新しい婚約
あの国王の生誕夜会から二ヶ月。
今回はあのときとは違った緊張を感じているレオノーラ。
女の自分は後継ぎでもないし、両親だって結婚して良縁を結んでほしいという期待を抱いていない。だから、わざわざこんな格好で参加しなくてもいいのではとパートナーに言ったのだが、バッサリと『そんなんじゃ示しがつかん』と貧乏侯爵家では手が出ない豪華なドレスを贈られてしまった。そのうえ、今朝には『お前のことだから用意してなかっただろう』と言って母親の公爵夫人付きの侍女たち、さらには公爵夫人が代々受け継ぐというネックレスまで伯爵家によこしてきた。
頭のてっぺんから爪先まで、いつも以上に磨かれたレオノーラは自分が自分ではない感覚を味わっていた。もう立つことはないと思っていた、もうドレスなんて着る機会はないと思っていた自分があのときと同じ場所に立っている。でも、そのときとはまったく違う。
そして周囲からの視線も痛い。
なにせ婚約破棄されてまだ半年も経っていない。新しい男性と同伴している姿を見れば貴族は噂したがるもの。
それに騎士団の隊服ではなく、貴族らしい格好をしているコジモはいつもよりも輝いているような気がする。しかもいつもは見せない笑みまで浮かべている。レオノーラは寒くないはずなのに背筋が冷えきっていた。
あとから入場してきた王族たちもレオノーラとコジモの姿を認めると、一様に驚いていた。
「今日はよき晴天に恵まれました。アザミの精たちも喜ぶ日和ですね」
いくら婚約破棄された相手だからと言っても、王族相手には頭を下げなければならない。なにせロレンツォ第二王子の父親、すなわち国王が彼を放置しているのでこちらに義はない。
レオノーラたちが頭を下げると、婚約破棄したときとは打って変わって挙動不審になっているロレンツォ。隣にちょこんと座っているアイリスのほうが堂々としているぐらいだ。
「あ、その……お前たちは本当に婚約したのか……?」
彼にとっては目の前の光景が意外だったのだろう。
いや、レオノーラ自身でさえ、いまだに実感がわいていないのだから、当然だろう。
あの襲撃のとき、コジモが提案したのは偽装婚約だった。
『しばらくの間、《アザミ祭り》が終わるまで俺と婚約をしてほしい』
それを聞いたとき、レオノーラは馬鹿じゃないのかと思った。
コジモが自分と婚約してもメリットはない。むしろ自分にとってはマイナスだ。こんな嫌味なヤツと婚約なんてお断りだ。
しかし、コジモはそんなレオノーラの気持ちを理解していない。
『なに? 婚約すれば、周囲の目は婚約破棄されたお前を拾った俺に向く。そうなればロレンツォだって自然とあの話を自ら進んでしなくなるだろうからな』
その理論はよく意味わからなかった。でも、あの執務室で見た女性に取られるぐらいならばいっそのこと自分がと思ったのも事実だった。
またあとから厄介なことがあるのだろうと思いつつも、差しだされた手を取っていた。
契約書もなにもない婚約だったが、コジモは職務だろうとも職務じゃなかろうと、彼女に対して一切態度を変化させなかったおかげで、彼女も気が楽だった。職務中に婚約のことに触れないのはもちろんのこと、休日も二人で仲良く外出ということはなかったから、いつも通りの彼女でいることができた。
「ええ、正真正銘、婚約いたしましたよ?」
ロレンツォの疑問にコジモは飄々と答える。
「ビヨスディ大公令嬢との婚約話は」
「お断りしましたはずですが。特別、俺じゃなくてもよさそうな話……というか、三男の俺に比べたら、まだ王都近郊に領地を持っている長男はいくらでもいるじゃないですか」
コジモとロレンツォのやり取りに必死に頭を追いつかせるレオノーラ。
