他人が蒔いた種は蒔いた人に刈りとらせる
さすがに始まる時間が迫っているので帰る余裕がなく、盛装だけはどうしようもなかったコジモは参加貴族たちの注目の的になったが、一人だけ違う反応をしている人物がいた。
「お前……その、格好はどうしたんだ」
ロレンツォ王子は昨日、コジモとレオノーラが一緒にいるところを見たときと同じ挙動不審状態になっていた。
「いえ、ちょっと野良犬に追っかけられましてね」
「そ、そうか……ケガはなかったか」
「おかげさまで。しかし、躾の悪い野良犬が野に放たれているとは思いませんでしたよ」
「普通、野良犬は躾が悪いでしょう」
だれしもが同じようにツッコんだが、一人を除いて言葉に出さなかった。
「たしかにそうだよな。でも、そのおかげで膿が取り払われたんだから、いいんじゃないのか、レオノーラ」
「まったくですね。とはいえ、コジモ様。確たる証拠がなければ相手の土俵に落ちるだけですよ?」
「言うなぁ。というか、この中で膿を持ってない貴族はいるのかな?」
「知りませんよ」
二人の冗談のような危険極まりないやり取りに、自分のことかと身構えはじめた貴族たち。しかし、コジモはそんな貴族たちに目もくれず、ロレンツォ王子の隣に立っている金髪の青年を見る。
「フェルナンド殿下はどう思いますか?」
問いかけられた青年、ロレンツォの兄であるフェルナンド王太子は一瞬、肩をびくりとさせたが、なにごともなかったようにどういう意味だと問い返す。
「そのまんまの意味ですよ? なにかしらの後ろめたいことに手を出していない貴族はいないのかなってという質問です」
「ふん……一人か二人ぐらいはいるんじゃないのか? なぜそんなことを聞く?」
「いえ、リーダー格の野良犬を追っ払ったときにこんなものが落ちてきたんですよ。殿下ならばご存じかなと思いまして」
そう言いながらコジモは懐から二つの徽章を出す。
そこに描かれていたものを見たフェルナンド王太子は、顔色を急変させた。
「おかしいですよねぇ」
そこに描かれていたのは緑色の盾の上に咲ききっているアザミが一輪、そして階級を表す横線三本。
「徽章に国花であるアザミの花、それを咲ききった状態で描いていいのは国王陛下、王妃殿下、王位継承第一位の王子殿下の三名の護衛を任されている近衛騎士だけ。ただ緑色の盾は殿下、あなた以外には使わないんですよ。それはご存じですよね?」
これは、もともとは近衛騎士たちが持つ盾の色に由来する。
国王付きの場合は黒、王妃付きの場合には白、そして王位継承第一位の王子付きには緑。今でこそ有事が少なくなったため持つ機会が減り、その代わりに徽章にそれの色が採用された。
「ちなみにここには同じ徽章があと三個。そして残りは閉じた状態、すなわち蕾のアザミと緑の垂れ幕が描かれた徽章が五つあります。さて、これはどのように説明していただきましょうか、ロレンツォ殿下?」
今度はロレンツォ王子を問いただしはじめたコジモだが、彼がなにも答えられないのを見てにっこりと笑う。
「ええ、答えられないでしょう。それでいいのですよ、ロレンツォ殿下。なぜなら殿下は一切関与していないからです。せいぜい『お前が捨てたものを処分するのに騎士を貸してくれ』という言葉にうっかりと乗っかってしまったぐらいでしょうか」
一切目が笑っていないコジモはそう告げると、ロレンツォ王子は目をガっと見開いて、なんでそれがわかったんだ!?と驚くが、王太子の方は相変わらず微動だにしない。徐々に王太子を追いつめていく彼に周囲は最初こそ、なにをたかが公爵の三男坊がなにを言いだしているんだと見つめていたが、徐々に王太子たちを見る目が変わっていた。
レオノーラ自身は、自分が狙われているというところまでは昨日知ったから理解している。そして襲撃犯たちの顔と徽章からすでに身元までわかっている。しかし、なぜ『フェルナンド王太子とロレンツォ王子の共謀した』のではなく、『フェルナンド王太子がロレンツォ王子に共犯となることを間接的に唆したのか』ということをコジモが知っていることの方が気になっていた。
「ま、どちらにしてもフェルナンド殿下が彼女、レオノーラを襲った主犯ということが確定していますので、事情を説明していただけますでしょうか?」
「たかが一師団長のくせして偉そうな口を叩くな。お前の両親の名前が泣くぞ。もし私を問いただしたいのならば、もっとたしかな証拠を持ってこい」
研ぎ澄まされた刃のような質問を軽く鼻で笑ったフェルナンド王太子。しかし、そんな挑発に乗らず横に視線をずらして、一人の少女と目があわせてニコリと頷き、確証ならありますよと言いかえすコジモ。レオノーラはおもわずその表情を見て自分の手のひらに爪を立ててしまった。
やめて。そんな表情で見つめあわないで。
またアイリスに取られてしまう……――!!
