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第三十一話 三位一体

「編隊を崩すな。敵は砦にいないかもしれんが、何らかの手がかりを残している可能性は十二分にある。各自見逃すなよ」


 上空を飛翔しながら、アイラは叫んだ。まもなく砦のすぐ近くに来る。敵は恐らくこれといった証拠は見つからないだろうが、かといって何もしないはずがない。

 捜索を続け、砦付近に差し掛かったところで、心配は杞憂に終わった。


「敵襲――」

「大隊長! ナイラがやられました!」

「攻撃を避けつつ攻撃してきた輩に突っ込むぞ。時間が勝負だ!」


 アイラは氷と槍を幾本も前に展開させ、先陣を切った。

 数少ない仲間を失いすぎた。これ以上は、アイラの自尊心が許さない。攻撃に対して受けるだけでは、防ぐだけでは、ただのジリ貧だ。

 攻撃に対する最大の防御は最高の攻撃でしかない。

 みるみるとんでもない速度で急降下するアイラの視線に飛び込んできた者は……化け物だ。

 六つの腕を持った、紫色で二つの顔を持つ筋肉質の化け物。見覚えのある顔がいくつもあった。

 間違いなく、魔神三柱の融合体。合成獣だ。

 人間とドラゴンを合成することでとんでもない力を生み出さんがために作られたシステムが、魔神三柱という元々が化け物を融合させた。

 信じられない。人が出来ていい技ではない。まさに神業。どこまでが現実か分からない作品は言葉を放つことなく、悠然と、そして泰然と佇んでいた。

 その巨躯はわずかに前傾姿勢で、早すぎる心臓の鼓動が少し離れた場所でも聞こえる。

 魔神合成獣、名前を何というのか知らない以上、キメラと言うしかないが、キメラは背後から触手を六本展開。

 静かな臨戦態勢を整えた。向こうは完全にやる気である。

 ならばこちらもやる気を出さなければ間違いなくやられる。


「お前たちは引いて後方支援に徹しろ。こいつは私がやる――」


 といった瞬間、まるで完全にアイラの言葉を理解した上で、その心諸共打ち砕くような攻撃が飛んだ。

 なんと、キメラはアイラを完全に無視し、触手を背後の部下に伸ばしたのだ。

 鎧を軽々と穿ち、アイラの部下は、カイルを残して全滅した。

 あり得ない。信じたくはない光景に吐き気を催した。いの中身が全て出ていきそうな、圧倒的絶望と虚無が襲った。

 見開かれた瞳は決して背後を見ることが出来ない。いいや、一体こんな状況であれが後ろを見ることが出来ようか。

 キャプテンを失い、多くの部下を失い、もう誰も失わないと誓った矢先、アイラは全てを失った。

 慟哭は決して音に出ないが、瞳には悠然とその色を濃く宿した。彼女の視線の先には、うっすらと笑う二つの頭を持ったキメラが見えた。

 アイラの中で何かが弾ける――

 完全にアイラとリンクしたヨルムンガンドは空を舞い、青い炎を吐き出す。

 アイラはキメラの周りを氷で覆い、逃げられないようにすると同時に天空におびただしい数の槍を出現。

 全方向からの圧倒的物量による攻撃。

 それだけじゃない。真正面から自身も突貫する。常に槍を携え、猛攻を仕掛ける。

 自棄になったわけじゃないのはその戦術的戦い方に色濃く表れていた。

 が、キメラは炎を風で破砕し、氷を腕で叩き壊し、アイラの一撃を触手で防いだ。

 やはり強い。

 しかし、アイラは一人ではない。


「死ねやクソがぁぁぁ!」


 がら空きになった頭部を、カイルとレンガ爆発呪文で一気に攻撃。

 それだけで止まるかいるではない。相手が消し炭になるまで死んだと認めないカイルの追撃が次々ぐヒットしていく。

 異常な光景だった。

 誰もが生きようともがく攻撃を仕掛けているはずなのに、その実と、誰も自分を顧みていない。

 分かっていることはただひとつ。

 アイラもカイルもわかっている。これを町に放てば確実につぶれる。誰も止めることが出来る奴などいない。

そう、人類が止められない戦いをたった二人で行っている。

攻勢に出続ける。魔力尽きるまで、二人と二匹は攻勢に出続ける。

少しでも守りに出れば一気に抑え込まれる。

少しでも弱みを見せれば付け込まれる。

強力すぎる相手との戦いで学んだたった二つのこと。

しかしそのたった二つが、勝てる見込みのない戦いに勝機を見出していた。

ヨルムンガンドは術式を破壊する。グリディアン戦ではそのあまりに多い物量に破壊しきれなかった面が否めなかった。

しかし今は違う。

キメラとなったことでグリディアンの様に卓越したセンスは消えうせた。今ならキメラの魔法を黙らせることが出来る。

続いて問題になったのは膂力だ。もう誰の能力かは分からないが、桁違いの破壊力。そして破壊衝動。

狡猾で冷静な戦い方を身に着けたせいでわをかけてたちが悪い。


「あわせろカイル!」

「俺に命令すんな!」


 巨大な氷を生成。術式が単調な分、とんでもない質量の氷の塊が完成した。

 カイルはそれを爆破させ、破片をアイラが操ってキメラにぶち当てる。

 キメラ、六本の腕で氷の雨を受け止めるが、皮膚を裂き、確実にダメージを与えていく。

 苛烈な二人はそれで終わりはしない。

 ドラゴンに乗り、上空に上ると同時に急降下。

 頭部にダメ押しの一撃を叩きこむが――

 なんと、キメラは鶴来を素手で受け止め、そのまま二人を地面に叩き投げた。


「がっは」

「ぐは……ちくしょう!」


 すぐさま爆発の衝撃で体を起こしたカイルは次にくる拳を剣の側面で受け止めた。

 しかし剣は砕け散り、カイルは吹き飛ばされる。

 完全に、攻めっ気を失った。

 瓦解した二人のコンビネーションも最早結べない。だが。だがしかし、アイラは立ち上がった。

 立ち上がるべきではない。死を待つしかない。

 そんな状況でも、諦めずに彼女は立ち上がった。

 なにが彼女をそうさせたか。

 種族繁栄を願っての無理か。

 部下を失った指揮官の誇りか。

 主の帰りを待つ従者の健気さか。

 そのすべてを否定する。

 アイラだから、立ち続け、戦い続ける。

他の誰に理解されようとは思わない。


「喋ることすら叶わなくなった貴様にはわからんだろうな、私の気持ちが」


 震える足を何とか失跡し、立ち上がった。


「たとえ死ぬと分かっていても戦った事はないだろう?」


 動けぬものは仕方がない。動ける四肢と意思があればそれで良い。


「だから、さっさと私の前から消えて無くなれ!」


 しかし、そんなアイラを、触手が襲った――

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