第8話 おにいちゃんなら抱きしめて 中
井網ホテルから北へ進むと、丘の上に『パラソル・ジャパン 井網島支部』の研究棟があった。
敷地はサッカー場なみに広く、その半分を二階建ての建物が占めている。
『第三研究室』の前には数人の中年男性がつめかけていた。
「こんな騒ぎを起こすなど、正気かね君!?」
「説明とちがうじゃないですか!?」
「いったい、わたしたちはなにをやらされていたんだ!?」
囲まれている白衣のオールバック男は肩をすくめて鼻で笑う。
第三室長の植坂有葉人だった。
「落ち着いてください支部長、ホテル部支配人、村長……私は自分の才質に見合う規模で、当たり前のビジネスを進めているだけでしてね。まずはこのデータを見てもらおうか」
薄いサングラスをクイッと整え、小型のノートパソコンを開く。
再生した動画には女子小中学生が映っていた。
『わたしたち修学旅行で来ているだけなんで、そういうのはかんべんしてください』
『いえ、すみませんが、そんな高い実験協力費とか、ちょっと怖いんで……』
『てゆーか人類に貢献とか本気でキモいし、それ以上に近づいたら通報します』
一分もしないで中年男たちはまゆをしかめる。
「まずいだろ君。女の子の撮影なんて、本人の許可があっても問題になりやすいのに」
「なぜ小中学生の、それも女子ばかり……」
「しかし内地の子はしっかりしていて頼もしいですね。おしゃれで顔もかわいいのに……防犯訓練ですよね?」
植坂は突然に壁を殴りつける。
「そうではない! この記録画像のように人の話もまともに聞けない、ゆがんだ成長をしたサンプルは救わねばならないだろう!? ……ふん、どうやら実物を見なければ理解できんようだな?」
植坂は呆気にとられている中年男たちに背を向けて研究室へ入り、さらに奥にある扉を解錠する。
「貴様らなどには惜しいが、そろそろ頃あいだろう……出てこい! おにいちゃんにあいさつするがいい! 最初は美桜羅か!?」
中では十数人のフラフラとした少女たちがうめいていた。
その先頭にいる三つ編みの中学生は動画に出ていた『通報します』の少女で、撮影時と同じ体操着にビーチサンダルのまま。
「おにいちゃ~ん」
しかし口調は悲しげに細く、表情は暗く生気がない。
「ふっ、このとおり従順なものだ。まだ調整不足でぎこちないが……私の計画は、貴様らなどの想像を絶する改革となる!」
「それ以前に、君はまず刑務所で未成年者略取の罪を……おっと美桜羅くんだったか? は、離れてくれ! いや、君たちには十分な補償を約束するから、示談でどうか……」
先頭に立つスーツの中年男は美桜羅にせまられて払いのけつつ、部屋からは出さないように立ちふさがる。
「ふん。旧時代の社会規範を元にした法倫理など、それを超越した存在にとっては塗り変える下地に過ぎん。兄の言うことを聞かない妹などいない! ほら、支部長から離れてやれ美桜羅……妹を怖がるなど、滑稽なものだ!」
「なにを言っているんだ君は? わたしにも妹はいるが、わたしの話なんてまるで聞いてくれな……いたたた!? 離れないし、かみついているが!?」
支部長の手から血がにじむ。しかし誘拐の被害者を突き飛ばすわけにもいかず、耐えるしかなかった。
「あれ? ……やめないか美桜羅。おにいちゃんが命令しているのだ」
「おにいちゃ~ん? どこ~?」
美桜羅と同じようなうめきをあげて少女たちが広がり、中年男たちはあとずさる。
「植坂くん? これのどこが従順なんだね? これでは『女の子らしい』どころか、まるでゾンビのような……」
「ふ。専門知識もなしに口を挟んで、恥をかきたいのですか? 彼女らは私が複合的に構築したマインドコントロール下にあり、兄に対する依存意識へ応えてやれば造作もなく……」
「いや現に止まる気配がまったく……いだだだっ!?」
「おにいちゃんをどこに隠したの~!? じゃましないで~!?」
さらに犠牲者が増え、一部は逃げ出しはじめる。
「あれ? あきらかに年上の男性だろうに……どうやら『おにいちゃん』と認定されるには、貴様らの外見では厳しかったようだな? まあいい。手間がはぶけたというものだ。私の崇高な理念についてこれない愚者どもは、遅かれ早かれ同じ末路をたどってもらう」
「なに!? 君まさか、わたしたちにも同じ試作品を……う……ぐぬ……」
最初の犠牲者である支部長がうずくまり、ぶつぶつとうめきはじめる。
「この成果を目の当たりにすれば、貴様らに代わる協力者など、すぐに殺到する。それまでは美桜羅たちと高みの見物でもするか……」
少女たちは中年男たちをかみまくりながら、ひたすら廊下をめざしていた。
「……いや待て。なぜ私に甘えようとしない? 遠慮などしなくていい、こっちへ来い……せめてこっちを向け!?」
「彼女たちの年齢では、三十路の植坂くんだって親世代でしょうが!? ぎゃっ!? いたたた!?」
ほかの中年男たちも逃げ出そうとするが、廊下はいつの間にかフラフラした女性職員が群がりはじめていた。
「おにいちゃ~ん。わたしがいるのに~」
「妹より二十も三十も年下の女の子といちゃつくなんて、変だよ~」
年増の妹たちも、植坂ではない男たちを優先して襲いかかる。
「ば、ばかな……私のどこが兄にふさわしくないというのだ!? 待て美桜羅! おにいちゃんを独りにするな!?」
ようやく少女たちがふりむく。
「おにいちゃんのふりとかキモ~い!」
「おにいちゃんはどこ~!?」
「おにいちゃんを返して~!?」
その表情は動画の記録よりも怒りに満ち、牙をむいて組みついてくる。
「ぐああっ、やめろ!? 私は体育で平均に近づけたことがないのだ! しかたあるまい、こうなれば……ほら、そっちにおにいちゃんが逃げたぞ!」
廊下を指すと、小中学生女子たちの注意がそれる。
そのすきに自称『超越した存在』は研究室を捨て、かさこそと逃げ出す。
二階の窓から排水管をつたい、慎重に飛び降りたつもりが、着地した足首の角度がおかしかった。
「うぐっ!? す、少しひねったか……だが妹を自在に支配できる私こそが、新世界の覇者にふさわしい! あらゆる妹を統べる真の勝利者として、永遠に讃えられるべきだ! 男と生まれて妹を欲しくない者など、この世には存在しないのだから!」
個人の感想である。




