第18話 おにいちゃんを独占していいのは妹だけ 下
剣間春梅が土産グッズ店からロビーホールへ飛び出すと、やはりすでに、感染者があちこちから近づいていた。
勝本栗也は驚いた顔でふりむいたあと、安心した笑顔を見せる。
その足元では鬼島小桃が女性従業員の手足をせっせと縛っていた。
春梅は小さくせきばらいして表情を整え、まゆをひそめる。
「なんなのですか? 何度も大声で」
「ごめん。やっぱり春梅さんはぜんぜんだいじょうぶだったか」
栗也はすまなそうに照れるが、小桃が押しのけて前へ出た。
「おい、それはねえだろ? 助けにきてやったのに」
「それは感謝しますが、もう少し慎重に……」
春梅は話しながらも周囲へ目を配る。
広場から集まってくる人数が特に多く、ざっと数十人。小中学生に見える姿も多く、地元住民らしき主婦までいる。
レストランにも十数人ほど。席に座ってふらふらとメロンソーダをすするゾンビや、食器を返却台へ置いてから迫ってくるゾンビも見える。
土産店の裏側通路にあるトイレからも、小柄な女子生徒がのそのそと出てきた。
「あれはないね。まったく、おにいは……あ、待って。わたしは感染してない天然ものの妹だから問題なしね?」
勝本栗沙はふだんの挙動からもっさりしていて、同行していた真桑進と松小路を引き寄せて無害をアピールする必要があった。
「とゆーか『生いもうと』たるわたしをさしおいて『春梅さん』ばっかし絶叫連呼ってどーゆーこと!?」
栗沙が兄の両えりをゆさぶって抗議し、春梅のほうが恥じらって顔をそらす。
「いやいちおう、栗沙のことも探していたけど。お前はこういう時だけはしっかりしてそうだから」
真桑は深くうなずきつつ、小声で提案する。
「早く逃げようよ」
感染女子の大群がじわじわとせまり、レストランの奥ではまたひとつ非常灯が弱まり、外の街灯が頼りになってきた。
小桃は栗沙をひきはがす。
「いいかげん、兄貴から離れろって!」
「え。うん……」
小桃のすねたような表情に、全員が少しだけ驚く。
栗沙はちらと兄の表情を確認するが、どちらかといえば春梅のほうが問いつめたら楽しそうな動揺をしていた。
「んー、まともな戦力が入ったし、誰も行ってないなら二階のスタッフルームへ行ってみようか? でもその前に、そこでブツ調達ね?」
春梅が止める間もなく、栗沙は真桑を連れて土産グッズ店へ入ってしまい、床に散乱するカスタードまんじゅうの包装紙も見つかってしまう。
「うわ。こんなところで食い散らかす意地きたないゾンビもいるんだね……こんなもんをひとりで十個も?」
栗沙があきれた声をだし、真桑も深刻そうにうなずいた。
「症状がひどいと、ここまで理性も壊れるのか……人としての尊厳を失うって怖いね?」
栗也は春梅の出てきた方向をなんとなく思い出すが、確認するわけにもいかない。
「いや、みんなで分けたかも知れないし……オレも部活帰りだとそれくらい食べるから」
栗沙がそっとふりかえり、兄のぎこちない顔と、春梅の崩壊寸前の赤面に気がついてしまい、はげますように肩をたたく。
「おにいなりに、がんばって気づかったつもりなのです」
春梅は出入り口を押さえる格好で、扉にすがってうなだれる。
栗也は店内に残っていた感染者を取り押さえ、真桑も拘束を手伝った。
土産店には拘束と防具の両方に使える衣類やタオルなどが多い。
小桃は太い鎖飾りを何本か腰に巻き、そこへいくつかガムテープを通す。
栗沙はリュックをとって、ペンライト、蛍光照明、ライターなどをつめこむ。
「君たちなんでそんなに要領がいいんだ……?」
そうつぶやいた松小路は両手の高級ウイスキーを生徒一同に白い目で見られた。
店全体が「おにいちゃ~ん」コールに囲まれ、特に屋外側が多い。
「というかオレはここに残ってちゃだめなのか? いや、みんなの補給基地を守る意味でな?」
「教師以前に人としてだめそうなのはともかく、ゾンビさんは個体差が大きすぎるから、ガラスを割るとか無茶されるかも」
栗沙がそう言っている間にも感染女子のひとりが自動ドアを指でこじ開けてしまう。
「あー。自動ドアって、停電の時は手で開けられるのも多いんだっけ?」
感染女子がぞろぞろとなだれこんできて栗沙があとずさり、真桑もかばいながらさがった。
「もしくは手動に切り換えできるタイプが多いらしいけど……じゃあ松小路先生、ぜひここに残ってください」
「待てよ真桑ちゃん。オレとお前の仲だろ?」
まだ裏口のほうが感染者の数は少なく、小桃は栗也を先頭へ押しだす。
「あの王子様のほうが強いんだろ? ほっとけよ」
栗也は心配してふり返るが、春梅はうなずき、手にタオルを巻いて最後尾で妹ゾンビの群れへかまえた。
「感染していない人の相手よりはまだ気が楽そうです」
栗也が裏口から飛び出し、感染女子を三人、次々と引き倒す。
手際は最高だったが、たまたま相手が小学生ばかりで気まずい光景になった。
「いちおうはわたしと真桑くんも春梅さまを援護するから」
栗沙と真桑は井網ホテルを模したマスコットキャラ『イモーテルくん』の特大ぬいぐるみで武装していた。
盾にしながら、人形ごしに突き飛ばし、押さえつける。
