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第52話 触りたいなら、いつでも触ればいい

【注意】


珍味が出てきます。

苦手な方はお気をつけください。

 一方その頃、ベルとケイトは魔王城のすぐ近くにあるベルの屋敷にいた。

 もうすぐ冬眠から覚めるレティを出迎えるためだ。


 ケイオンとボルグとの密会が失敗に終わった際、とうとう冬眠の誘惑に抗えなくなったレティは、ケイトが到着するよりも前に、ベルが用意していた秘密の部屋で冬眠に入った。


 冬の間、しっかりとケイトとの友情を深めたベルは、目覚めたレティに彼を友人だと紹介するつもりだった。


「本当に、大丈夫だろうか? 怖がらせてしまったり、しないだろうか」


 鏡の前に立ちながら、ケイトはソワソワと言った。


 あの日、シュールストレミングで昏倒させられたケイトは、数日かけて人の姿へ戻っていった。


 けれど一度姿を変えてしまった弊害か、まったく同じとはいかなかったようなのだ。


 金の髪は緑光りする黒髪へ染まり、焼けていた肌は魔族のようにすっかり白くなった。なにより、彼の頭にはニョッキリとわかりやすくツノが生えていたし、腰からは立派な尻尾まで生えている。


 獣人の中でも特に希少な竜人。

 それが、今の彼の種族らしい。


 機嫌によって動きを変える尻尾が、ベルは気になって仕方がない。


 今も不安そうにゆらゆら揺れていて、膝枕してなでなでしてあげたいと、ウズウズしていた。


 ウロウロしている姿が鏡越しに見えたのだろう。

 彼の尻尾が、くるりとベルの腰を捉える。


「触りたいなら、いつでも触ればいい」


 何をされても受け入れる。

 その言葉通り、ケイトはベルがすることをなんでも許してしまう。

 レティだったらキャンキャンと文句を言うことも、今のように笑って「もっと」とさえ言ってくる。


 シュールストレミングの件もそうだ。


 悪臭で昏倒させるなんていう破天荒な作戦を決行したベルを、彼は一切責めなかったし、臭いがなかなか取れなくても弱音を吐かなかった。


 むしろそのせいでゴミ溜めの森ホーディング・フォレストがさらに近寄りがたい場所になったことに対し、「ベルに会いにくるヤツがいないから好都合だ」とまで言っていたくらいだ。


 そんなヤツは存在しないと、ベルが苦言を呈したのは言うまでもない。


 でもケイトは知っている。


 アスモの魔の手から逃れ、ベルによって生き延びた魔族たちがどれだけ彼女を好意的に思っているのか。

 それはもう、嫌と言うほど聞かされて知っているのである。


 ルシフェルからは、


「決して手放すなよ」


 と言われ、魔王からは、


「頼むから結婚まで漕ぎつけてくれ」


 と、懇願された。


 ベルよりも先に彼らに認められたことは悔しかったけれど、大きな後押しにもなった。


 今日のあいさつでレティにも認めてもらえたら、もう少し積極的にベルを口説けるかな、とも思っている。


 暗黒竜を止めるため、キスではなくシュールストレミングを選択したことは、ベルにとって最善だったのだろう。


 けれどやっぱりキスが良かったなと思わなくもないわけで。


 そんなケイトの目下の課題は、ベルと友達以上恋人未満の関係になることである。


 その第一歩として、今日はなにがなんでもレティに友達として認めてもらわなくてはならない。そう、絶対にだ。


 固唾(かたず)を飲んで扉が開くのを待つ。

 本当に今日が目覚める日なのだろうか。

 不安になったその時、カチャリとドアノブが動いた。


「ふわぁーああ。あ、姫さま、おはおーごじゃいまぁしゅ」


 大きな尻尾を抱えて出てきたのは、メイド服に身を包んだリス獣人の少女だ。

 ベルを見て、ふにゃあとしまりのない顔で微笑む。


「おはよう、レティ」


「今年もどうぞよろしくおねがいしますぅ」


「ええ、こちらこそよろしく」


 あいさつをし終えて、レティはまたひとつあくびを漏らした。

 頭の上の小さな獣耳が、あくびをするたびにヒクヒクしている。


 自分にはない獣耳を見つめていると、不意にレティと目が合った。

 首をかしげる彼女に、ケイトもまた、首をかしげる。


「ところで姫さま、そちらの方はどなたです? 会ったことはないのに怖いと思わないなんて……もしや、私の運命のダーリンでしょうか⁉︎」


 キラキラと、つぶらな瞳がケイトを見上げる。


 リスは肉食獣ではないはずなのに、食われそうな危機を覚えて、ケイトの尻尾がシビビ! と上向いた。


「もう。レティ、ちゃんとしてちょうだい。彼の名前は、ケイト・ベールヴァルドさん。見ての通り竜人で、なんと、私のお友達なのよ!」


 はじめての友人を、はじめて紹介する。

 はじめて尽くしで緊張したけれど、なんとか言えてベルは胸を撫で下ろした。


「ケイト。彼女は、レティ。追放された私に唯一ついてきてくれた、大事な子なの」


 実のところ、「友人ではない」とケイトから横槍が入るかもしれないと思っていたので、おとなしくしている彼につい気が緩んだ。


 大事な子、の言葉に彼の尻尾が不機嫌に床をたたき始める。


 そろり、と横目で隣に立つケイトを見上げると、壮絶なまでにもの言いたげな、色っぽい視線を向けられた。


 ギク、と体に震えが走ったのは、やっちまったという後悔からか、それとも彼の色気に当てられたからなのか。


 ケイトとレティが握手するのを見守りながら、ベルはそうではないと思った。


 スカートの裾からこっそり忍び込んだ彼の尻尾が、甘えるように足に絡みついている。

 レティに見えないようにやっているのが、また憎たらしい。


(あとで、叱ってやらなくちゃ)


 恋人になる覚悟は、まだ決まっていない。

 ベルがすることならなんでも受け入れるというのなら、その通りにしてもらわないと困る。


 覚えていなさいという代わりに尻尾をキュッと太ももで締め上げてやったら、ケイトの口から思いがけない声が漏れた。


(かわいい。かわいすぎる。もっと聞きたい)


 恥ずかしがって唇を覆うケイトを、心配するふりをして覗き込んだベルは、レティに見られないように素早く、その手の甲にキスをした。


 ジワジワと甘く胸を焦がす名もなき欲に名前がつけられるまで、そう時間はかからないはずだ。

 手の甲へのキスが、なによりも雄弁に彼女の思いを伝えていた。


これにて完結です。最後までお読みくださいまして、どうもありがとうございました。

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