第15話:決着と始まり
十夜が戦闘を開始する少し前、奇しくも結菜とリリィは十夜の予想通りの展開になっていた。
「―――ぐふっ!」
リリィの身体が吹き飛び、壁に叩きつけられる。
「おいおい。もう終わりかよ。もう少し楽しめるかと思ったんだが・・・」
リリィを吹き飛ばした男がつまらなさそうに呟く。
男は氷崎七海と同じ服・・・つまりBFを着ている。普通に考えたら勝てるはずがない。しかしその事を知らない二人は、愚かにも戦闘を開始してしまったのだ。
「はあっ!!」
まだ動けた結菜が、男に向かって蹴りを放つ。
しかし、既に満身創痍で動きも鈍く、更に相手はBFを装備している。
男は結菜の蹴りを腕でガードすると同時に、腕を力づくで払う事によって結菜を吹き飛ばす。
そして、空中で無防備になった結菜に蹴りを打ち込む。
とっさにガードするが、そんなものは男の前では紙以下の性能しか示さない。
結菜が腕でガードした瞬間、「ボキボキィ!」と音を立てて骨が砕ける音が響き渡る。
「あああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
余りの激痛に、結菜は絶叫を上げる。
吹き飛ばされ、十メートル以上転がり回ってもその痛みは当然ながら消えず、結菜はその場で痛みに耐える事しか出来ない。
無様に辺りをのたうち回りたい気分だが、そんなのはプライドの高い結菜が許さなかった。
「な・・・何者です・・か?あな・・た、は」
「ほう。まだ意識を保ち尚且つまともな会話を出来るだけの思考力があるとは驚きだ。その女あるまじきタフネスに敬意を表して自己紹介だけしてやろう」
そう言うと同時に、男は結菜の骨が砕かれた腕を踏みつける。
「ああああああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあ!!!」
再び絶叫を上げる結菜を見て、男は言いようのない圧倒的な興奮に包まれる。
思わず絶頂に至りそうになり、それを無理矢理押しとどめる。
「ああ!最高だよ!お前の様な価値のない雑魚でもその叫び声は最高だ!!」
狂ったように喚きながら男は更に力を入れた結菜の腕を踏む。
「ぁ・・・がぁ・・」
既に声が枯れ、上げる声すら出なくなっても、男は踏むことを止めなかった。
まるでこれが自分の使命と言いたげに、ひたすら結菜の腕を踏む。
その時、男は急に頭を横にずらした。
直後、さっきまで男の頭があった位置を一本のナイフが通過した。
「ああ?」
その顔を不機嫌に歪ませたまま、男は背後からナイフを投げた、神崎リリィに対して振り返った。
「てめえ、何俺のお楽しみ邪魔してんだよ」
結菜の腕から足をどけ、リリィの元へ歩いていくと、男はリリィの腹部を思いっきり蹴り上げた。
「―――――っっっ!!??」
とてつもない衝撃と、同時に耐えられない嘔吐感がリリィを襲い、そのまま胃の中身を吐きだそうとした時、
「汚いもん出そうとしてんじゃねえよ!!」
と言って、男はリリィの側頭部を蹴り飛ばす。
吹っ飛びながら嘔吐するというのは、流石に許容出来なかったリリィは根性で、嘔吐を我慢し、吹き飛び終わってから、吐きだした。
「おーおーきたねえなあ」
そんなリリィを見ながらゲラゲラ男は笑う。
そんな男をぶっ殺してやりたい衝動に駆られるが、今の自分では何も出来ないと思うと、それがリリィには悔しかった。
頭を蹴られて、既に視界すら満足に確保出来なくなったリリィは、しかし気合でその場で立ち上がる。
直後、再び腹部に男の蹴りを喰らい、そのまま十メートル以上吹き飛び転がり回る。
「・・が・・・あ・・」
先程胃の中身をぶちまけたせいか、今度は胃液しか出なかった。
“女として”というものに対して興味のなかったリリィだが、今の自分は女として色々大切なモノを失っているんだろうなぁ、と何となく思った。
どうやら痛みとダメージで、まともな思考すら出来なくなっているようだ。
最早立ち上がる気力すらない。
「んだよもう終わりかよ。綺麗な叫び声を上げない不細工なお前には要はねえ。さっさと死ね」
男は無表情にそう呟きながら、リリィの頭を全力で踏みつぶそうとした。
その時、男をとてつもない殺気が襲った。
「なっ、なんだ・・・こりゃあ・・・っ!!」
今まで感じた事もない凄まじい殺気に、男の身体からぶわっと汗が湧き出る。
しかし、男が氷崎七海と違う所は、その殺気に対して一切の恐怖を抱かなかった事だ。抱いたのは異常ともいえる狂喜と歓喜のみ。
「あは、あはあはあはあはあは、あはははははははは!!!!!」
一しきり笑った後、男は瞳を歓喜に歪ませて叫ぶ。
「最高だ!!ここまでの殺気を出す獲物は未だかつて出会った事がない!これをあのカス女に譲るなど断じて許せる事ではないっ!!」