たしかに隣国、ビヨスディ大公には未婚の令嬢がいて、彼女との結婚による同盟を迫っているとかなんとかと、幹部会議で聞いている。
「いや、しかし……そいつは女じゃないぞ」
もっともなことを言われ、大公令嬢との結婚を切り札にできなくなったロレンツォは、手を変えて、レオノーラを蔑みはじめることにしたらしい。
可愛い女性ならば、ここで肩を震わせたり逃げだしたりすればいいのだろうが、あいにく彼女にはそんな技は持っていない。コジモにもそう思われてはいないのだから仕方がない、とだれになにを言われても耐えようとしたそのとき、殿下の目は節穴ですかと反論したのは彼女の肩をしっかり抱いたコジモだった。
「どう見ても可愛らしく、ときには凛々しい女性ですが」
彼の言葉にあんぐりと口を開けて、隣を見てしまったレオノーラ。
まさか会えば嫌味、悪口、嫌がらせのオンパレードな男からこんな歯が浮くような、キザったらしい言葉が出てくるなんて思わなかったのだ。
騎士団を知っている人、知らない人問わず、会場にいる人たちも全員がレオノーラたちのほうに注目していた。
「そうですね、そんなにお疑いにならようならば、婚約している証拠をここで見せてあげましょうか」
まだ殿下がお疑いのようですのでと、今までで一番爽やかに言いきったコジモは無言でレオノーラの顔を自分のほうに向け、顎をくいと引きよせた。
一瞬の出来事になにが起こったのか理解できなかった彼女だが、その刹那の後、唇に感じたモノが柔らかく暖かいもので、それがコジモの唇だと理解したときにはすでに肩を離されていた。
「おわかりいただけましたでしょうか?」
当の本人はさらりとした顔をしているが、されたこちらとしてはたまったものではないとレオノーラは思う。当然、家の関係で婚約しただけの第二王子とはなんにもなかったし、それ以外の男性ともキスなんてしたこともないし、それを想像したこともなかった。
けれどもいつも会えば嫌味、悪口を言ってくるはずのコジモにされたそれは、嫌というよりも小恥ずかしいというほうが勝っていた。
しかし、なんでこんな公開処刑のようなことをされなければならないのか……それどころか、まだ軍法会議や断頭台のほうがマシ……な気がすると、心の中で呟いてしまった。
それは彼女だけではなく周囲もそうだった。コジモの熱烈な口づけに引いているロレンツォをはじめ、参加貴族たちも生暖かい目でこちらを見ているのに気づいたが、されたことに対して気が動転しているレオノーラはそれに気づいていなかった。
そのあとどのようにパーティーを過ごしたのか、レオノーラははっきりと覚えていない。気づいたら、騎士団の宿直室でコジモと二人きりになっていた。
「大丈夫か」
こういうときはスマートだなぁと他人事のようにレオノーラは感じる。
ケガをしたときも襲撃犯に襲われたときもスマートに人を気遣うのが彼のいいところなんだよなぁ、それに学生時代も……――と考えはじめたとき、肩を優しく揺さぶられる。
「大丈夫か!?」
いつの間にかうつむいていたらしい。
顔を上げると、レオノーラを心配するコジモの顔が入ってきた。
「大丈夫です。それより、なんであんなことを?」
「悪いか」
しかし、叩きたくなるのは、今はレオノーラのほうだった。コジモに詰めよって、先ほどの行為を問いただす。
「悪いもなにも!! でも、なんで公衆の面前、ほかの貴族たちがいる目の前でキ、キスなんて!?」
「そこか……すまなかった」
彼女にはっきりと指摘されたコジモは悪かったと頬をかく。
「とはいえ、ああしておかないと多分、あいつら餌に食いついてくれないんだよな」
彼の発言にどういうことかと眉をひそめるレオノーラ。
「おそらくだが、あいつら、お前のことを狙っているぞ、レオノーラ・ディンテオ侯爵令嬢」






