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握りしめるその手を離さない

《アザミ祭り》が終わった後、通常勤務に戻ったコジモとレオノーラは、王立騎士団をまとめる騎士団長に呼びだされていた。

 すでに《アザミ祭り》での事件は公になっている。そして、そのときにレオノーラとコジモが一緒にいるところを警備していた騎士たちが大勢目撃しており、二人が婚約したことはすぐに騎士団の中で広まってしまっていた。騎士団長からの呼びだしは間違いなくそのことだと、向かう道中、気が重かった。


「なんだかすまない」

「いいえ、こちらこそ」


 特別騎士団内での恋愛は禁止されてはいなかったが、さすがに師団長同士となると体面上、いろいろ報告が必要になってくる。

 ある意味成り行きで婚約することなったわけであり、報告をすっ飛ばしている。勢いまかせで婚約することにした二人は互いに申し訳ないと口にする。


「失礼します」


 揃って騎士団長の執務室に向かうときに通りがかったほかの騎士たちが興味深そうに二人の様子を見てきたが、なにも言わない。

 その視線にいたたまれなさを感じたレオノーラに対し、人目もはばからずにぎゅっと彼女の腕を抱き寄せるコジモ。耳まで赤くなっていることから、彼もこの状況に恥ずかしさを感じているだろうが、それでも頼もしさを感じていた。


 執務室に入ると、銀髪の大男が不機嫌な様子で構えていた。威嚇している大型犬さながらの様子に恐怖を感じるレオノーラだが、コジモはいたって平気らしい。


「お前ら、師団長同士の婚約や結婚には上層部の許可が必要だと知っていながら、勝手に婚約したらしいな」

「申し訳ございません」


 グルルルルという唸り声が聞こえてきそうな勢いで先制攻撃を打ってくるオネスト・ベンデレルティ騎士団長。

 彼にとってコジモは一人の部下であるので、たとえ彼が五大公爵の次男坊であろうが関係なく叱責するときには叱責する。コジモもそのことをよくわかっているので、反論せずに頭をきちんと下げた。とはいえ、オネストはそれ以上怒るつもりはないらしく、スッと目を細めた。


「まあ剣術大会で組むとベルガンが言いだしたときには、上層部全員、お前がようやく素直になったんだと拍手喝采してたぞ」


 しかし、続けられた言葉に二人とも目をひん剥く。

 コジモは前から自分の思惑が上層部にバレていたことに、レオノーラはまさか剣術大会中から生ぬるい視線で見られていたことに恥ずかしさを覚えてしまった。


「で、いつ式は挙げるんだ」

「まだなにも決まっていません。すでに双方の両親には話を通してありますが、なにせ俺は次男ですので、やるなら小ぢんまりと」

「だめだ」

「はいぃぃ?」


 すでにレオノーラも式は小ぢんまりとやりたいという話はしていて、双方の家にも話は付けてある。

 二人とも家を継ぐ立場ではないから、両親にも反対されなかったのだが、オネスト団長はやるならド派手に行くぞと言いだしている。


「お前たちは王太子殿下のお墨付きで結婚するんだし、なによりベルガンは俺の後を継ぐ騎士団長なんだから、対外的なお披露目という意味もある。ド派手にやるぞ」


 騎士団長の言葉通りならば、もう引退する気満々なのではと思ったレオノーラは、そっとコジモを見る。彼もまた、オネストの言葉に目をぱちくりさせているので、彼もその言葉をレオノーラと同じ意味でとらえたのだろう。

 二人がまったく同じ様子を示しているのに気づいたオネストはそうだと頷く。


「いい加減に引退して、実家の武具屋を手伝って欲しいんってかみさんに言われてな。もうすでに上層部にも話は通してあって、了承は得ている」


 彼は伯爵家出身であるが、二人と同じく爵位を継がない立場だったため、結婚は自由だったらしい。(ヒラ)騎士時代に結婚した夫人は王都の武具屋の営んでいるということで、そこで知り合ったらしい。夫婦仲がいいのは騎士団の中でも有名だったので、ある程度の情報はレオノーラも聞いていた。


「あ、そうだ、ベルガン」

「なんでしょうか」


 なにかを思いだしたオネストは、子どものように目を輝かせて爆弾を落とした。


「こないだフェアリーゼの優先研ぎ券をディンテオのために使ったってな」

「なんで、それを……って、奥方ですね!!」


 落とされた側のコジモは絶叫したうえ、レオノーラもその話に一瞬首を傾げたが、ああ、なるほどとなった後、もしかしてあの人がと絶句した。

 あの受付嬢はすごくにやにやしていたが、そういうことだったのか。とても四十を超え、騎士団内では“熊”とか“雷神”と称されているオネストの奥方だとは思えない美女だったからノーマークだった。


「いやぁ、そのときからリアはあの二人はデキてるんじゃないか、とか、もし結婚式挙げるのならばぜひとも祝わせてほしいだのって、ずっと言っててさ。俺はこんなことになるなんて思ってもいなかったから、『あの二人に限ってないわ』とか言ってたんだがよ」


