27.最後の抵抗
最終話です!
笑顔のレイに追い込まれるアンジェリカの心に思い浮かんだのは、大きな疑問だった。
「どうして私なのよ。」
ずっと聞けずにいたことを、漸く面と向かって口にしたアンジェリカ。ここまで来ればもう怖いものなど無かった。
「アンジェに初めて会ったあの日、僕は君に恋をしたんだ。」
今も脳裏に焼きついている幼きアンジェリカの鮮烈な美しさ。それを思い浮かべたレイが柔らかく微笑む。
「あの日って…うちの裏庭で会った時のこと?」
「まさか。もっと前だよ。」
「もっと前…」
前世を思い出す前のアンジェリカの記憶を辿るが、何も思い出せない。彼女の中でレイとの初対面はあの夜の出来事であった。
なんとなく、覚えていないことが不誠実のように思えて気まずい顔をするアンジェリカ。
その様子に、レイがクスッとおかしそうに笑みをこぼした。
「覚えていなくていいよ。あれは僕の大切な思い出だから。二人の大切な思い出は、これからいくらでも作れば良い。」
甘く微笑むレイ。その瞳は優しさに満ちていて、愛おしそうにアンジェリカのことを見つめている。
「こ、これからって…私まだ結婚するなんて一言も…」
「ん?懸念事項がまだ何かあるのかい?」
恥ずかしくなって可愛げのないことを口走るアンジェリカだが、レイは子猫を宥めるかのように優しく問い掛ける。
もう建前の言い訳がなくなってしまったアンジェリカは、意を決して最も心配していることを話し始めた。
「この国の婚約期間は最低1年でしょう?だからもし、その期間に何かあったら私…」
(婚約破棄されて極刑に処される可能性が十分にある。婚約中の王太子妃なんて一番難癖つけやすいから、反王政派とかに狙われるって…)
想像して目の前が暗くなる。
こんなに逃げ回っても王太子の婚約者に舞い戻ろうとしているため、何か大きな力が働いているようにしか思えない。そうなると、自分を待ち構えるのは破滅だ。
「僕がアンジェとの婚約を解消するなんてあり得ない。絶対に。」
「でもっ…」
「そうだよね。こんな僕の言葉だけでは不安だよね。そしたらこれはどうだろうか?」
レイがジャケットの内側から黒の筒を取り出した。蓋を開けると、中からくるくると巻かれた紙が出てくる。それを丁寧に伸ばすと、アンジェリカが読めるように向きを変えて差し出した。
「は……………」
書面に目を向けたアンジェリカが停止した。口を開けっぱなしにして唖然としている。
「ね?これで婚約解消の心配はなくなったでしょう?もう1年になるからね。」
にこにこと話しながら、レイが書面に記載されていた婚約証明書の日付を指でなぞる。それは一年前の日付だった。
「『ね?』じゃないでしょうっ!!なんで勝手に婚約させられてるのよ!こんなの詐欺よ詐欺!勝手にやっていいことではないわ!」
「でもこれでアンジェの不安を解消出来たから、僕は後悔してないよ。」
アンジェリカが声を荒げても、レイが動揺する様子はない。それどころか、婚約証明書の紙を眺めながら『もういつでも結婚できるのか』とニヤけながら花を飛ばしている。
「そういう問題じゃないわよ!私が今まで逃げ回っていたのは一体何だったの…」
「僕は僕で、逃げられないよう必死だったからね。」
ヨシヨシと、脱力するアンジェリカの頭を撫でるレイ。
彼女にはもうその手を振り払う気力は残っておらず、されるがままだ。
しばらくすると、撫でる手が頭から離れていく。寂しく思ったアンジェリカが顔を上げると、青い瞳を煌めかせたレイと目が合った。どこか切なげな顔をしている。
「アンジェ、愛してる。僕のことを好きじゃなくてもいいから、嫌いじゃないなら側にいて欲しい。」
いつもは穏やかな青い瞳に熱が宿る。熱心に見つめられ、アンジェリカの頬がほんのりと色づいていく。
(王子のくせに、なんなのその控えめ過ぎるプロポーズはっ…!!)
アンジェリカはすぐ目の前にあったレイの胸板に頭を預けた。頭上から息を呑む音がしたが、聞こえなかったフリをしてそのまま体重をかける。
「好きな人じゃなきゃこんなことしないわよ。」
「……っ」
アンジェリカの本音に、レイの呼吸が止まりそうになる。
こんな日を想像してあらゆる手を尽くしてきたというのに、いざ目の前にされるともうどうして良いか分からなかった。
嬉しさで叫びたくなる心を抑えつけて、そっと優しくアンジェリカに両腕を回す。華奢な体躯を潰してしまわないよう、でも自分の愛が伝わるよう慎重にしっかりと抱きしめた。
「アンジェ、ありがとう。いくら言葉を尽くしても今この感動を君に伝えきれないことがもどかしい。僕は生涯この日を忘れないだろう。」
感極まるレイの声が震えている。アンジェリカの前で泣いてしまわないよう、必死に感情を押し殺していた。
「私だって忘れないわよ。」
「アンジェ…」
呼応するようなアンジェリカの言葉に、レイがついに涙声になる。
「この国の王子様に謀られたことをね。」
「君の記憶に刻んでもらえるなら、どんなことでも僕は光栄に思うよ。」
動揺させてやったとニヤつくアンジェリカだったが、すぐにいつもの穏やかな声が返ってきた。
「まったくもう!」
結局声を荒げるのはいつだってアンジェリカの方だ。
レイの抱きしめる力が一層強くなる。逞しくて安心できる温かさに包まれ、あっという間に気持ちが落ち着いて頬が緩むアンジェリカ。
最後の最後まで彼には敵わないアンジェリカであった。
最後までお読みいただきありがとうございました!
本編こちらで最後となりますが、また気が向いたらその後を書ければと思います。
また機会あればよろしくお願いします(´∀`)




