婚約破棄された挙句に暴論吐かれました
今、立っている国王の生誕夜会か、その前後でこうなることだろうとはレオノーラもわかっていた。
「レオノーラ・ディンテオ侯爵令嬢、貴様との婚約を破棄する!」
そう言ったのは、今日、十八歳の誕生日を迎えたロレンツォ第二王子。彼の隣にはアイリスという子爵令嬢がぴったりと寄り添っていて、まるで本物の恋を見つけたかのような雰囲気が漂ってくる。
たしかに自分は彼女のように、可愛くなんかない。
たしかに自分は彼女のように、愛嬌がない。
巻いてもすぐにほどけてしまう榛色の髪の毛で、瞳の色も決して可愛らしくない黒色。
ふんわりとした桃色の髪にくるんとした青色の瞳をした彼女、アイリスのような無邪気なふるまいをしたところで、決して彼女のようになれないし、彼女みたいにふるまえるわけがなかった。
それはレオノーラが王族の妻になるための努力をしてきただけではなく、彼女が自分の意志で王立騎士団に入ったというところにもあるのだろう。だからというわけではないが、ロレンツォから婚約破棄を言い渡されても動揺することなく、ただはい、そうですかとしか返すことはできなかった。
自分がロレンツォに公衆の面前で呼びだされた瞬間に、参加していた貴族たちの歓談の声や、楽団が奏でる音色がピタリとやんでいたことに気づいていたレオノーラは、これ以上ここに留まって、自分の一挙一動が注目されることに耐えきれなかった。
反論するでもなく、ただ頭を下げて大広間を出た彼女は、どこか一人きりになれる場所を探して、さまよっていた。
その途中、角を曲がろうとしたときに甲冑姿の青年とぶつかり、レオノーラだと認めた相手からなにか声をかけられたような気もしたが、それさえも振り払って、建物の外に出た。
結局、いつもの仕事場近くまで来てしまい、いつもは目に留めないだろう花壇が嫌でも目に入ってしまった。今はキンギョソウの季節で、鈴なりの赤や白、黄色の花が咲いていたけれど、それを見るのさえ苦しい。
決してあの男を好きになった記憶はない。それでも、結婚というものを少しでも夢見ていた自分が愚かだった。ここが王宮というものでなければ、きっとこの目の前にある花々を引きちぎっていたことだろう。
「やめとけ」
不意にレオノーラの背後から声がかかった。
今はまだ、ロレンツォ王子の新しい婚約者お披露目で持ちきりだろうから、だれも自分のことなんて追ってくることなんてしないだろうと思いきっていた。だから、驚いて振り向くと、そこには見慣れた同期の姿があった。
「ここも王宮の一部だ。形ばかりは王室が管理している。もし、お前がここで引きちぎったりすれば、あの癇癪王子の思うつぼだろうが」
低く、柔らかい声でそう諭したのはレオノーラの同期でもあり、あの第二王子の遠縁にもあたるコジモ・ベルガン王立騎士団第一師団長。
ここは闇夜に溶けこむような黒髪に、紺色の隊服をきっちり着こなしている彼の持ち場ではないはずなのに、どうしてここに自分がいると気づいたのかまで思いいたる余裕はなかった。
「ええ、そんなこと……なんてしませんよ」
レオノーラだってそれはわかっていたから、思い留まっていた。なのに、この男に見透かされたように言われると、無性に腹が立ってくる。
ロレンツォ王子と婚約しているときには気づかなかったが、コジモも多くの若い未婚女性から求婚されるというだけあって、顔がいい。もし自分の性格でなければ、泣きついていただろうとレオノーラはまじまじと彼の顔を見てしまう。
彼は前の騎士団長とその部下であり、初の女性第一師団長の息子。すべての分野でトップ成績を誇るうえに顔もいいから、何度も女性からアプローチをかけられているのを彼女も目撃したことがある。それに比べて自分は“野猿”“猪”だの言われまくっていて、王立図書館司書長である侯爵の娘という縁だけで第二王子と婚約したのはいいけれど、結局、カワイイ少女に取られた。
「なにか用でもあるのか?」
「……――!! いいえ、ありません」
じっと見つめながら内心荒んでいたが、慌てて否定し、では、そろそろ屋敷に戻りますといつものように宣言して本当に戻ろうとしたが、先に謝らなければならないことを思いだし、足を止めて、コジモのほうを振り向く。
「私のせいで、第一師団長の仕事を増やして申し訳なかった」
本当ならば、今日のこの夜会は第三師団のレオノーラが警備を任されるはずだった。しかし、直前にロレンツォ王子から紋章入りの手紙をもらってしまったからには、そちらの立場での出席が優先される。
五大公爵の次男でもある彼がそれを理解してはいるだろうが、それでも手間をかけさせたのは言うまでもなく、謝罪するに越したことはない。しかし、コジモに無表情でお前がやるよりも効率がいいとバッサリと言いきられてしまった。
婚約破棄された挙句に同期からの塩対応。
普段からコジモとはただの同期の関係であり、特別、家同士の付き合いもない。だから、なにかを求めていたのかと聞かれればそうではないと断言できるが、それでも無意識のうちに“なにか”を欲していたようだと頭を振ってレオノーラは小さく息をつき、ですよねと頭を下げる。今度こそ戻ろうとしたが、今度はコジモに呼びとめられた。
多分、今優しい言葉をかけられたら、悔しくないはずなのに涙が出てしまう自信がある。同期の仲間で、冷徹、阿漕と呼ばれているこの男に限ってそんなことはないと理解しながらも、グッとこらえて振り向くと用があったはずのコジモが言葉に詰まっている。
そんなにひどい状態なのかと思って、やけくそ気味になんですかと尋ねると、なんでもないとしどろもどろに否定されてしまった。
「なんのために呼びとめたんですか?」
「それは、だな……」
さっさと帰って、こんな窮屈なドレスなんて脱いでしまいたい。
いくら目の前にいる相手が同期だからといっても、どうでもよくなった。お先に帰らせていただきますと言って振りきろうとしたが、いきなり手首をつかまれ、思いっきり抱きかかえられてしまった。そして、レオノーラが驚きで声も出ない間に、いつの間にか目じりに浮かんでいた涙を拭かれる。
「これで、大丈夫だろう。いくら正体が“野猿のレオノーラ”だろうが、ドレスを着ている女性が涙を浮かべて夜道を歩いていれば、だれだって襲いたくなるだろ」
「あなたっていう人は、失れ……!!」
「まさか明日の特別早朝訓練を忘れてないよな?」
騎士団付属の養成学校からコジモは女性騎士であるレオノーラに人一倍冷たく、師団長会議でもレオノーラだけに突っかかってくる。まさか優しくしてもらえるなんて思ってもいなかったが、本当にそうされるといくら外面が“野猿”だろうともすっごく悔しい。それも、先ほど婚約破棄されたことが吹っ飛ぶくらいに。
ええ、もちろんですと早口で言いきったレオノーラは彼の腕を振りほどいて、屋敷に戻るための馬車を探しにいった。