コジモとはただの好敵手のはずだ。自分は期間限定で婚約者となっているだけだ。
そうわかりきっているのに、届かない想いを抱いてしまったレオノーラは唇をかみ、逃げださないように踏ん張った。
「ええっと、こちらがフェルナンド殿下とぉラムディリ伯爵家ぇ、そして隣のビヨスディ大公との密約書ですぅ。どうやらうっかりロレンツォ殿下がぁ、ビヨスディ大公公女との縁談について首を縦に振っていたらぁ、再来年にはぁ、あちらの国で断頭台にぃ、送られていたそうですぅ」
甘ったるい口調で、桃色の髪をした少女、アイリスは指を唇に当てながら、懐から数枚の羊皮紙を出す。それがちらりと見えたのだろう。フェルナンド王太子はまさかと小さく呟いたのが見えた。
ラムディリ伯爵家というのは第二王子ロレンツォの母親の実家、ズェピア侯爵家のライバルであり、フェルナンド王太子の母親の実家、レヌンディ子爵家の本家筋だ。
長子相続であるこの国では基本的に母親の実家の身分は問われない。しかし、フェルナンド王太子の母親とその実家である子爵家は不安を一つでも消しておきたかったようで、なにかしらの弱みを握ってロレンツォ王子の継承権をはく奪したかったらしい。
まさかビヨスディ大公と密約を結ぶとはとだれしもが呟く。ビヨスディとは長年、領土で争っていて、今も緊張状態が続いている。そんな国と密約を結ぶのはかなり危険だし、なにより内容が物騒だ。張本人であるロレンツォ王子もぶるぶると震えている。わりと傍若無人な彼だが、さすがに自分が断頭台に送られるところは想像できるみたいだった。
「あとはぁ、近衛騎士団のぉ手当の一部を着服してぇ、王都のならずものどもをぉ、雇っていたみたいですぅ」
そう言いながら彼女は複数の帳簿を、スカートの裾をまくって、太腿から取りだす。
震えが止まらないロレンツォ王子となにか事情を知っているコジモ、自分の悪事がバレそうになっているフェルナンド王太子以外の男性陣は恥ずかしそうに目をそらすが、アイリスはどこでしたっけぇとパラパラとめくっていく。
「ありましたぁ。氷月の第七日、三千六百ルオンが消えていますぅ。しかぁしぃ、その翌日にぃ下町の“エンディ”という酒場に同じ金額を持った男がぁ来てぇ、ならず者にぃ渡しているのをぉ目撃している人がぁいたんですよねぇ。ちなみにぃ、それがぁ八回ぃ繰り返されているんですよねぇ」
少し……かなり癖が強いアイリスの口調にもっとはっきりとしゃべりなさい!と言いたくなったレオノーラだが、それ以上にイライラしていた人物がいた。
「いい加減にしたまえ! 俺はこの国の次期国王だぞ! 本当にその男に渡したという証拠でももってこい!」
「ええ、いいですよ……――入りなさい」
おそらくこの流れで行くと、とレオノーラは推測する。多分、この王子は証人であるお金を渡された方、すなわちならず者をすでに消したと思いこんでいるようだ。そして、コジモたちが涼しい顔をしているということは、その人を匿っているのだろう。
案の定、《第三師団》に連れられて入ってきた男は、フェルナンド王太子を指さしてあの男だ!と叫んだ。
状況的に不利になったフェルナンド王太子はこの場から逃げだそうとするが、トドメを刺したのがたいミングを見計らったかのように入ってきた国王夫妻だった。
「お前を王太子のままにしておくわけにはいかない」
フェルナンド王太子はその場で廃嫡宣言がなされ、国内内乱計画などの罪により投獄されることが決まった。必死に抵抗しようとしたが、国王から命令された第三師団によって連れていかれてしまった。