当初、仮眠室で眠っていた男は、侵入者が侵入した時に鳴るアラームで目を覚ました。どこのバカが?と思い興味を持ち、早速殺しに行こうとした時、あの忌々しい氷崎七海が一人の男を狩りに言ったと聞き、じゃあ自分はと、目の前に転がるゴミを掃除しに来たというわけだ。
「・・・なんだよぉ、あっちが本命ってわけかぁ・・・」
ニタァと表現するにふさわしい笑みを張り付けながら、男はケラケラ笑いながら、その“本命”とやらが居る場所に向かおうとした。
しかし、その場で男は足を止めた。
「・・・どうせなら“本命”をもっと本気にさせたいなぁ・・・」
余りに興奮に口調まで変わりつつある男は、自分を全く楽しませる事の出来なかった不出来なゴミ人形共の髪を掴んだ。
「ゴミにはゴミの使い方~♪」
強者との殺し合いという名の快楽で頭が一杯で、気分も盛り上っている男は、“二体の人形”をズルズルと引きづりながら、目的の場所へ向かって歩くのだった。
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「あははは!!」
氷崎七海は、何度目になるか分からない突きを、十夜に向かって放つ。
それを一切の焦りなく躱し、ほぼ同時のタイミングで氷崎の顔目掛けて同じく突きを放つ。
「―――っち!」
それを氷崎が躱すと、十夜は即座に距離を離し、様子見に徹する。
先程からそんな事の繰り返しだった。
遊ばれているのか?と思わないでもない氷崎だが、十夜が醸し出す殺気は本物である。
(このガキに躊躇いはないと見た方が良いな)
では何故執拗にヒット&アウェイの戦法ばかり取るのか。
それに対し氷崎は、自分を倒す準備が整っていないからだと考えていた。
(恐らくあのガキは今まで自分と同等レベルの敵に出会った事がないから、慣れないんだろう。警戒していると考える事も出来る)
氷崎は、そう分析した。
それは八割がた間違っているが。
十夜は確かに、自分と同等レベルに動ける敵に出会った事が“余り”無い。しかしそれは“余り”であり、“全く”という訳ではない。
何故なら十夜の幼少からの訓練相手は常に黒瀬家直系だったからだ。
化け物を育てるなら同じ化け物に育てさせたほうが効率が良いという考えから、直系の者は、下の弟や妹を教えるが黒瀬家の風習の一つとしてある。
その為、十夜は、自分と同等の敵に出会った数こそ少ないが、同等の相手との戦闘経験なら腐るほどある。
十夜が執拗にヒット&アウェイを繰り返すのは、単に氷崎の武装系BFを警戒しているからに他ならない。
氷崎自身の武術の腕は十夜にしてみれば大した事なく、服装型BFの性能は確かに凄いが、氷崎が扱っている以上十夜にはそれ自体は警戒に値しないのだ。
しかし、それだからこそ、十夜は、目の前の敵が何か切り札の様なものを持っているのではないかと思っている。
数あるBFの中で最も厄介なのが、武装系BF・・・つまり武器タイプのBFだ。
それを隠し持っている可能性がある以上、十夜は迂闊に攻撃一辺倒になる訳にはいかないのだ。もし自分が死ねば、残りの二人も確実に助からないのだから。
しかし、いつまでもこの戦法を取る訳にもいかないのが現状である。
「あー、つまんねえ!てめえ、チマチマ攻撃してこないでこう一気にこ―――」
氷崎が言い終わる前に、十夜は、一気に距離を詰める。
氷崎の言う通り、チマチマするのは自分の性に合わない。
相手が何かを隠し持っていれば、それを使う前に潰せばいいだけの話しだ。
だからこそ、十夜は突っ込む。
―――王閃流:爆脚。
「っは!その動きは見えてるよっ!!」
氷崎はバカにしたように笑いながら、十夜の動きに合わせるように蹴りを顔目掛けて放つ。
どうやら、眼に特殊なコンタクトを装着しているようで、それがBFと連動して、動体視力を底上げしているらしい。
しかし、得てしてそういうモノは、上下な直線の動きには対応出来ても、左右の動きには対応出来ないものである。
何故なら、左右の動きを捉えるのは、動体視力ではなく、眼球運動と、身体の動きだからだ。そして、身体の動きは良くても、眼球運動はいくらBFでも底上げ出来まい。
そう考えた十夜は、蹴りが当たる直前で急激な回転運動をかけ、その遠心力と同時に爆脚を使い、一瞬で氷崎の背後に回り込むように移動する。
―――王閃流:葉隠。
「なっ―――!?」
十夜の予想通り、氷崎は十夜の“葉隠”の動きを目で追えず、完全に十夜を見失う。
背後を取った十夜は、腰を落とし、力を拳に集束する。
その動作を完了するまで、0.5秒も掛かってはいない。故に氷崎は完全に対応出来ない。
―――王閃流:破拳・壊打。
渾身の突きが、氷崎の背中を捉える。
だが、完全な直撃を貰ったと悟った瞬間も、氷崎は冷静だった。
(はっ!私が着ているのはBFだ!いかなる打撃も無意味!)
