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第13話:侵入

 リニアは現在、時速200キロで地下基地に向けて走行中だ。

 十夜はリニアの運転をしている。運転といってもほぼ自動走行なので、異変がないかチェックしているだけだが。

 そして、残りの二人はジンレンとの戦闘のダメージの回復に努めている。

 静かに走るリニアは、二人にとってかなり休まる場所なのだ。

「それにしても、何であなたはそんなに元気なんですか?」

 床に寝転びながら、結菜は無表情に女の子座りをしているリリィにジト目を送りながら尋ねた。

「・・・元気じゃない。・・・十分疲れてる」

 確かにリリィも、ジンレンとの戦闘で負傷した。

 しかし、そのダメージが余り残ってるとは結菜はどうしても思えなかった。

「・・・でも・・・」

 と、そこでリリィが結菜を見た。

「・・・もし元気なら、・・・それは十夜におぶって貰ったから」

 リリィは少しだけ頬を赤らめてそう言った。

 いつも無表情・・・と言っても今日がほぼ初対面だが・・・がデフォルトだと思っていたリリィの人間味があるその仕草に、結菜は目を見開いた。

(まさか、この人もですか・・・?)

 最早結菜は絶望せずにはいられない。

 何故皆あんな変態エロオオカミの事を好きになるのか、と。

(絶対おかしいです。何かが間違っています)

 恋などしたことのない結菜ではあるが、あの男だけはいけないと自分の本能が告げていた。

(いえ。まだ神崎さんがあの変態を好きになった確証があるわけではありません)

 そうだ。きっと勘違いに違いないと自分に言い聞かせる結菜。

(そうです!きっと初めて親しい人が出来たから勘違いしてるだけです!何だかんだでお兄ちゃん的ポジションな筈です!)

 随分と偏った決めつけだが、結菜は特に気にしない。

 ちなみにこの思考の偏りは結衣が持っている少女マンガを強制的に結衣に読まされているからだ。

「あのー神崎さん」

 結菜の呼びかけに、リリィは首を少しだけ傾げて反応を返す。

「あなたは黒瀬さんが好きなのですか?」

 結構な勇気をだして言ったその言葉を、リリィは無表情に、何も反応を返そうとしない。辺りに気まずい沈黙が流れる。

 しばらく沈黙が流れた後、リリィが小さくその口を動かして、

「・・・わからない」

 と、言った。

 わからないってなんだ、と思わない結菜でもなかったが、とりあえず目の前の無口少女からはっきりした答えを聞くのも無理な話しだと思い、これで話しを切ろうとした。

 しかし、

「・・・でも」

 と、再びリリィが喋りだした。

「・・・十夜を見てると、胸が少しだけ暖かくなる。・・・不思議」

(か、完全に恋する乙女ですっ!)

 最早疑いようもないリリィの恋心に今度こそ結菜は項垂れる。

(どうやら、黒瀬十夜にはハーレムを作り出す才能があるようですね・・・)

 結菜はそう結論を出すと、改めて十夜の気落ち悪さを認識するのだった。



@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@



 リニアが十数分走ると、そろそろ到着の時間になった。

 その瞬間、三人は一斉に表情を引き締めた。

 基地に近づいたという事も、あるが、それ以上に重要な事に気付いたのだ。

「・・・いる」

「はい。恐らく基地の兵士だと思います」

「そうだな。この先から殺気がプンプンしやがる」

 三人はほぼ同時にこの先にいる兵士の気配に気づいた。

 結菜は、未だダメージが残っていたが、既にそんな事を言っている場合ではなく、自身に気合を入れて立ち上がる。

 座っていたリリィも同様だ。

「それで?どうするんですか?」

 結菜は、十夜に、着いた後の事を尋ねる。

 先程、着いた瞬間から別行動を行うと言っていたが、兵士が待ち構えているというのでは、作戦の変更を余儀なくされると思ったからだった。

 しかし、返ってきたきた答えはそれとは違うものだった。

「いや、作戦の変更は行わない。強いて言うなら俺がリニアから出た後にお前ら二人は出ろ。という事くらいだな」

「それは――――」

 囮になるということですか?という言葉を寸での所で結菜は呑み込んだ。

 今は作戦中だ。仮にもこの作戦のリーダーは十夜だ。逆らう事は結菜には出来ない。それに、どっちにしろ、この先の兵士の包囲から逃げる為には誰かが囮になる必要がある。ならば、一番成功率の高い十夜が行くのが、最も合理的なのだ。

