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第5話 妹がいるのにほかの女の子と会っていたの? 中


 ホテル一階の中央ロビーは土産グッズ店の向かいにレストランがあり、奥側には図書室が併設されている。

 ドリンクバーの飲み物を持ち込めて、座席数も百近い。

 しかしまだパソコンの通信環境がつながっていない上、書棚にも空きが多く、利用者はまばらだった。

 その中で真桑進まくわすすむは図鑑を何冊か積んで、学校の課題をかたづけている。


栄田えいだくん……?」


 図書室のさらに奥には誰もいない育児室があり、そこへ三人の男子生徒がこそこそと、ひとりの女子を押しこんでいる姿を目撃した。


「いや、ぼくはみんながそんなやつじゃないとは思っているけど……そうでないとも言いきれない不安も少しだけ。ほんの少しだけ……」


 真桑は小声のひとりごとをもらしながら顔をしかめて図鑑を閉じ、一冊は鈍器として携帯する。


 近づいてみると踏みこむまでもなく、防音ガラス越しに、部屋の隅に座って言い争っている姿を確認できた。

 顔も頭もたいしたことのない栄田が女子に腕をつかまれ、照れながらこまっている様子だった。

 物好きなメガネ女子は一重に短髪で、昼食の時に勝本栗沙かつもとくりさを注意した柿沢かきざわという堅そうな生徒だと気がつく。

 カップルとしては意外な組み合わせで、もうふたりの男子がいることも謎だった。

 そのふたりもいっしょに話していたように見えたが、座ったままうつむき、なにか様子がおかしい。

 目を開けて口をもごもごと動かしたまま、ひとりがグタリと横に倒れる。

 栄田もそれに気がついて驚くと、柿沢はなぜか、すがりついていた腕へかぶりついた。

 真桑はよくわからないまま入室し、いっしょにしゃがみこむ。


「あの……栄田くんたちが、なにかやらかしたの?」


 栄田の腕についた歯形を見ると血がにじむほどの深さで、真桑は驚く。


「いや、そうじゃねえって。オレも最初はそう思ったんだけど、この柿沢清枝かきざわきよえちゃんのほうから備井田びいだの腕をつかんできたらしくて……でもなんか、めあてはオレだったらしくて、ごねて放してくれないのは大歓迎なんだけど、人目もあるし……ていうか椎田しいだはだいじょうぶかよ?」


 椎田は横になったまま、なにかブツブツつぶやいていた。

 さらに備井田までゆっくりと倒れる。

 やはり目を開けたまま、なにかをつぶやいている。


「お前ら、女子にかみつかれたのがそんなにうれしかったのか? あるいは自分が本命だと勘ちがいしてショックだったか?」


 栄田は同情しながらふんぞりかえっていた。

 真桑は倒れたふたりの手にも深い歯形がついていることに気がつく。

 そして柿沢はいつの間にか栄田を離れ、真桑の腕へすがりついていた。


「え? ……あ、だいじょうぶだから。このことは誰にも言わないから。でもなにがあったにしろ、こんなやつらをかむのは心身の衛生上よくないと思うけど……?」


 真桑が笑いかけると、柿沢は顔をそむけて赤くなる。


「それなら、ずっといっしょにいてくれる?」


 柿沢は流し目を送りつけ、さらに強くしがみつく。

 真桑は堅物かたぶつ女子の不可解な反応にとまどって鼓動こどうが早くなり、栄田の嫉妬しっとと絶望にまみれた表情にも危機感をおぼえる。


「待って栄田くん。なにかおかしいよ? 朝食で見た時はこんな感じではなかったし……」


 もっときびきびした表情や口調で、殺伐とした態度だった。

 今はどんよりなまめかしい表情で甘えすがっている。


「そうだ~。お前の存在がまちがっているんだ~!?」


 栄田は真桑の愛らしい童顔をわしづかみにして力をこめる。たいして握力はない。

 クラスメイトを逆恨さかうらみしてヤケ気味に笑う顔へ、柿沢の頭突きが炸裂さくれつした。


「なにすんの!? さわらないで!」


 栄田は後方に一回転してから大の字になって白目で鼻血を噴き、真桑のほうが『なにすんの!?』という表情で青ざめるが、声には出せない。

 柿沢の顔が、やたらと近づいていた。


「もうっ……無防備なんだから」


 柿沢は怒ったように目をそむけているが、真桑の腕をぐいぐいと引き寄せ、胸に密着させている。

 そして上目づかいに頬を赤らめる。


「そんなだといつか、妹がいるのにほかの誰かに……」


「あのぼく、ひとりっ子で……いっしょにいた女子のことなら、友だちの妹さんだよ?」


 柿沢はなぜか、さきほど真桑が危機感をおぼえた栄田と似た表情を見せる。


「なんで……? 妹がいるのに、ほかの女の子と会っていたの?」


「え…………?」


 仮に妹が実在しても理解しがたい言葉で、真桑の思考が停止する。


「ひどいよ兄さん!」


 脚までからみつかせ、胸も押しつけたまま、すがりつく手は首までのびる。

 瞳は悲しげによどんで、半開きになったくちびるがせまっていた。



「よう。オマエらなにを……失敬。おじゃまみたいね……」


 ひょろ長い男性教員は防音ドアを開けるなり、学級委員女子が小柄な少年を押し倒すあられもない姿を目撃し、笑顔で背を向ける。


松小路まつこうじ先生!? 職務放棄しないで助けてください!」


 真桑は動物図鑑を盾にかろうじて抵抗していた。

 開いたドアから大声の指名が外にも聞かれてしまい、図書室にいた生徒たちの視線も集まり、男性教員はしぶしぶと引き返してドアを閉める。


「柿沢さんよう? 育児室って防音だけど、ガキ仕込む段階までは対応してなさそうだし、同意がないと男女が逆でも犯罪になっちゃうから、オレの責任問題にならない実行現場を選んでくれよう?」