完全に威力をゼロにするわけではないが、理論上は、打撃などの衝撃を九割九分減少させてくれるのだ、このBFは。
だから問題ない。この攻撃で決まったと思っている思っている時に、こちらが一撃をお見舞いすればいい。
氷崎はそう思っていた。
自身に想像を絶する痛みが訪れるまでは。
「があああぁぁぁぁあぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁあああぁぁ!!!」
何故だ何故だ何故だ!?
そんな事を考えながら、氷崎は地面を絶叫を迸らせながらのたうち回る。
そんな氷崎を冷めた眼で見つめながら、十夜は、言った。
「あんた、俺が本当にそのBFがダメージを減少させる効果を持っている事に気付いていないと思ってたのか?」
何だと?
氷崎はそう言いたいが、激痛がそれを許してはくれない。
「気付いてたさ。そんな事は初めから。だから決め技の“破拳・壊打”に俺は更に秘技である“打ち抜き”を加えたんだ」
―――王閃流・秘技:打ち抜き。
普通、拳撃は人体の外側の破壊・・・つまり外部破壊を目的としている。しかし今回、十夜はその外部破壊が通用しないのを理解すると、人体の内部の破壊・・・つまり内部破壊を行う事にした。
内部破壊は、内臓などの体内器官の破壊を行う事だ。
そして“打ち抜き”は、それを実現する。
拳撃によって発生する破壊力を内部に押し込む技術で、これを喰らった氷崎七海の体内にある臓器という臓器は衝撃で暴れ回り、体内の骨に当たり、傷つき、ボロボロになっているだろう。
・・・本気で十夜が攻撃していれば。
「・・・俺もまだ甘いという事か」
そう呟きながら、十夜は既に痛みで気絶してしまった氷崎の身体を物色しはじめる。
別に何か下種な事をするのではない。単純にBFを探しているのだ。
「ないな・・・」
ある程度の場所は探したが、どうやらそこには無いみたいだ。
「仕方ない。残るは胸と下半身―――」
「ふざけた・・・事、言ってん・・・じゃ、ねえ・・・」
女の危機を感じたのだろうか?氷崎は十夜が少し驚く程早く目覚めた。
「お、早いな。もう目が覚めたのか」
感心したように十夜は呟いた。
「手加減した・・・クセに・・・なに、言ってやがる」
「ああ。気付いてたのか」
そう。氷崎の言う通り、十夜は、あれほどカッコつけて「例え約束をウンヌンカンヌン」言ってたくせに最終的にヘタレれて手加減してしまったのだ。
あえて言い訳するとすれば、BFの保管場所を聞き出す為と言った所であろうか。
それを氷崎に伝えると、氷崎は以外とあっさりとBFの保管場所を教えた。
「思った以上に簡単に教えたな。いいのかよ?」
「今更だ。敗者には一切の権利が存在しない」
「成る程。まあ、ありがたく探しに行かせて貰おう」
十夜はそう言って、そのまま走り出そうとしたが、そのまま直ぐに止まってしまった。
「・・・どうした?」
それを見た氷崎が訝しげな声を出す。
それには答えず、十夜は、小さな溜息を吐いた。
「全く、二連戦とは・・・。神様は俺の事が嫌いなのか?」
背後から、氷崎を遥かに超える濃密な狂気を孕んだ殺気を向けられ、十夜は振り向く。そして、その殺気を出している者が来るのを待った。
逃げる。
その選択肢もあった。
別に戦えない訳ではないが、そいつが残りの二人に危害を加える可能性を考えたら、多少面倒でもここで戦闘不能する方が良い。
そう考えた上での結論だった。
「さて、今度はどんな狂人が相手なの・・・か・・・な・・・?」
出てきた奴を見て、十夜は絶句した。
出てきたのは男だった。それだけなら良かった。
その男に髪を鷲掴みにされ、ボロボロになった結菜とリリィを見るまでは。
「・・・・・・ウソだろ?」
思わずそんな情けない声が零れるが、腕を砕かれ、光の無い瞳をぼんやりと晒している結菜や、顔半分が大きく腫れ、全身痣だらけで完全に意識が無いリリィの姿がそれが嘘ではないと語っている。
近くにいた氷崎ですら、完全に追いついていけていない。
「いやあー。やっと追いついたかぁ!探すの思った以上に苦労したんだぜぇ?」
この場にありえない程陽気な声が響く。
「よっしゃあ!じゃあ・・・殺し合おうぜ?」
男の声は、十夜には一切届いてはいなかった。




