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永禄五年、師走

本日は一話投稿の予定です。

「済まぬな、銭衛門。越後との交易で大きな利を得ておったであろうに、今後はそうもいかなくなる」


「ヘヘヘッ…… 御殿様、アッシら商人はあの手この手で儲けるものです。それに青苧はそろそろ見切りを付けようと考えておりやした。田名部、十三湊、能代、土崎、由利、酒田…… 湊を自由に使わせていただくだけで、相当な利が出やすから、お気になさらず……」


 永禄五年(西暦一五六二年)師走(旧暦一二月)、新田又二郎は浪岡城において、御用商人である金崎屋善衛門と会談していた。相手はあくまでも商人であるため、客間での会談である。


「直江津では陸奥酒が飛ぶように売れておりますな。一方で、米の値が少し上がっておりまする。アッシらが買っているだけではなく、どうやら上杉様も米を集めている様子。噂では越中攻めをされるおつもりのようです」


「だろうな。酒田の亀ヶ崎城は難攻不落の堅城になる。上杉はこれ以上、出羽を切り取ることは出来ぬ。となれば、越中を攻めるしかあるまい。もっとも、全軍を出すことは出来ぬ。出羽を空にしたら、新田が一気に攻め込む」


 熱めの牛蒡茶を啜り、干し柿を頬張る。新田領の豊かさは変わらない。各所で産業が振興され、整備された街道が物流網を支えている。宇曽利や鹿角では馬の放牧が行われており、新田軍のみならず物流や農耕にまで使われている。


「それで、加賀の様子は如何であった?」


「へぇ、なんと言いますか…… 米は確かに喜ばれるのですが、それ以上に子供や女子を口減らしで減らしており、加賀国ではなく飢餓国でございました。一掴みの米で子供を簡単に売るような、そんな国でございます」


 普段は飄々としている金崎屋善衛門が、顔を暗くして首を振った。相当に酷い状態なのだろう。


「百姓の持ちたる国か。阿保らしい。統治者不在でまともな国造りなど出来ようはずがない。結局は本願寺の生臭坊主共が好き勝手をするだけであろう。米を流し、女子供、職人などを徹底的に引き抜け。米が入れば一時的には一揆の力は強まるであろう。それを上杉にぶつけてもらう」


「陸奥へ行きたいという一向宗の僧もいましたが?」


「解っているだろう? まともな僧なら認めても良い。だが加賀にそんな僧がいるとは思えん」


 一向一揆は奥州にまでは飛び火していない。女子供、そして職人に限定したのも、生産手段を持たない荒れくれ者など不要だからだ。子供は教育すればいい。女は陸奥で働く独身の男たちと結ばれれば、平穏な暮らしができるだろう。職人は言わずもがなである。


「人だ。とにかく人が欲しい。銭衛門から見て使えそうな人材だと思った者は、ぜひ連れてきてくれ」


 永禄五年末、新田家は次の飛躍に向けて着実に手を打ち続けていた。





 浪岡城の大広間には、新田家の重臣たちが勢揃いした。永禄五年を総括し、これからの方針を決めるための大評定が開かれる。評定は、下国師季への黙祷から始まった。新田家の重臣が討たれたのは、又二郎が当主となってから初めてのことであった。


「さて、湿っぽいのはここまでだ。師季とて、我らがいつまでも引き摺り停滞することを望みはすまい。二年続いた奥州の大乱に上杉が参入した。これにより奥州大乱は関東、そして甲信越にまで飛び火し、東日本全体を巻き込むであろう。式部大輔、解っている範囲の現状を伝えよ」


 これまでの大評定では、最初に内政の話から始まるのが常であった。だが今回は外政、つまり新田家を取り巻く状況の確認から始まった。浪岡式部大輔具運が纏め上げた資料が配られる。


「関東管領上杉輝虎により、出羽庄内の南が獲られました。これにより出羽方面では膠着が予想されます。ですがそれは上杉とて同じこと。庄内から越後北部にかけて、御当家の圧力を受けるため、関東方面への派兵が容易ではなくなりました。その隙を突いたのが北条でございます」


「うん。伊豆で調練をしていた北条氏政が、そのまま武蔵へと進んだという話は聞いている。結果は?」


「九十九衆の報せでは、相模との国境にある小山田、小野路、片倉、八王子、など各城を落としたとのことです。これにより、北条は武蔵奪還の足掛かりを得たことになります。それともう一つ。北条の動きに呼応して武田も動きました。嫡男の太郎義信率いる一万五〇〇〇が駿河に侵攻、犠牲を出しながらも駿河の要衝である大宮城を落としたとのことです」


「なるほど…… 武田もいよいよ、今川攻めに本格的に乗り出したわけか。上杉は?」


「北条の動きは警戒しているようですが、越中の椎名家からの救援依頼に応えるため、来年は越中侵攻に乗り出すでしょう。上野国だけでなく、唐沢山城を得たことで佐竹とも繋がっており、北条の動きを牽制しております。北条が武蔵を取り戻すには、時を要しましょう」


