99.男の風土病
泉を出ると、今度は漁港に案内される。
どうやら夕食はここで済ませるらしい。簡易なテーブルがいくつか並べられ、議員たちが座った。
給仕の女性たちが、テーブルの上に料理を並べて行く。
ラウルが目を泳がせていると、アヒムがやって来て首根っこを掴んで怒鳴った。
「記者め。お前はここだ!」
議員とは遠く離れた席にラウルが引っ張られて行く。慌ててジョゼが声をかけた。
「待って。彼もここに座らせてあげて」
「しかし……!」
「アヒム様は私たちから記者を引き離したい事情でもおありなのかしら?」
するとアヒムは首を横に振った。
「前にも記者がうろちょろして、余計なことをした。それを見張っているんだ」
「うろちょろ……余計……?」
ジョゼがおうむ返しすると、アヒムは語気を強めた。
「女に話すことはないっ。これは村の男たちの問題なのだ!」
ジョゼは首を傾げた。
「は?男の問題……?」
「女には関係のないことだっ」
「……じゃあ、エメ様にも……?」
アヒムはそれについては答えず苦し紛れにジョゼから顔を背けると、ラウルに向き直った。
「だから事前に手を打たなければ。いいか、そこの若い記者。村の監視から逃れられると思うなよ!」
クロヴィスが前のめりになるジョゼを制する。
「まあ待て。村には村のやり方があるのだろうから、とりあえずは従っておこう。こんなところに連れて来て悪いな、ラウル。古城へ帰るまでの辛抱だ」
年長者の重鎮が出て来て皮肉を言ったことで、アヒムは黙ってしまう。そんな村議のただならぬ剣幕は、むしろジョゼに〝男の問題〟への興味をより抱かせてしまうのだった。
「男の……」
すると、ジョゼの脳裏に聞き覚えのある単語が浮かんだ。
〝男の風土病〟
「あっ」
隣に座ったセルジュがその声に反応する。
「どうかしたか?ジョゼ」
「それって……ロランの取材手帳に書いてあった……」
「?」
ラウルはアヒムによって小さな席へ連れていかれ、遠巻きに座らされた。辺りは陽が落ち、薄暗くなって来ている。
党員と村議たちの周囲には燭台が用意され、明るい。ラウルの席に燭台は無かった。
食事会では、再び名物の牡蠣で作ったクリーム煮が出て来た。ジョゼはこれ幸いに牡蠣へとかぶりついたが、ラウルは誰にも見えていない暗がりをいいことに、牡蠣だけを弾いてそっと地面に落としていた。
議員たちの座る席で、アヒムがクロヴィスに尋ねる。
「どうです、うちの海産物は。見事なもんでしょう!」
「そうですね。ここでしか味わえない素晴らしいディナーです」
「これも聖女の恵みですよ。牡蠣の養殖が軌道に乗れば、これから加工業にも乗り出そうかと考えておりましてね」
「牡蠣の缶詰とかですか?」
「ははは、それもいいですね。私どもとしましては、牡蠣の殻を肥料にすることを考えております」
ジョゼは隣でそれを聞きながら、じっと何か考え事をしている。
セルジュが声をかけた。
「どうした?眉間に皺なんか寄せて。何か気になることでも……」
「多分、だけど」
ジョゼはそう前置きをして、彼にこっそり耳打ちした。
「例のタブーは……きっと、〝男の風土病〟ね」
「……風土病?」
「ご存知ない言葉かしら。風土病とは、その土地の地形、気候、生態系によって、地域限定で起こる病気の総称よ」
「ふーん。でも、どうしてジョゼはそんなことを知ってるんだ?」
「ロランの取材手帳に〝男の風土病〟って書いてあったの。覚えてない?」
セルジュはハッとした。
「ああ、確か……そうだ。ルブランの泉のことと一緒のページに書いてあったな」
「ということは……きっとこの村には、男にだけ発現する風土病があるんだわ」
セルジュは青ざめた。
「おいおい、それが本当なら俺たちも危うい……!」
「その存在が広まれば、観光地としての評判も落ちるわね」
「そういうことか……」
「きっとロランは取材中、どこかで風土病の話を聞いたのよ。だから手帳に書き留めた。でもアヒム様のあの騒ぎようを見るに、暴いてはいけないものだったらしいわね」
セルジュはうーんと唸る。
「だから、葬式で女たちはあっけらかんとしていたのか」
「男がボコボコ死ぬような状況だったとしたら、諦めてるというか、慣れちゃっているのかも……」
途端にセルジュは食欲をなくした。
「村の名産品で死ぬ可能性は……?」
「まあ、ないこともないわね。きっと」
「ちょっと遠慮しとくか。一食ぐらい、大丈夫だろう」
「古城に戻ったら、ほかの議員にも話をしておくべきね。早めに王都へ帰った方がよさそうよ」
しかしロランの手帳のお陰で、危機に長く曝されずに済んだとも言えるだろう。
ジョゼは食事を平らげながら
(うーん、気になる……)
と思考の続きをする。
(ルブランの泉の〝秘術〟はきっとその風土病を治すためのものなんだわ。一体どんな治療を……?)




