそうなのよ」
「なっ……」
ラウルは室内にいる党員ふたりを見比べながら、意外にもほっと息を吐いた。
「でも二人がいるし、俺は幸い対策も知っている……」
「水を飲んで、吐きましょう。外傷などからではなく、経口での毒のようだから」
三人が話し合っていると、そうっとロジーヌが扉を開ける──
「あのう、もし」
「わっ、びっくりしたー!」
「あの人たちが毒を盛ったタイミングなんですけど……」
「あんたが犯人か!?」
「いいえ、わたしは夕方からずっとここにいたのでアリバイが成立していて──違います。ラウルさんが毒を盛られたのは別の場所です。村議が主催する漁港で食事会が催されませんでしたか?」
全員血の気が引いた。
「あのタイミングか……!」
「ラウルさんだけ席を離されたと思うんですけど、実は彼に出す牡蠣の中だけに毒が仕込まれていたのです。あれから三時間以上経過しているのですが、症状はないのですか?」
「えー、あの牡蠣!?俺、牡蠣食べられないからこっそり捨てたよ……」
今度はジョゼが驚く番だった。
「じゃあ──ラウルは毒を食べていない!?」
しかし喜んだのもつかの間、ロジーヌが慌てて付け加える。
「あ。でもその場合ですと……私が修道院に報告することで、どなたかが部屋に忍び込んで毒を追加することになっています」
「……なっ!」
「毒は誰にでも同じように効くわけではありません。同じ量でも体調や体重によって効いたり効かなかったりすることがありますから、確実に殺すために修道院は私のような報告役を寄越したのです」
ラウルは必死にロランの死にざまを思い出した。
「そうだ。この部屋の窓枠は外されていて……やはりあれは外部から誰かが侵入した跡だったんだな」
「きっとそのロランさんとやらも、一度毒を盛られたぐらいでは死ななかったんだと思います。だから、部屋に侵入されて毒を追加され、殺された……」
「おいおい。じゃあこんな部屋、早く出た方がいいぜ」
「……そうかしら」
ジョゼの発した言葉に、全員が怪訝な顔をした。
「何だよジョゼ。俺に死ねって言うのか!?」
「ふふっ、そうじゃないわよ。ねえロジーヌ。あなた、修道院に戻ってまだラウルは生きてると報告しなさいな」
セルジュが苦言を呈した。
「おい、ジョゼ……悪い冗談はやめるんだ」
「あら、まだ分からないの?ラウルとセルジュがいるからこの方法を思いついたのに」
「?」
ジョゼはわからず屋の男たちを一瞥すると、ほくそ笑んだ。
「ここへ犯人をおびき出し、捕まえるのよ。密室の崩し方を披露して、証拠品まで携えて、人を殺しに来るその間抜けなご尊顔──必ずこの目で確かめてやるわ」




