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剣研ぎ師

 王立騎士団の朝は早く、翌日もほとんどいつも通りの雰囲気だった。



「もう一回!」


「そこ、たるんでるぞ!」


「あとから訓練場の外、二十周して来い!」



 第三師団長のレオノーラの怒声を除いては。

 彼女はあのあと、一度屋敷に戻って湯あみを済ませ、騎士団の官舎に戻った。基本的に官舎の中ではなにを持ちこんでもいいから、その日は珍しく、レオノーラも高級酒を持ちこんで、深酒をしていた。そうすることで婚約破棄と罵られたことをすっかり忘れようと思ったのだ。

 しかし、翌日の目覚めは最悪だった。

 頭がずきりと痛むので起きたのはいい。しかし、なんで頭が痛くなったのかと思いだしてみると、真っ先に出てきたのはコジモに言われた暴論だった。そして、なんであんなことになったのかと記憶を辿っていくと、自分が婚約破棄を言い渡されたということに行きついた。すべてはコジモのせいだと責任を押しつけることにして、いつかはあいつをぎゃふんと言わせないと気が済まなくなった。


 とはいえ、彼に太刀打ちできる要素なんて彼女にはなかった。

 昔からドレスを着るよりも剣を握っていたほうが好きというだけで騎士団に入った彼女は、騎士として純血であり、入校当初から一目置かれていたコジモとなんとか、互角の戦績を残せていたが、彼以上に勝っていた部分なんてなかった。せいぜい『とある部分に突出した第三師団の長』というプライドぐらいか。

 とはいえ、彼が言った“野猿”という部分については認めざるを得ない。女が騎士になった場合、むさくるしい男どもと生活するわけだ。自然と言葉や作法がおざなりになるのは否めなかった。


 そんな彼女のストレスのはけ口になったのが、職務上、持ち場を離れることができない第四師団と遠征中の第五師団以外で行われる特別早朝訓練だった。

 普段はいくら上官だからといって、マナーなどの普遍的に通用すること以外は同じ師団内での指導に留まるが、この訓練では指導する師団をシャッフルする。今回、レオノーラが担当するのは比較的温厚といわれる第七師団だった。

 いつもならばその隊の性格に合った指導方法をとる彼女だが、今日はかなり大荒れだったのに気づいた団員たちはレオノーラに聞こえないようにしゃべりだす。


「先輩、昨日の話、聞きましたか?」

「ああ?」

「昨日、国王陛下の誕生夜会中にロレンツォ殿下が婚約破棄したんですよ」

「ああ、だからか。あの“野猿”があんなに荒れているのか」

「そうですよ。意外にも、あの人も王子様のお嫁さんになりたかったんですね」

「女性ってそんなもんじゃないのか?」

「そういう人たちばかりじゃありませんよ、俺のかみさんだってそうですし」


 レオノーラはそんなこそこそ話に気づいていたが、丸ごと無視して今はこちらに集中と、しっかりと前を見てさらに檄を飛ばしていた。もちろん端から見れば檄ではなくただの八つ当たりであったが、決して婚約破棄されたからという理由ではなかった。

 そんな檄という名前の八つ当たりを飛ばしているレオノーラのもとにコジモがやってきた。

 今日の彼はいつも以上に上機嫌だった。どうやら特別訓練では、レオノーラ率いる第三師団にダメ出しばかりしたのだろう。遠征に出れば嵐のように地響きを起こしながら戦うことから《嵐の第三師団》と呼ばれているが、コジモの前では形なしだっただろう。


「そんなに体力が余っているならば、お前も一戦、戦え」


 そう言うや否や、模擬戦用の刃を潰した剣を投げてきた。本当は彼の顔さえ見たくもない彼女だが、投げられては仕方がない。危なげなくキャッチし、わかりましたと言ってフィールドに降りる。

 最近はどちらかというと後輩の指導に当たることが多く、こうやって実戦的に彼と戦うことも少なくなったレオノーラ。嫌な同期だろうと思っていても、それでもこの対戦は楽しみで仕方がなかった。

 先ほどまでレオノーラに訓練されていた第七師団をはじめ、噂を聞きつけたほかの師団まで観客としてやってきた。試合が始まる寸前、この訓練場全体がシンと水を打ったかのように静かになる。


「はじめ!」


 審判の合図で二人とも動き出した。

 コジモの直接的な付きを払い薙ぐレオノーラ。反対に彼女の二段仕込みの罠を振りほどくコジモ。一進一退の攻防にギャラリーは熱い視線を注ぐ。十五分ぐらいにらみ合った二人だが、最後はコジモが作ってしまった右脇の隙間にレオノーラが叩きこんだことで勝敗は決まった。

