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戦略的な溺愛に戸惑っている悪役令嬢(自称)です  作者: いか人参


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26.勝ち目のない押し問答


目の前の高貴な身なりをした美しい男が泣きそうな顔で笑っている。今し方求婚を断られたばかりだというのに、わけが分からない。


(なんでそんなに嬉しそうなの…?)


アンジェリカは混乱の中にいた。



「ごめん、情けない顔を見せてしまった。アンジェの言葉が嬉しくてね。」


「私…貴方の想いに応えてないわよ?」


「ああ。でも、嫌いとも言われていない。」


レイが余裕の表情で微笑むが、その視線は鋭かった。



「……っ」


レイに射抜くような瞳を向けられ、アンジェリカが思わずスカートを握りしめる。彼を慕う心を見透かされたようで居心地が悪かった。



「アンジェ、君の言い訳をすべて聞こう。」


レイがにっこりと微笑む。いつもの何か企んでいる時のイタズラ顔だ。



「えっ?」


「それが全て解消されたら、改めて僕の求婚を受け入れて欲しい。」


レイの声は変わらず穏やかだったが、王族特有の抗えない圧を感じた。絶対に逃すものかという強い意志が感じられる。

彼はアンジェリカの手を握ったまま身体を彼女の方に向け、聞く姿勢を取った。


(……いや、私の懸念を全て払拭するなんて絶対無理でしょ。)


アンジェリカの頭の中にいくつもの懸念が浮かび上がる。自分が王妃になるなんて、どう頑張ってもあり得ないとそう思っていた。



「ほんとに良いの?」


「もちろん。思いつく限りどうぞ。」


チラリとレイの表情を盗み見るが、彼の余裕の表情は変わらずだ。


(ああもうっ。こうなったら全部ぶちまけてやる!)


余裕綽綽の態度に、アンジェリカから遠慮が消え去った。レイのことを負かしてやろうという気持ちが勝る。



「私に王妃が務まるわけがないわ。病弱の引きこもりで社交界にも出てない。そんな奴誰も認めないわよ。」


「務まるよ。君は誰よりも努力をして来たのだから。王妃教育だって、あんなに一生懸命こなしたじゃないか。」


「は?王妃教育って何の話よ。」


身に覚えのない話に、アンジェリカが困惑顔をしている。この場を凌ぐための嘘にしては雑過ぎる。



「僕から王妃教育の課題を出していただろう?通常は最低3年要するところを君は1年足らずでやり切ったんだ。これは誰もが認めるに値する偉業だよ。」


レイが目を細めて感嘆した口振りで絶賛する。



「はぁ!?あれが王妃教育だったってこと?本人の承諾なしに何勝手にやらせてるのよっ。」


「そんなことより、これで君の不安は解消されたかな?」


「そんなことじゃないでしょう…この男はっ。だから外交マナーまで…」


レイのしれっとした態度に、アンジェリカの口から本音が漏れる。恨み節が止まらないが、彼は愉快そうに微笑んでいる。



「次の言い訳は?」


「…っ。社交界の支持率はどうするのよ!王妃たるもの人気がなければ、派閥をまとめられなくて軋轢を生むわ。一度も社交界に出たことのないわたしが支持を集められるわけがないでしょう!」


「それも安心して欲しい。既に手は打ってあるから。」


「手を打つって…そんな簡単に出来るわけないじゃない。」


「フォード侯爵家に後ろ盾になってもらう。」


「それってミルフェルの…」


「そう。王家に並んで長く続く中立派の貴族だからね、社交界での影響は絶大だ。ミルフェル嬢からもアンジェの評判を聞いていたみたいでね、侯爵も快く引き受けてくれたよ。」


待ってましたとばかりに淀みなくつらつらと話すレイだが、アンジェリカは色々と衝撃がありすぎて頭がパンクしかけていた。



「ねぇもしかして、そのためにわざと私の隣の席にしたの?」


ハッとして顔を上げたアンジェリカが疑いの目を向ける。



「ん?あぁ、君と僕が同じクラスになったのは偶然じゃないよ。ずっと好きな子と一緒に授業を受けたかったんだ。本当に幸福な時間だった。」


「そんなことは誰も聞いてないわよ…」


至極幸せそうな顔で話すレイ。

すっかりレイのペースに乗せられてしまい、アンジェリカの調子が狂う。



「他には?」


絶好調のレイがニコニコしながら煽ってくる。



「……王妃として振る舞うなんて私には無理よ。いくら知識と支持率があったって、いきなり出来るわけないじゃない。」


「君の不安は何度だって僕が拭う。誰にも害されないよう全力で守る。それでもストレスが溜まった時は、友人とお茶をして気分転換をしたらいい。」


「王妃の立場でそんな自由なことは許されないわ。」


「では、友人に立場を与えて側に置けばいい。」


「それってもしかして…」 


レイの考えに気付いたアンジェリカの顔が青ざめる。



「アンジェリカの侍女頭はミルフェル嬢に内定している。これは本人の強い要望だ。僕は役職の空きを示しただけで、何も強制はしていないからね。」


「貴方、ミルフェルまで囲い込んでいたの…」


「その言い方は心外だな。彼女をたらし込んだのはアンジェだ。何度僕が妬いたことか…」


レイが拗ねているが、アンジェリカの耳には入ってこない。色々と情報量が多過ぎて、脳の処理が追い付かないのだ。



「さて、そろそろ言い訳は無くなったかな?」


言い返してこないアンジェリカに、レイが勝者の微笑みを見せた。



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