 頭をかきながら言うオネストになんだかすみませんと頭を小さく下げたレオノーラ。まあ、自分もあのときはこんなことになるとは思っていなかったから、自分が頭を下げる必要もないのではとも思ったが、なんだかいろいろなことがあってどうでもよくなっていた。

 そんな彼女にいやいやと首を振る騎士団長の今はさながら子熊のようだった。


「まあ、あの優先研ぎ券はあの武具屋を利用する客の中でもほんの一握りでしか渡されないというから、それをベルガンが他人のために、それも女性のために渡すなんてだれも思いもしなかったんだよな。それも前日の昼間にいきなり『損害分の金は払うから、翌日の仕事は全キャンセルだ』と言われればだれだって、びっくりするわってリアは笑っていたぞ」

「また今度、謝罪に伺います」

「いや、わざわざそれで行かなくて大丈夫だ。むしろリアはディンテオを気にいったようだから、今後もフェアリーゼを利用してやってくれ」


 どうやら二人の関係に驚きはしつつも、嫌われてはいないようだ。

 ほっとしたレオノーラははいと力強く頷いた。


「ま、なにはともあれ、二人とも婚約と結婚おめでとう。そしてベルガンは騎士団長への昇進おめでとう」


 最初の不穏な雰囲気はどこへ行っただろうか。

 にこやかに手を差しだすオネストにコジモとレオノーラ、それぞれが握手をする。


「ベンデレルティ団長」


 話は終わりだと言って、出ていけといった騎士団長。先に執務室を出たレオノーラだが、コジモはそのまま居残った。


「なんだ」

「一つ、後任人事でお願いがあるのですが」


 はじめて持った部下の一人にそう真剣なまなざしで言われたオネストは、彼の言いたいことに気づき、ただ考慮しておくとだけ答えておいた。

 自分の言いたいことをすべて言わせなかった上司に少し不満そうな顔をしたが、上司の性格を十分知っているので、その場は撤退することを決めて一礼する。その様子に満足気に頷いて再びさっさと出て行けとジェスチャーしたのを見て、今度こそコジモは執務室を後にした。






「かなりかわいいな」

「か、かわいいって、なんらかの間違いじゃないですか!? しかも、どれもかわいいかわいいって、コジモはどれがいいんですか?」

「事実を述べたまでだが。それに決められないんだ」

「はいぃ!?」


《アザミ祭り》から三ヶ月後、休日をとったレオノーラはコジモの実家でウェディングドレスの試着をしていたのだが、さっきからずっとコジモにかわいいとしか言われていなかった。


「さっきの胴とスカート部分の切り替えが上の方に位置しているものはペネロペ殿下のような優雅があったし、あまりスカートに膨らみの少ないものは先日祭りのときにユディト皇女が着ていたような感じだし、それに今の首元が詰まっているタイプもいい」


 つらつらと述べている彼に、それじゃあ選べませんよ!!と涙目になるレオノーラ。


「というか、そもそもなんでそんなにドレスの形に詳しいんですか?」


 こないだから思っていましたけれどと詰め寄られたコジモは少し目を泳がせた。まさかと思ったレオノーラだが、そこに思わぬ声が割って入った。


「コジモはねぇ、レオノーラさんにずぅっと自分が贈ったドレスを着せたかったのよ」


 試着している部屋に入ってきたのは、すらりした長身の美しい黒髪の男装の女性だった。

 慌てて礼を取るが、その相手と癖のおかげで騎士としての礼になってしまった彼女は慌てるが、大丈夫よと言って、レオノーラの方に向かってくる。

 いつもはそこそこ無表情なコジモでさえ、男装の女性の前ではたじたじだった。

『自分が贈ったドレスを着せたい』という言葉の意味に一瞬、レオノーラは赤面するが、本当にそのときだったからなのかと驚いた。


「だから、騎士に入って家に帰ってきては毎回、仕立て屋を呼んで、質問攻めにしていたのよ」


 本当に昔からレオノーラさんのことが好きだったみたいねぇ。

 男装の女性、かつて第一師団長として名を馳せ、現在は第四師団の顧問をしながら、王妃の話し相手として参内しているらしいコジモの母親、ヴェルディアナはそうほほ笑んだ。

 ちょっと母上、なに言ってるんですか!?と息子(コジモ)は叫ぶが、本当のことでしょ?と首を傾げられてしまった。つまり、そういうことだと観念したコジモはうつむいて言うが、レオノーラはそんな彼の行動に嬉しくなる。


「じゃ、お邪魔虫は退散するわね」


 嵐のように去っていったヴェルディアナ。

 母親に昔から抱いていた想いを暴露された息子と、そんな彼をいとおしく思うレオノーラ。


「さ、続きをやりますか?」

「……そうだな」


 まだまだ二人の先は長いけれども、いつどこで手を離さなければならなくなるかはわからない。

 だから、今は固く結ばれた手を離すことはなかった。

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