100.危機
食事会を終え馬車に乗り込むと、ジョゼはラウルにも情報を共有した。
「なるほど。確かにロランの手帳には〝男の風土病〟の話があった」
「あなた、ロランと取材していたんでしょう?その風土病って何なのかしら」
ラウルは馬車の天井を見上げた。
「確か、その単語を聞いたのは葬儀の時だったな」
「葬儀?」
「ああ。前回この村に来た時も、今日みたいに葬列に出くわしたんだ。その時に、参列者の女性のひとりがポロリと〝夫は風土病で亡くなった〟と言って……その時ロランは特に深く突っ込まなかったが、確かにメモを書きつけていたな」
村でひっきりなしに葬儀が行われているという事実に、ジョゼはぞくりとした。
「!そうだったの……」
「確かに、そんなものが知れたらルブラン村の観光業には大打撃だよな。病が治る泉をうたっているだけに、そんな危険な病気が知られたら村から客足も遠のく」
セルジュが苛立たし気に吐き捨てた。
「クロヴィス様にかけあって明日さっさと王都に帰ろう。ロランの死の真相は確かに気になるが、こちらから死人が出るようなことがあってはならない」
「俺も死にたくないなぁ。うーん、ロランには悪いけど……」
ジョゼの中の推理への情熱も、彼らに身の危険があるとしたら引っ込めざるを得ない。
だが。
「病気……フグ毒……泉……男だけが死ぬ……泣かない女……」
呟きながら、ふとジョゼは何かがかちりとはまり合う感覚を覚えた。
「ねえ。村人しか受けることのできない泉での治療って、どんなものなのかしら?」
セルジュがあからさまに苦々しい顔をする。
「水を飲むんだろう。さっき村議がそう言っていたはずだ」
「水を、どれくらい飲むの?」
「えーっと……さっきの様子だと、ひしゃく一杯ぐらいか?」
「これは私なりの予測なんだけど……村人男性は水を飲ませて貰えたから生還出来たけど、よそ者のロランは泉の水を飲ませてもらえなかったから死んだんじゃないかしら」
それを聞き、セルジュとラウルは顔を見合わせた。
「どういうことだ?」
「何が言いたい」
迫る男たちにジョゼは答えた。
「〝男の風土病〟なんて実はこの村にないんじゃないか……って言ってるのよ」
静寂がおとずれた。
「え?だって取材の最中、村の女性がそう言ったんだぜ?」
「あなたは言われたことを何でも信じるの?男だけが死ぬ。でも、女は死なない。そんな病気、よく考えたらおかしいわよ」
男たち二人は青くなった。
「は?え?この村には風土病なんかないってこと?」
「そうよ」
「じゃあ、何でこんなに男が死んでるんだよ」
ジョゼははっきりと言った。
「毒殺よ。ロランと同じ殺され方だと仮定すると、その女性はフグを使った毒殺を〝風土病〟と誤魔化して言ったのかもしれないわ」
それでようやく、彼らの中にもあった違和感がほどけたようだった。
「そうか。つまりジョゼが言いたいのは、この村では長年に渡ってフグ毒での毒殺が横行していて、苦しんでいるやつに泉の水を飲ませてどうにか回復させていたってことだな?」
「ええ。そして私の予想では〝秘術〟というのは多分、飲ませた後に無理矢理何度も嘔吐させることなんだと思う。彼らが盛られた毒を吐き出させるの」
「でも、フグ毒なんて飲んだらすぐに死ぬだろ?」
ジョゼはにやりとして首を横に振った。
「実はフグ毒って飲み込んですぐには死なないのよ。フグ毒は酩酊や呼吸困難を起こさせて命を奪おうとするけど、吐き出させたり、しばらく人工呼吸を行っていれば、次の日あたりには人体から排出されるようになっているの。そうやって中毒症状から回復させることが出来るのよ」
ラウルはメモを取りながら唸った。
「ということはつまり、この村では男性だけが何らかの方法で継続的にフグ毒を盛られていて、〝秘術〟と称して泉の水を飲んで吐いてを繰り返させて、体を毒状態から回復させられていたってこと?」
「そういうことね」
「何のために……?」
ジョゼは端的に言った。
「私の推理では……〝誰かを殺す〟よりも〝毒状態から回復させる〟方が、犯人の目的のような気がするわ」
ジョゼの言葉を聞くや、凍り付く男たちの表情にふと影が差す。ラウルは震える唇を開いた。
「ちょっと待てよジョゼ。その言い方だと、犯人は……」
セルジュが落ち着きなく手を揉みながら言った。
「……修道院か」
ジョゼは微笑むと、こくりと頷いて見せた。