 しかし、勝ったはずのレオノーラの顔は晴れなかった。

 普段ならばあんなわかりやすい隙間を作るはずがない。でも、彼がわざと負ける理由がわからない。

 そんな彼女のもとにやってきた彼は、きれいに縁取られた紙を混乱している彼女に差しだす。


「受けとれ。褒美だ」


 なんでこんなときに。そして、自分に。

 通常の訓練でもこんな特別訓練でも、なにかを授与しあう習慣はない。ましてや昨日の夜、レオノーラに暴論をぶちかました相手だ。彼女がいろいろな意味で困惑していると、差しだした紙を握らせて耳元で中身を告げてきた。


「ダマスス翁の優先研ぎ券だ。お前、予約が取れないって嘆いていただろう?」


 ダマスス翁とは、王都で一、二を争う有名な研ぎ師で、五ヶ月先まで予約が埋まっているという凄腕の人だった。何回かダマスス翁が所属する武具屋で鎌形剣(ファルシオン)や鎧を買ったことがあるレオノーラだが、残念なことに彼にやってもらったことがない。いつも緊急で駆けこむことが多いため、彼の弟子にやってもらうのだ。

 けれども、今回はそのダマスス翁の優先券をコジモから渡された。

 どういったいきさつで手に入れたのか、違法な行為をしてないだろうかと思って尋ねると、つべこべ言わずに今日中にその鎌形剣(ファルシオン)を手入れしてもらってこい!と顔を背けられてしまった。




 特別訓練が終わったあと、部下たちに仕事を持っていかれ、日中の業務から解放させられたレオノーラ。仕方なく私服に着替えて、もらった優先券を持って城下に降りると、ダマスス翁の武具屋はいつも通りの賑わいを見せていた。

 受付嬢にもらった優先券を見せると、なにか意味ありげな笑みを浮かべられたが、すぐに中に通された。


 ダマスス翁には研いでもらったことはないが、何度か彼と面識はあるレオノーラ。初対面の人間だったら、このモサっとした風貌にこれが王都一番の研ぎ師なのかと疑いたくなるが、その腕のよさは知っているので、疑うこともなく事情を話すと、受付嬢同様、なぜか含みのある笑いをされた。


「ほう、あのコジモ坊がそんなものを。というか、あいつ、それだから昨日の昼間に……まあ、いいじゃろう。で、今回、依頼したいっていうのはどれだ?」


 さっさと研いでやるからと言って手を出してきたので、コジモの言うとおり、いつも使っている鎌形剣(ファルシオン)をお願いした。受けとったダマスス翁はそれを眺め、わかったと言って研ぎはじめる。

 回転式の砥石に油を含ませ、足で砥石を回しながら鎌形剣(ファルシオン)の刃を当てていく。シュルシュルという音が軽快に部屋に鳴り響き、あっという間に研ぎ終えた。


「ほれ、こんなもんで十分だろう」


 ダマスス翁は研磨用の油を拭い、錆止め用の油を軽く塗ったあと、レオノーラに渡す。さすがは王都一番の研ぎ師だと感心してその磨かれた刀身に魅入る。許可をもらって近くにあった藁人形で試し斬りをさせてもらうと、ダマスス翁の弟子たちには申し訳ないが、やはり違う。礼を言って代金を支払おうとすると、なぜか拒否された。


「嬢ちゃんは別嬪だからお代は無料にしておくよ」


 先ほど見せたのと同じ笑みを浮かべながらダマスス翁はそう拒否する。しかし、さすがにレオノーラは王立騎士団の一員。あとから代金踏み倒されたとか言われるようなことがあっては困ると思って食い下がったが、それでもダマスス翁はいいものを見せてもらったからと受けとってくれなかった。受付嬢にもレオノーラ様から今回のお代をとるわけにはいかないのでぇ~と言われてしまったので、今は諦めることにしたものの、今度来たときには正規の二倍の料金を支払おうと決めた。



 ダマスス翁の店を出たときはすでにシエスタの終わりがけだった。少し日差しが傾いていたが、まだこれから夕方の訓練がある。急ぎ目に訓練場に戻ることにしたが、最後の坂道を登りきったあと、普段は気に留めていなかった広場があることに気づき、少しだけ寄ることにした。


「なんか、すべてがどうでもよくなったな」


 そこから見る王都の景色は新鮮なものだった。

 ときどき城下に降りることがあるが、いつもならこんなところに興味を持てない。それに昨日の晩に起こった第二王子からの婚約破棄とコジモからの暴言で、周りに目を向ける余裕もなかった。

 今朝の特別早朝訓練、それもコジモとの模擬戦まではなんだかむしゃくしゃしていたが、模擬戦以降はそれを考える暇もなくなった。もしかしてコジモは暴言のことを気にしていてくれ、気分転換するきっかけを作ってくれたのだろうかと勘違いしてしまいそうになる。

 たとえそれがレオノーラの勘違いであろうとも、あとで礼を言いにいかなくてはなと、気持ちを切り替え、足取り軽く訓練場に向かった。

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