 真桑は松小路の説得センスにがくぜんとする。

 しかし意外にも柿沢は体を離してしゅんとなっていたので、って松小路の背まで逃げこんだ。


「ほ、ほらあれ……普通じゃないでしょう?」


 真桑は息を乱しながら、床に倒れている男子生徒たちを指す。


「ええ? すでに三人抜きなの? 柿沢さんが? いや、真桑ちゃんが?」


 真桑は教員の後頭部を図鑑で強打する寸前に思いとどまる。


「そういうのではないんで……とにかく人を呼んできますから、柿沢さんをお願いします!」


「えっ、ええ~?」


 真桑は松小路を押し出して脱出する。



「オレは給料分しか働きたくないのに……」


 残された松小路はドアを背でふさぐが、真桑を追いかけようとする柿沢につめ寄られた。


「いつも給料分も働いていませんよね? だから通してください」


「そのとおりだけど待ってよ。そのまま放置して問題を起こされても給料が減りそうだし……どうしたんだよう?」


 一度は見て見ぬふりをした松小路は今さらながらに、そしてようやく、柿沢のうつろな表情やフラフラした動きに気がつく。


「いいから早く、言うとおりにしてください」


「いや、真桑ちゃんとなにかあったの? そこの男子たちとも……」


「なんでほかの子の話なんか……わたしの話を聞いてください!」


「う、うん。胸にためこんでいたブツを爆発させちゃう生徒は夏の風物詩ふうぶつしだし、柿沢さんは埋蔵量まいぞうりょうが多そうだけど……せめてオレが担任の今年だけはどうか……」


 柿沢は松小路の胸ぐらをつかんでふくれる。


「もうっ、いつもそんな風に……」


 押し倒し、引き寄せながら、赤らめた顔をそむける。


「……わたしの気持ちも知らないで!」


 松小路は柿沢の目に浮かぶ涙に気がついて、スカートがずり上がりすぎていることにも気がついて、ガラスごしに集まっている図書室利用者の視線におびえる。


「待ってくれ。頼むからそういうことは卒業してから……オレは女子高生も好きだけど、安定した給料も手放したくないんだよ!?」


 防音ドアを開ける前に叫ぶべき内容だったが、ともかくも松小路はふたたび責任をぶん投げて駆け逃げた。

 対照的にまともな良心を持っていた図書室利用者が数人、ふらふらと出てきた柿沢を心配して近寄ってしまう。



 一階の中央ロビーでは受付フロント前に教員がひとり増えるたび、混乱が深まっていた。


「さっきから、そちらの学校の階から騒ぎが……え? うちも?」


 ホテルの重役らしき中年男も吐き捨てるようにつぶやく。


「こんなところで学級崩壊なんてかんべんしてくださいよ!?」


「とにかく、これ以上は騒ぎを広げないように、生徒はみんな部屋にもどらせる放送だけでも……そこの君!? 部屋へもどって!」


 若い男性教員は近くのソファーで寝ぼけ顔の女子生徒が耳をそばだてていることに気がついて、追い払うしぐさをする。

 教員の輪から竹見たけみが出てきて、栗沙くりさへ頭を下げた。


「ごめんなさい。よくわからないけど、いったん……」


「ね、先生? これって感染症とか食中毒のほうが自然でない?」


 大きな声で言ったわけではないが、ホテルの重役がすごい形相ぎょうそうでにらんできた。


「そんなわけないでしょう!? めったなことを軽々しく口にせんでください! いったい、どんな教育をしとるのです!? こんなマナー悪く使われた上に、風評被害まで立てられてはたまりませんよ!?」


 竹見は何度も頭を下げつつ、栗沙をとにかくエレベーターへ押しこんでから「わたしも薬物とかを考えたけど、まだないしょで」とささやく。


 栗沙は上昇するエレベーターを途中で止め、階段をぽてぽて降りる。


「パニック系サバイバルの定番だと、ろくでもないやつが主導権あらそいをがんばってる感じかな~?」


 一階までもどって様子をそっと見ると、思ったよりも早く、騒ぎが大規模になっていた。

 フロント受付にいた教師たちはふらふらした女子生徒の群れに囲まれ、たかられ、かみつかれ、次々と倒れている。


「ゾンビものは、フィクションの視聴だけに限るね……?」


 栗沙のこわばった笑顔に、状況を認めたくない汗がどんどん浮かぶ。

 図書室のほうからやって来た真桑も呆然ぼうぜんとしていた。




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