25.王子様のお迎え
アンジェリカとミミが不毛な会話を繰り広げているところにレイがやって来た。
「僕のお姫様、迎えに来たよ。」
そう言いながら部屋の中に入って来たレイは、普段よりも凛々しい笑顔を見せた。
彼は白のズボンに金で縁取られた白のベストを着ており、その上からエポーレット付きの裏地が青色のマントを羽織っている。その厳かな装いは紛れもなく、王族の正装であった。
いつも下ろしている前髪も横に流してセットしており、宝石のような碧眼が一層印象的に見える。
どこからどう見ても正真正銘の王子様にしか見えないレイを見て、アンジェリカが微妙な表情を返した。
「お姫様って…貴方が言うとシャレにならないわね。」
「僕はいつだって本気だからね。」
アンジェリカの軽口に動じることなく微笑んで、レイが手の甲に口付けを落とした。
「……っ!!」
咄嗟に引っ込めようとしたが、逃げられないようレイの大きな手に握りしめられてしまった。
「ちょっとっ…!いきなり何するのよっ!」
「ごめん。アンジェリカが可愛くてつい…我慢出来なかった。」
レイがアンジェリカの姿を上から下までまじまじと見つめて、愛おしそうに頬を緩める。それを恥ずかしがった彼女が顔を赤くすると、破顔した。
「そのドレス良く似合っている。」
レイがうっとりと目を細める。
ミミに当てがわれたアンジェリカのドレスは、存在感の強い真紅の髪毛と調和するよう光沢のあるパールホワイトの生地で作られており、裾には金糸で緻密な刺繍が施されていた。
「それで、人にこんな格好させてどこに連れて行くつもりよ?」
レイの熱い視線に耐え切れずアンジェリカが尖った口調で問うが、頬の赤みはまだ引いていない。それがまた愛おしくて、つい揶揄いたくなるレイだったが、ぐっと緩む口元を抑えた。ここで嫌われてしまっては大事な話が出来ない。
「本当はお忍びで、景色の良い場所や雰囲気の良い場所に連れて行くべきなんだろうけど、僕はありのままの姿で君と話がしたかったんだ。」
レイの青の瞳に強固な意志が宿る。揺るがぬ決意に満ちていた。
(これってやっぱり本気なやつ…だよね?)
彼の言葉でアンジェリカが悟る。
人の機微に気付けないほど鈍感ではなかった。
「せっかくだから、王宮の居住エリアにある中庭に行こうか。」
身構えたアンジェリカの空気を目ざとく察知し、レイが穏やかに微笑んで手を差し伸べる。
この状況で断るわけにもいかず、おずおずと手を取った。
その様子が猫のように可愛くてまたニヤけそうになるが、堪えたレイが涼しい顔でエスコートする。
なんだかんだ言いながら仲良く出て行った二人のことを、ミミは小さく手を振りながら見送っていた。
アンジェリカの部屋は比較的入り口に近い場所に位置していたが、案内された庭園は王宮上階の最奥にあった。
鎧を着て剣を持った兵士たちの前を恐る恐る通りながらようやくたどり着く。
物々しい空気の漂っていた廊下から一歩外に出ると、雲ひとつない青空が広がっていた。噴水を囲むように円形に花壇が並んでおり、色とりどりの花が咲き誇っている。
穏やかな風に乗って花の香りが鼻を掠め、日の暖かさと共に麗らかな春を感じた。
「綺麗…」
目の前の絶景に息を呑むアンジェリカ。
リーランド公爵家の庭園もそれなりの規模だったが、このバルコニーを拡張したような作りになっている空中庭園は別格だった。
手入れされている花々が美しいのはもちろんのこと、噴水の中央に立つ像や随所に置かれたベンチの装飾が精妙で、美術館のような非現実的な美で溢れている。
見惚れるアンジェリカにレイが笑みをこぼす。ゆったりとした歩調で庭園を一周すると、噴水の見えるベンチに誘導した。
ここからだと一枚画のように計算し尽くされた景色を楽しむことが出来る。
「アンジェ、愛してる。」
ベンチに座って目の前の景色を楽しむ彼女の右手を握りしめながら、真剣な表情のレイが唐突に告げた。
ー トクンッ
真摯な声音に、アンジェリカの心臓が跳ねる。
緊張と恥ずかしさと怖さで彼の方を見ることが出来ない。正面に目を向けたまま固まっている。
「どうか僕と結婚して欲しい。」
普段は耳心地の良い彼の声音に、僅かに焦りが混じる。真っ直ぐに向けられた彼の言葉は怖くなるほどに切実だった。
(こんなの…王子様となんて、婚約破棄の王道じゃん。レイはそんな不誠実なことしないって思うけど、シナリオの矯正力は分からない。何より、仕組まれたストーリーのせいでレイのことを嫌いになんてなりたくない。)
どうしてもアンジェリカの頭に物語の存在がチラつく。レイのことを大切だと思うからこそ、これ以上踏み込みたく無かった。
「…………私には無理よ。」
アンジェリカが振り絞った声で言う。
(レイ、ごめん…)
それが彼女にとって精一杯の拒絶の言葉だった。罪悪感でキリキリと胸が痛む。
「良かった。」
アンジェリカの言葉を聞いたレイはなぜか、今にも泣き出しそうな顔で笑っていた。




