第15話 少なくとも僕は、平静でいられないのだが
今までどうやって寝ていたのだったか。
ついさっきまで感じていた眠気は、もうすっかり遠くへ逃げ去っていて、今はただ悶々と息を潜めている。
軽い運動をして、ごはんを食べて、ほどほどに眠気を覚えたところでベッドに押し込まれるまでは良かったのだ。
大きな天蓋つきベッドは、ケイトが眠るには大きすぎるくらいだったけれど、王城で見たベッドもこんな感じだったから、そういうものだと思っていた。
ベッドに押し込まれて、母親が子どもにするみたいに毛布をかけられて。
それじゃあまた明日とおやすみのあいさつをしようとして、ケイトは固まった。
去るはずのベルが、目の前でゴソゴソと毛布に潜り込んでいた。
数枚重なった毛布を顔の周りに寄せ集めて、頬擦りをしている彼女と目が合う。
「おやすみ、ケイト」
あまりにも自然で、突っ込む隙もない。
夜這いなんていう言葉が出てこないくらい、普通だった。
おかしいと思えるようになったのは、隣から寝息が聞こえてきてから。
せめて彼女が起きていれば問いただすこともできたかもしれないが、すぅすぅと規則正しい寝息を聞いてしまっては、起こそうと思い切れなかった。
(今まで寝通しだったから気づかなかっただけで、彼女はずっと隣で寝ていたのだろうか)
どうやら彼女は、もう一人の同居人にケイトの存在を知らせていないらしい。
だから、その可能性は十分あり得た。
目を開けたままでは眠るに眠れないが、閉じたら閉じたで聴覚が鋭くなって目が冴えてしまう。
衣ずれの音を拾うたびに心臓が跳ね上がってしまうのがつらくて、ケイトはよろよろと起き上がった。
「はぁぁぁぁ……」
魔族というのは、男女の垣根が低い種族なのだろうか。
恥じらいもなく全裸で襲ってきたアスモといい、男の隣で緊張することもなく眠るベルといい──、
「少なくとも僕は、平静でいられないのだが」
ケイトは自嘲気味に前髪をくしゃりとした。
「んん……」
寝返りを打ったベルが、ケイトの方へ転がってくる。
おいしいものを食べている夢でも見ているのか、唇の端からよだれを垂らし、抱えた毛布にシミをつくっていた。
「……かわいいなぁ、もう」
だらしがないと思うより先に、そんな感想が漏れ出る。
同じことを他の人がしていたら、そうは思わない。
ベルの容姿が好みだということもあるが、それ以上に、彼女を特別に思っているからこその言葉だろう。
人生初の体調不良という、ケイトにとって特別な出来事を一緒に乗り越えてくれた彼女だから、何をしていたってかわいいのだ。
丸めた毛布を抱き枕に眠っているベルへ毛布をかけてやりながら、ケイトは思う。
これは魔族の常用手段なのだろうか? と。
人の国では、魔族は悪だと習う。
残虐非道で、人に災いをもたらし、悪に誘い込む存在。それが魔族。
そんな生き物だから、さぞ爛れた生活を送っているのだろうと思っていた。
実際、人の国にある書物にはそのように描かれている。
だが、ベル自身を見ても、彼女の口から語られる魔族も、ケイトが知る人族と大きな差はないように思えた。
『瘴気のせいであらゆる動植物が強くならざるを得ないから、人の国より少し物騒なだけ』
なるほど、毒の中で生きていくためには仕方がないことだろう。
角や翼、獣耳が生えているような種族だけれど、瘴気を克服する過程で進化していった結果なのだと思えば、ちっともおかしくない。
「僕を警戒しないのは、警戒するに値しないくらい弱いからなのでは?」
恥ずかしい考えが過ぎって、ケイトは愕然とした。
ベルは魔王の娘だ。もしかしたら、魔王からケイトがどれだけ弱かったか聞かされていたのかもしれない。
「ああ、だからか。だから彼女は、生き残る術を教えるなんて言ったのか」
なんかちょっと、がっかりだ。
心のどこかで「ともに地の国で生きていきましょう」とプロポーズされているような気になっていた。
「ごはんを作ってくれたのも、毛布をかけてくれたのも、好意からではなく……」
子ども扱いしていたから。
そう思えば合点がいくが、ちょっとどころじゃなく、だいぶがっかりである。
「異性として意識する以前の問題ではないか」
情けなくて、ますます自暴自棄になりそうだ。
だけど──、
「いや、こういう時こそ“なんとかなる”だ」
苦しい時ほど、情けない時ほど、ポジティブに。
両親からの大切な教えをつぶやき、ケイトは自身を励ますように笑みを浮かべたのだった。
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