 上杉家の動きは、関東にも大きな影響を与える。輝虎が優れているのは、その戦略眼であった。新田を敵に回した場合、対越中はともかく関東方面の動きは制限されてしまう。そこで関東の要衝である唐沢山城を先に手に入れ、佐竹との結びつきを強くした。仮に北条が武蔵を取り戻したとしても、そこから先の拡張は困難を極める。


「その佐竹ですが、里見と盟を結び、結城や岩城など南奥州へと進みつつあります。同様に、伊達も南に進み始めており、国人衆を次々と飲み込んでおります」


「生き残るためには強くなるしかない。新田に勝てない以上、南奥州の小国人を飲み込み、力を得ようというのであろう。最上は?」


「先の戦において天童、延沢に援軍を出さなかったのが決定的でした。最上八盾とは完全に断絶し、来年早々には戦となるでしょう。伊達は南、最上は北へと進むつもりです」


「うむ。輝道、盾岡城の増築は進んでいるか?」


「酒田までの街道の整備、城門、城壁の補強、空堀の増築などを始めております」


「天童は良い。だが延沢まで最上に渡すつもりはない。あそこには銀山があるからな。延沢攻めは輝道に任せる。周囲を新田に囲まれ、汲々としておろう。降すもよし、攻め滅ぼすもよし」


「御意」


 一通りの状況確認を終える。奥州どころか東日本全体が動き始めている。その中で、新田家はどうするのか。又二郎の方針発表を重臣たちが待つ。


「二年だ。二年間、新田は大規模な拡張はせぬ。先程言った延沢や、仁賀保が領していた飛島など、未着手の土地がまだまだある。二年かけて力を充実させる。そして二年後、一気に関東に出る! ただし……」


 又二郎は立ち上がり、背後に掛けられている日本地図を示した。


「全く戦をせぬわけではない。新田の躍進のためにも、是非とも手に入れたい土地がある。日本海の交易の要衝…… 佐渡だ!」


 扇子の先端が、日本海に浮かぶ大きな島を示した。


「三〇〇〇石の船は増えつつある。一度に数百の兵を運ぶことが出来る。来年一年を掛けて、新田は水軍を増強する。三〇〇〇石船数十隻で佐渡を包囲し、一気に落とす。佐渡は海運の要衝だ。それにこの島を制すれば、上杉への睨みも効く」


 そして口には出さないが、佐渡には世界最大規模の金山が眠っている。是が非でもそれが欲しかった。


「再来年の弥生、新田は佐渡を目指す!」


(二年あれば、新田の兵力は七万に達するだろう。佐渡には炮烙玉を満載させた軍船を置き、越後からの船を悉く海上で沈める。落とせないと判れば、上杉も佐渡を諦めるはずだ)


 その後、大評定は内政の話が中心となった。出羽三山では古くから蒟蒻が食べられている。それをさらに改良し、名産品として売り出すという話が出たりした。





 大評定後の宴会から戻った又二郎は、妻二人と褥を共にしていた。だが気が昂っているためか、中々寝付けない。二人を起こさぬように気を遣いながら褥から出る。毛皮を羽織り、部屋を出た。


「殿?」


「眠れぬ。少し一人になりたい。ここで待て」


 凍えるほどに寒い廊下を歩きながら考える。自分が知る歴史から、もう完全に逸脱している。上杉と武田が力をつけたため、織田の上洛すら無くなるかもしれない。


(守りに入るわけにはいかぬ。天下統一まで走り続けるしかない。戦って、戦い続けたその果てに、日本の夜明けが来るのだ……)


 そう自分に言い聞かせる。ふと、暗がりに陰が浮かび上がった。だが気配で解る。


「段蔵…… 今日くらいは、ゆっくり休めば良いものを……」


「お一人は危のうございます。それに、御知らせすべきことがございます。つい先ほど、手の者が知らせて参りました。伊達家家老中野宗時殿、新田への内応をお考えとのことです」


「ほう……」


 暗闇の中、又二郎の瞳が光った。



《後書きという名の「お願い」》

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※本作「三日月が新たくなるまで俺の土地!」の第一巻が、アース・スターノベル様より出版されています。ぜひお手にとってくださいませ!


※また、筆者著の現代ファンタジー「ダンジョン・バスターズ」も連載、発売されています。こちらも読んでいただけると嬉しいです。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] いつも楽しくよませていただいています。こんな素晴らしい作品を書いていただき、かんしゃです。 さて、176部分についてですが、北条氏政が八王子を落としたと報告している部分が気になります。…
[一言] 書籍化されたら買います。 引き続き楽しみに待っております。
[一言] これで越後まで廃れて誰が幸せになった?でまた謙信が苦悩するのかね
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