101.その女、凶暴につき
重苦しい空気の中、古城に戻ると唐突に
「マダム・ジョゼ!」
と呼びかけられた。
ジョゼは暗がりの中、ひとりの女を見つける。
ロジーヌだ。
彼女は既に喪服から普段着に着替えており、ジョゼに必死の形相で駆け寄った。
「お話しをさせて下さい。私、どうしても娼婦になりたいんです!」
セルジュがロジーヌを制そうとしたが、ジョゼはハッとして彼に耳打ちする。
「待って、セルジュ。これはチャンスよ」
彼女の意図が分からずセルジュが尋ねる。
「どういうことだ?」
「あの人の夫も、きっと……」
「!」
「彼女に少し揺さぶりをかけてみましょう。解決の糸口が見つかるはずよ」
ジョゼは向き直るとロジーヌに言った。
「まあ、ロジーヌったら寒い中ずっと私を待っていたの?悪かったわね。少し温まって行ったらどうかしら」
「ほ……本当ですか!?」
ジョゼは不幸な彼女に、女神の顔をして微笑んだ。
「ええ。紅茶を用意させるわ。女同士、ゆっくり話し合いましょう……ねっ」
ジョゼはロジーヌの背中に腕を回し、さも親し気に古城へ向かって歩き出す。
女たちの背中を眺めていたラウルは、立ち尽くすセルジュに囁いた。
「女ってコエーっすね」
ジョゼの宿泊するスイートルームに案内され、貧しい寡婦ロジーヌは舞い上がっていた。
村の誰も持っていないような銀食器に、執事の手で紅茶が注がれる。メイドがやって来て、スイーツタワーに花の形を模したチョコレートやバタークリームのカラフルなミニケーキを積み上げて行く。
執事にジョゼは言った。
「紅茶だけじゃ体は温まらないわ。チーズとデニッシュ、ホットワインも追加でちょうだい」
ジョゼの贅沢ぶりに圧倒されつつ、紅茶を口に含んだロジーヌの目が爛々と輝く。彼女の下心を感じながら、ジョゼは召使たちの背中を見送り優雅に紅茶を口に運んだ。
「昼の非礼を詫びるわ、ロジーヌ。私、この村の女たちがあんなに貧しい生活をしているなんて知らなかったのよ。これも王都に住んでいる弊害ね。地方視察は視野を広げるためにも必要だわ」
ロジーヌは夢見がちな瞳でこくこくと頷く。
「私たちの置かれている状況が分かっていただけましたか……?」
「痛いほどにね。そして、そんなあなたたちを助けていたのが修道院だった──というわけなのね」
「はいっ。でも私は、修道院ではなく娼館で働きたいと願っておりまして」
ジョゼは話を合わせた。
「修道院は不幸な女性を保護してくれると聞いたわ。でも、娼館は修道院とは違って不幸な女が更に不幸になりに行くところよ。体を隈なく蹂躙され、心を慰めてくれるのはお金だけという場所……だから軽率に引き入れる訳にはいかないの」
すると、ロジーヌは意外なことを口にした。
「マダム・ジョゼ。この世は既に地獄です」
ジョゼは紅茶を飲みながら黙って聞く。
「その地獄を作っているのは男たちだわ」
娼館の主は苦笑いをかみ殺したまま首をかしげて見せた。
「そうかしら……」
「だってそうでしょう。男が女を力で屈服させ、言いなりにさせるから、女はずっと不幸なのよ。私の夫も、毎日のように私に罵声を……」
ジョゼはこの時を待っていたように頷いた。
「そう。だからあなたは夫を殺したのね」
静寂がおとずれた。
「えっ……?」
ロジーヌは真っ青になって紅茶を取り落とす。
絨毯にシミが広がって行く。
「ま、まさか……そんな……」
「夫に毒を盛ったんでしょう?」
「!そんなわけ……」
「大丈夫よ、私は秘密を守るわ。修道院が漁業権を駆使して集めたフグから秘密裏に毒を取り出していたのよ。それを村の女性限定で、希望者に渡していた。修道院が、暴力的な男から女を守るために」
これはあくまで伝聞ではなく、ジョゼの推論に過ぎなかった。しかしその推論は、ロジーヌの知り得る何かに引っかかったらしい。
「マダム・ジョゼ。誰からそれを……」
「王都の知り合いの娼婦からよ」
「……」
「男性の風土病ということになっているけれど、実際は毒殺。でも、聞いてロジーヌ。女が真っ当な力を手に入れるには、毒殺なんて犯罪行為をしていたらダメだわ。だってこの通り、男性を何人殺害しても、世界は変わらないんだもの。それどころか、女だけが罪を背負い生きなければならなくなる」
「……!」
「私たちに必要なのは知恵、そして経営手腕に裏打ちされた財力よ。それがあるから私は女だてらに言論の自由を手に入れられたの」
「……」
「エメ様もそうやって今の地位を手に入れた──でもあの方法は政治ではなく、独裁だわ。そうでしょう?」
ロジーヌはジョゼの言葉を浴びながら何度も目を白黒させたが、
「本当に……」
と言葉を詰まらせると、急にほろりと涙を流した。
涙はその内、溢れて止まらなくなる。ジョゼはそれを見て彼女の横に座り直すと、さも聖女のように囁いた。
「そういった不幸な村の話を街でたくさん聞いて、だからこそ私は議員を目指したの。私も娼館に売られた奴隷だったし、何度もこの世を呪ったわ。でもこの世を変えられるのは自分しかいないの。誰かを蹴落としたり殺したりしてたら、本当の名誉は手に入らないのよ。私、この村の女性を正しい方法で救いたいと考えてる。あなたも、もっと人の道にもとらない方法でこの村の女性を……自分自身を救いたいと思わない?」
ロジーヌは涙を流しながら息も絶え絶えになると、まるで聖女にすがるように話し始めた。
「マダム・ジョゼ。私……」
ジョゼはその瞬間を待った。真実がつまびらかになる瞬間を。
ロジーヌは懺悔するように、その真実を口にする。
「実は今回、私は娼婦の相談をしに来たのではなく、エメ様に命令されてここへ来ました──記者の様子を見るために」
予測とは大幅にずれた話が飛び出し、ジョゼの背中は粟立った。