殺傷力がじゃまになる奇妙な戦場だった。殺せないし傷つけたくない。
格闘技術なしで補助する際には、有効な武装だった。
もちろんクッションごしの体当たりであっても、相手は首などを痛めかねない。
ホテルの床はカーペットでも、転んで頭を強打すれば危険な硬さだった。
それでも直接の打撃やつかみ合いを回避できて、人をたたく抵抗感のクッションになることも大きい。
真桑は初対面の女子など、素手ではどこを押したりつかんだりすればいいのかも迷う。
「たたきつけるだけでも意外と使えるね?」
「ニセ妹ちゃんたちも、食い殺す目的じゃないからね。でもこれは……」
栗沙はうなずきながら、自分の武装を確認した。
感染女子はたたかれたはずみに舌やくちびるを歯で傷つけることも多く、手のつめやアクセサリー類で自身を傷つけることもある。
そのような出血を吸って暴れる『イモーテルくん』の勇姿は二階の中央事務室へ着くころにはややホラーじみていた。
「こんなだけど、松小路先生の何倍も役に立っているよ」
「そだね。でもフレンドリーなホテルマスコットというより、呪いの墓石人形みたいになってきたね。それはよしとして、放送設備はあったけど杏理華さまは不在……どうしよ?」
部屋の外には一階からついてきた感染女子の群れがうろついている。
栗也と春梅がドアを押さえていれば遮断できた。
会話をスマホの文章にして音を出さないようにすると、廊下のうめきは少しずつ分散していく。
春梅も栗也とスマホを見せ合った。
『とりあえず九階まで上がりませんか? 各学校の代表へ集まるように呼びかけたはずなので』
『どのみちこの人数だと厳しいか。いくら杏理華さんでも一階は厳しい。はず。だよな?』
『たぶん』
それらの会話を栗沙ものぞき、杏理華への異常な能力評価にまゆをひそめる。
『ほかの女子部員は五人とも感染していた』
『杏理華さんの面倒見のよさでは考えにくいですね。やはり苦戦しているのでしょう。たぶん』
『ほかの人の意見は?』
最初に教員が手をあげた。
『一口だけなら飲んでもいいよな?』
松小路のスマホは真桑が奪って床に置き、栗沙が部屋の隅まで蹴り飛ばした。
真桑と栗沙の意見は文字でも表明される。
『ぼくは上の階がゾンビの巣窟になっていないことだけ祈るよ』
『なにかの時には、まず松小路先生を尊い犠牲にしてあげよー』
小桃は無言で春梅を押しのけ、ドアを開けて栗也を連れ出す。
「小桃さん? 開ける時にはみんなにも言ってから……」
栗也が通路の前後を確認すると、まだ感染者は近い位置だけでも数人、通路の先にはその倍以上も気配がある。
「たしかに急いだほうがいい暗さだけど……」
非常灯はただでさえ設置間隔が広い上、いずれも豆電球のような弱さになり、完全に消えた部分もあり、顔の区別もしにくい場所が多くなっていた。
小桃は感染女子たちを突き飛ばし、栗也をぐいぐい引っぱる。
「……ちょ、ちょっと待って! 春梅さんたちが……」
春梅が最後尾で相手をする感染女子の数が多く、ぬいぐるみを持ったふたりも加勢し、足手まとい一匹もまごついていた。
「なんでアイツのことばっか心配すんだよ!?」
「いや、あの数は手伝わないと……というか、ちょっと放してくれる?」
栗也が頼むと、かえって小桃はしがみついてくる。
「アタシだって、怖いんだってば!」
栗也の腕を胸の谷間へ引き入れ、頬を赤くして見つめてきた。
それを目撃して集中を乱した春梅を『イモーテルくん』たちがフォローする。
「こ、こっちは、だいじょうぶですから!」
ぎこちなく言った春梅は三人の感染者を続けざまに倒すが、やや余分に勢いよく転がしていた。
栗沙は最後尾を離脱してきて栗也に追いつくと、栗也の空いているほうの腕まで自分の胸へ挟みこむ。
「やめろってば」
実妹は容赦なくふりほどかれそうになるが、小桃までにらみつけて足蹴にしてきた。
「兄貴から離れろよ!」
「ね、おにい。もしや……」
春梅は最後尾の防衛に専念する……と言えば聞こえは良いが、苦手分野の人間関係、それも恋愛がらみらしき対応から逃避していた。
真桑もその横に並びつつ、どうにか場をとりつくろうべく苦笑する。
「いわゆる『つり橋効果』ってやつかな? 危機感で好感度も高まるっていう」
その分析は春梅にかえって余計な思案をさせてしまった。
「そーではなくて。小桃ちゃんてば、かまれてない?」
栗沙は栗也を盾に逃げまわる。
「そういえば脚に、ひっかき傷があって……」
「兄貴はそれくらいで、アタシを女あつかいしてくれないのかよ!?」
小桃が涙ぐんで栗也の首まで腕をのばした。
ぐっと近づけたくちびるは、呪いの墓石人形にはばまれる。
「アタシと兄貴のじゃますんな!?」
不意に凶器の靴下が栗沙へふり上げられた。
小桃は武器を手にしてから使用するまでの時間がきわめて短く、それでなくても栗也は両腕にまとわりつかれており、頭でわりこむしかできない。
「ぐっ……!」
こめかみ近くで受け、視界がゆさぶられる。
小桃は武器を使用する際に、力加減のためらいも皆無だった。
「おにい!?」「兄貴!?」「おにいちゃ~ん!?」
通路の先にいた初対面の妹たちまであわてる。




