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気持ちの変化

「どういうことですか」


 思わぬコジモの発言に、目を瞬かせるレオノーラ。先ほどまでの小恥ずかしさがどっかに消えていった。


「俺もはっきりとした確証を得たわけじゃないが、最近、お前を中心にまとわりつくような視線を感じる」


 戦があればすぐに駆りだされ、見目も麗しいものが揃っている《華の第一師団》。それのトップに立つ師団長でも正体がわからない人物とはどんなものだろうかと思ったが、それ以上にこの偽装婚約から先ほどの公開処刑まで、すべて納得できるものだった。


「お前のことだから大丈夫(・・・)だろうが、明日も絶対に離れるんじゃないぞ。そうだな、せめてスカートの中に鈍器か暗器ぐらい、なにかひそめられないか」

「いけるはずだ。一度後で試してみる」


 外面上は冷静に深く頷いたレオノーラだが、心の中ではひどく驚いていた。

 建前だろうが、そんな評価をしてくれるとは思わなかったのだ。

 明日もこの格好で来いと言われた彼女は、表面上はしょうがないなと思わせつつも内心では嬉しく、もっと彼に褒められたいと思ってしまった。

 多分、今までのコジモならお前一人でなんとかしろとか、お前の事情に俺が構う義理はないとか言ってきただろうが、今回はきちんと手を差しのべてくれている。仮にどこかで突き放されたとしても、心強い味方なんてこの先にもいないだろう。

 しっかりとコジモの目を見て頷いたのに対して、お前自身の協力が必要だと言って頭を撫でてきた。


「もう夜は遅い。明日も早めに侍女を向かわすから、しっかりと休んでおけ」

「わかった」


 侯爵家に送っていくと言って差しだされた手をしっかりと握りかえしたレオノーラ。何回か彼の手を握ったもしくは握らされたことはあるが、その手をはじめてきれいだと思ってしまった。




 翌日、前日と同じで朝早くからコジモと一緒にやってきた侍女たちによって磨かれたレオノーラは、昨日とは違った趣向のドレスに身を包んでいた。


「昨日のもきっちりとしていてよかったが、今日のはまた可愛らしいな」


 馬車に乗ったあと、ロレンツォ王子に言ったセリフと似たようなことを言いだすコジモ。昨日、帰りの馬車でも似たようなことを言われたから慣れたはずなのに、言われるとやはり小恥ずかしい。


「しかし、意外とどんな形のドレスでも似合うな」

「そうか?」

「ああ。昨日の舟形の胸元(ボートネック)もネックレスが映えたが、今日の胸元が詰まっているのもかなりいい」


 仕事のときは騎士団の隊服だし、休日もほとんどドレスなんて着ない。おまけに夜会や舞踏会には仕事でしか参加しない。だから、自分に合う形のドレスなんて気にしたこともなかった。

 コジモの言葉に今までとは違った自分を発見できた気がした。

 少し嬉しくなったレオノーラはうっかり表情が緩んでしまったのに気づき、不自然にならないように外を見る。

 貧乏侯爵家なので、持ち馬車はない。

 夜会や舞踏会の日は馬車屋に借りて乗っていったのだが、そのときの気分とは格段に違う。今日の《アザミ祭り》が楽しみになっていた。



 しばらく新鮮な王都の景色を楽しんでいたレオノーラだが、急に馬車が止まってしまった。その勢いで前に倒れそうになるレオノーラだが、コジモのしっかりとした筋肉質の腕に支えられて事なきを得る。

 そのほんの一瞬のふれあいに、彼女はなぜか無性に嬉しくなってしまう。


「大丈夫か」

「あ、はい。ありがとうございます」


 なにが起こったのか理解できなかった二人が扉を開けて外を見ると、剣術大会のときに見た白仮面の男たちが公爵家の護衛たちと戦っているところだった。


「私も行く」

「大丈夫なのか」

「もちろんだ」


 さすがにドレス姿のレオノーラを戦わせたくなかったらしいが、彼女は仮にも師団長を務めているプライドというものがある。ただ(コジモ)に守られるだけの女性でありたくなかった。

 手際よくドレスの裾を処理し、持っていた短剣を太腿に着けていたホルスターから抜いて馬車から飛び降りる。


「ケガしないように気をつけろ」

「……わかった」


 どういう意図で言ったのか理解できなかったが、とりあえず今は純粋な意味で受けとっておくことにした。


 先日、襲撃されたときは雇われならずものに白仮面が二人だったが、今回は白仮面しかいない。それに先日と違って、服装もはっきりと見える。どうやらあからさまにいいところのお坊ちゃんたちのようだった。

