襲撃と契約
早めの夕食を取ったレオノーラは騎士団で用意された装備品を身に着け、城下の巡回に向かった。
第三師団は総勢二十九人。その中で新人とベテランの組み合わせの三人一組で巡回するが、今回は師団長のレオノーラは騎士団に入団して八年目の中堅騎士マルツィオと二人で行動する。
戦場に行く重装備ではないけれど、それでも身分証明書代わりの隊服なので、城下の人々は彼らの格好を見ると、『騎士さんたちが見回りに来てくれたよ』と手を振ってくれたり、子供たちは『かっこいいです!』と差し入れを持ってきてくれたりすることもある。
「師団長はやっぱりお強いんですね」
「どういう意味だ」
日が沈みきった城下町、騎士たちの詰め所に向かう途中でマルツィオがパン屋の女将からあまりもののパンやクッキーをもらったあと、そう言ってきた。
この騎士は軽口も叩かない騎士として有名で、レオノーラも二歳年下の彼に対して普段はあまりしゃべらないうえに、ほかの団員たちよりも真面目だという印象しかない。だが、今はなぜかにやにやと笑っている。おそらくは昼間の剣術試合のことだろうなと思いながら尋ねると、今年の団長はひと際強かったですよと想定通りの言葉を返されてしまった。
もちろんレオノーラだって鍛錬は怠らない。
できる限り毎日、ほかの騎士たちよりも早く起き、彼らへの指導前に自分も同じ訓練をする。
しかし、マルツィオはそういう意味じゃありませんよと首をゆっくり振る。
「ベルガン師団長とコンビを組むことで、なんかさらにパワーアップした感じ?ってみんな言っていますよ。なんか、恋人というよりも夫婦っていう感じがし――」
「冗談じゃない」
否定はできない。たしかに騎士学校のときも、教員たちと決闘するときには必ずコジモのほうから組むことを命令され、戦った後は必勝ペアとして崇められた記憶がある。
ただ、あの男は自分を毛嫌いしていて、自分がコジモに負けるたびに『これだから女性騎士は』と言われる始末。勝ったら勝ったで『女騎士ごときに』と言われ、それでも指名してくるので、なんで毎回自分を指名するのか理解できず、今回のペア戦も嫌味こそ言われていないが、理解はできなかった。
「大体あの男は……――」
後輩相手に愚痴ってやろうと思ったレオノーラだが、前方に彼女たちをにらみつけているならずものを数人、発見してしまった。
マルツィオも敵を認知したようで抜剣の構えに入っていたが、レオノーラはそれを止める。
「お前はそっちからこの先の詰め所に行って、応援を呼んでこい」
「しかし……!!」
「大丈夫だ。あと五人増えたところで私は勝てる」
マルツィオはそれでもと必死に食い下がろうとしたが、レオノーラはそれを許さなかった。
短いやり取りを終えあと、ならずものたちがマークしていなかった細い路地を入っていく彼を見たレオノーラは抜剣をして構える。ならずものたちは戦闘態勢になった彼女にじりじりと近寄っていく。
最初に彼女に襲いかかってきたのは背の低い男で、手に持ったダガーをめいっぱい振りあげてくるが、レオノーラはあっさりと腕をひねって地面に叩きつける。ちゃっかりとダガーを奪いとることは忘れない。
二人目からもダガーやナイフで襲いかかってくるが、彼女の敵とするところではない。昼に行われた剣術大会での初戦と比べても赤子の手をひねるようなものだった。
五人目を倒し終わり、転がしたならずものを腰にぶら下げていたロープで手早く縛り終えたレオノーラは異変を感じた。
残りの二人のまとう雰囲気が今までとは違う。
今までのならずものは城下の二級武具屋でも手に入るようなダガーやナイフ、直剣が多く、どう見ても訓練されていない本物のならずもののようだった。しかし、目の前にいる二人が持っているのは見た目からもわかるほど立派な長剣で、立ち姿もシュッとしていて、先ほどまでの本物のならずものとは違う風格があった。それに、顔には白い仮面もつけている。なにか彼女に顔を見られて困る事情があるのか、それとも。
彼女がそう推測している間に、ならずものもどきたちが襲いかかってくる。
レオノーラは薙ぎ払おうとするが、二人が揃って振りかぶってきた一撃が重すぎて簡単に払いのけることができなかった。
まだ手練れの騎士二人をいっぺんに相手したことがなかった彼女は、それを頭上で留めることが精いっぱいだった。
普段はスピードで相手を圧倒させるか、罠を使って勝ちにいくスタイルのレオノーラにはこの耐久戦が辛かった。時間ばかり経って、得られるのは体力の消耗だけ。とくに今日の剣術大会でケガをした右腕が悲鳴をあげている。
どんな理由があろうとも、ここで倒れるわけにはいかない。
こうやって対峙している間に脂汗がじっとり流れているのがわかる。
さすがに男二人分の力には敵わなかったのだろう。じりじりと押されていくレオノーラ。
これ以上、この場を持たせるのは無理だ。
詰め所には連絡いっただろうから、あえてこのまま逃すか。そして、警備の人数を増やしてもらうしかないか。《雷》の師団長だろうが、逃げるが勝ちのときもある。そうレオノーラが諦めた瞬間、レオノーラを押さえつける二人の剣が軽くなった。
「……――!!」
その瞬間を見計らって後ずさった彼女以上に、押さえつけていた二人が驚いている。二人の視線の先をたどると、似たような黒い仮面をつけた人物が立っていた。
まさか新たな襲撃者か。
剣を構え直したが、先にその人物が口を開く。
「失せろ」
たった一単語発しただけだが、その言葉はどこまでも冷たく、襲われていたはずのレオノーラにも十分威力があった。二人の襲撃者が消え去ったあと、硬直した状態の彼女の頭に黒仮面の人物は手を乗せ、反対の手で構えた剣をそっと取りあげられた。
「よく持ちこたえてくれた」
「なんで、あんたが……――!?」
目の前の人物は黒仮面を外すと、彼女に微笑んでみせた。
この時間はミーティングを行っているはずのコジモがなんでいるのか。驚きで二の句が継げられないレオノーラに彼はなんか嫌な予感があったとだけ告げる。
「さっきマルツィオとすれ違ったから、レオノーラになにかあったんじゃないかと思ってやってきたんだ。お前の力だときっとやられているんじゃないかと思ってな」
コジモの言葉にレオノーラはぐうの音も出なかった。
たしかに彼が来なければ、あと少しでやられていたのは間違いないから。
「それに第一師団の手柄にもなるだろ? こんな“おいしいヤマ”を逃したくない」
彼の言葉にクソッタレと思ってしまった。
こいつはそういう性格だ。
学生時代の決闘でペアを組むのはいいけれど、結局、いつもおいしいところ持っていき、自分にはまるで無能だと言わんばかりの視線が集中したレオノーラ。事実、自分は体格以外でも劣っていて、彼に勝る要素なんてないから特別気にしていなかったのだが、それでも改めて突きつけられるとクソッタレとしか思わない。
「ところで、レオノーラ」
「なんだ?」
「一つ提案がある」
手首をつかんだまま、コジモは真剣な目でレオノーラを見つめている。その眼差しになにかあるのだろうかと期待してしまいたくなったが、すでに前例は嫌というほどある。この男に期待してはならないと舞いあがることはなかった。
しかし、耳元で囁かれた言葉に本気で馬鹿じゃないのかとツッコんでしまったレオノーラ。それは、自分は前世でよほど悪いことをしたのだろうかと呪いたくなる提案だった。