「・・・分かりました。気を付けて下さい」

「はは。誰に言ってんだよ」

 一切の気負いなく、不遜に笑う十夜を見て、結菜は何処か安心した。

 この人なら大丈夫だと。

 そして、とうとうリニアが到着した。

 ゆっくりと、速度を緩めていく。

 外に控えている兵士達に気負いはない。いくら敵の侵入が起こった事のない基地だとしても、訓練は毎日している。それに、直前に基地内にあるサーモグラフィーを使って調べた所、人数はたったの三人だと分かったのだ。

 しかも内二人は女である。

 兵士達には、恐怖より、その二人の女を好きにできる欲望の方が勝っていたのだ。

 しかし、それは一瞬で砕け散る。

 徐々に速度を落としていくリニア。

 そのリニアの中で、黒瀬十夜はタイミングを計っていた。

(兵士の人数は気配から判断するにジャスト二十人。武装はアサルトライフルのみ。・・・楽勝だ)

 内心で呟きながら、十夜は顔にマスクを被る。

 そして、リニアが完全に止まった瞬間、十夜は一気に外に飛び出した。

「対象が飛び出した!数は一!全員()ぇ!」

 その合図で、一斉に銃の引き金を引こうとした瞬間、目の前からターゲットが消えた。

「な―――――ぐへぇ!」

 そして、驚く暇もなく気絶させられる兵士。

(ば、ばかな・・・)

 何をされたかも分からないまま意識を失う瞬間、その兵士が見たのは、地に伏せる他の兵士達だった。

全員が気絶した事を確認した十夜は、そのまま、基地内に入っていった。どうやら当初の作戦を実行するようだ。

 その動きを、リニアに隠れてみていた結菜とリリィは、改めて十夜の異常な戦闘能力に驚愕していた。

「・・・凄すぎる」

「ええ。全くです」

 黒瀬十夜は完全に別次元の存在だった。

 パワー、技術、速度。どれをとっても結菜とリリィを凌駕している。というより、人間の領域を超えている。

 二人はそう思った。

(あれ程の強さを手に入れる為には、才能もあったのでしょうが、それ以上に地獄ような・・・いえ、それ以上の訓練を行ったに違いありません)

 そう考えた時、結菜は急に十夜の事が怖くなった。

(彼があれ程の強さを手に入れた理由とは何でしょうか?)

 今までの彼を見ている限り、親に強制させられたとか、力に憑りつかれたという訳ではなさそうだった。

 もしかしたらそういう時もあったかもしれないが、少なくとも強くなろうとした根本的な理由は、違うと、結菜はなぜか確信出来た。

(まあ、ただの勘ですけど)

 と、最後に自分に言い訳をしておく。

 そして、リリィを見て、

「神崎さん。そろそろ行きましょう」

 そう言って、リニアから出て駆け出した。



@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@



「隊長!殲滅に向かった二十人の兵士が全て無力化されました!」

 管制室で、モニターをいじっていた兵士がそう言った。

「なに?殺されたのか?」

 七海はそう確認する。

「いえ。全員気絶させられたようです」

「なに?」

 その報告に、七海は僅かに驚く。

 敵を意図的に殺さずに無力化するという事は、彼我の実力差が相当になければそんな事は不可能だ。

「兵二十人を気絶させたのは三人なのか?それとも他に隠れていた者がいたのか?」

 サーモグラフィーといえど完璧ではない。

 今の時代、その程度どうとでも出来る。

 予想以上の大人数での侵入。七海はそう考えていた。

(ちっ!サーモの情報を信じすぎたか)

 と、自分の浅はかさを反省し始めた時、さっきの兵士が、震える声で言ってきた。

「・・・い、いえ。・・・二十人の兵士を無効化したのは・・・た、たった一人です」

「なんだと!?」

 七海は驚愕し、その場で思わず立ち上がった。

 それは流石に信じれない言葉だった。

 先程も言ったが、敵を意図的に殺さずに無力化するには、彼我の実力差に相当な開きがなければならない。

 つまり、その一人は、二十人の兵士を遥かに凌駕する戦闘能力を持っているという事になるのだ。

(そんな人間がこの世界に存在するのか・・・?)

 まるでマンガやアニメの中の世界ではないか。

 七海は理解不能な出来事が起きている事に、混乱していた。

 しかし、伊達にこの若さで隊長に登りつめたわけではない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・よし」

 しばらくの逡巡のあと、七海は部下にこう言った。

「おい。そいつは今何処にいる?」

「え?A区画2-5ですが」

「分かった。そいつの居場所は適宜私に教えろ。いいな?」

 それだけ言うと、七海は部屋の出口に向かった。

 無機質な廊下を歩きながら、七海はその口元に壮絶な笑みを浮かべていた。

「あはははは!この世界にあんな化け物がいたとはな!狩りがいがあるというものだ!」

 大声で言いながら、七海は、「武器室」と書かれている部屋に入ったのだった。


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