 コジモと二人、襲撃者たちに相対するように自然に背中合わせで周囲を見回す。

 襲撃者は合計九人。

 自分はドレスを着ているから足捌きがよろしくない。だから、三人がせいぜいだろう。


 でも、彼とならば全員、とっ捕まえることができる。


「前方の三人を殺さず生け捕りにしろ。それができたら馭者を救出しろ。お前とならばこいつら全員、牢屋にぶちこむことも簡単だ」

「承知」


 レオノーラが思ったこととまったく同じことをコジモに言われるが、いつもと違って反論する気が起きない。

 反対に同じ方向を見ていることがわかって、嬉しかった。


 声を出してカウントすることはなかった。

 しかし、息があっている二人は同時に襲撃者たちのほうへ飛びだしていく。


 前回、レオノーラの弱点が男性複数人による同時攻撃だと知った。

 追加投入された襲撃者たちはその情報のみで、今回も彼女に襲いかかっていく。しかし、前回は鎌形剣(ファルシオン)しか持っていなかったため、直接的な戦法をとるしかなかったレオノーラだが、今回は違う。

 彼女が得意とする巧妙に仕掛けて、刈りとる(・・・・)方法を使わせてしまった。襲撃者たちが相打ちになるように、間をかいくぐっていくレオノーラ。


「聞いてないぞ……!」


 薄暗い路地裏ではわからなかった小柄な彼女の機動力に三人のうちの一人がそう叫ぶが、ほかの二人も同感で声も出せなかった。



「これでよしっと」


 三人の襲撃者を縛り、馭者を起こしたレオノーラはコジモの方は大丈夫なのか確認すると、ちょうど彼も六人目を倒し終えたところだった。

 着ている盛装がボロボロになっていたが、ケガをしていないようで安心した。


「お前も今、終わったんだな。お疲れ様」

「こちらこそありがとう」


 学生時代から悪口、皮肉しか言われてこなかったおかげで、今までは素直にコジモの言葉を受けとることができなかったのに、今日の彼女は素直にその言葉を受けとることができた。

 ついでに差しだされた手をしっかりと握ることができた。

 比較的大きい道端に転がっている襲撃者たち九人。レオノーラがおもむろにそのうちの一人の白仮面を剥ぐと、見たことのある顔が出てきた。


「なぁ、コジモ」

「なんだ」

「こいつらって……――それに、仕向けたやつって」


 男たちの正体、そして襲撃を実行させた黒幕をまさかと思ってコジモに確認させると、彼も頭を抱えた。


「こうなった以上、仕方がないな。そこら辺の詰め所にこいつらを引き渡す。そして、一人馭者代わりさせるために王立騎士をだれか引っ張ってきて、俺たちはこのまま王宮へ向かうぞ」

「でも、もみ消されないか?」

「大丈夫だろう。お前は自分の部下を信頼してないのか」

「え?」


 襲撃者たちの身分、そして黒幕だろう存在の立場的にもみ消される可能性がある。

 至極まっとうな指摘をしたはずなのに、コジモにお前いい加減にしろという顔をされてしまった。


「今日の詰め所待機は第三師団だ。その異名の由来を忘れたわけじゃないよな? もしあいつらを育てあげたお前自身がそれを否定するのならば、本当に俺が第三師団長になるぞ」

「……――――!!」


《嵐の第三師団》というのは、戦場で地響きを起こすほど勢いよく迫ってくるから付けられただけではない。

 強力な後ろ盾を持つ犯罪者や政治犯、そして思想犯を預かったとき、どんな圧力にも一歩も譲らず、それどころかその圧力ごと一掃して見せる力を持つことから付けられた名前である。

 そんな彼らをそんな強大な力にしたのは、レオノーラ自身だ。それも彼女が赴任してからたったの一年で。


 だからこそコジモは否定してほしくなかった、彼女自身に。



 彼女が羨ましかった。名声を奪いたいぐらいには。


 彼女を守りたかった。あらゆる嫉妬ややっかみの的から。


 彼女に強くなってほしかった。どんなひどい言葉を投げかけられても、たくましく生き延びるため。




 どんなことがあっても最後は助けると決めていた。なぜなら、コジモは彼女を……――




 自分の育てあげた《嵐の第三師団》の価値をコジモにはじめて肯定されたレオノーラは泣いてしまった。

 その頭をそっと撫でたコジモは彼女を抱きかかえ、馬車に乗せる。

 手足を縛られている白仮面は動けないだろうと判断して、急いで詰め所に向かって応援を呼び九人を捕縛したうえ、最初にやられた馭者を救護してもらった。

 そしてたまたま詰め所に居合わせたマルツィオに馭者役を頼み、王宮へ向かう二人。

 王宮に着くころにはレオノーラの涙のあとはコジモによってきれいにぬぐい取られ、その上から軽く化粧を施された。

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