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戦略的な溺愛に戸惑っている悪役令嬢(自称)です  作者: いか人参


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22.レイの正体


日が沈み、すっかり暗くなった街中を馬車で移動していく。外の景色は分厚いカーテンに阻まれ、今どこを走っているかは分からない。


最上位車種のこの馬車は振動が少なく、車輪の音も座席に響かない。

明かりの灯った静かな車内で、アンジェリカとレイの二人は向かい合って座っている。



窓枠に肘を置いたレイは穏やかな笑みを真正面に向けているが、アンジェリカには落ち着いていられる余裕などなかった。


(ドナドナされてる気分なんだけど…まさかこのまま冤罪で捕まったりしないよね…?)


外が見えず行き先が不確かなため、アンジェリカの頭に良くないイメージばかりが浮かぶ。そのせいで、言いようのない不安に押し潰されそうになっていた。



「ねぇ…貴方の家に連れて行かれた後、私はどうなるの?」


知りたい気持ちと知りたくない気持ちがせめぎ合う中、意を決して恐る恐る尋ねた。上目遣いでレイの反応を窺う。



「そんなの決まってるだろう?」


レイが物凄く真面目な顔でアンジェリカのことを見返す。その透き通った瞳には、何の迷いも見られなかった。


(この感じ…やっぱり悪い話なんじゃ…)


にこりともせずにじっとこちらを見てくるレイ。顔色を悪くしたアンジェリカの頭の中に、最悪の想定が駆け巡る。



「君は僕に口説かれる。そのための同居だよ。」


「は…?今なんて…??」


突飛な話過ぎてアンジェリカの理解が追いつかない。目の前の男が何を言わんとしているのか全く分からなかった。


(クドカレル…くどかれる…口説かれる!??ちょ、ちょちょちょっと待って!!な、なな、なに言ってんのっ!!)


しばらくの間意味が分からずポカンとしていたアンジェリカだったが、言葉の意味を理解した途端、カッと熱が込み上げてきた。分かりやすいことに、耳まで赤くなっている。



「まずは異性として意識を…って、それはしてもらえているかな。自惚れではないよね?」


顔を赤くして動揺するアンジェリカを見て、いたずら顔をしたレイが口角を上げる。


(この〜〜〜〜〜っ!!!)


内心腹を立てるが、意識してしまったのは事実のため口には出せない。代わりに唇を尖らせてレイのことを軽く睨み付ける。



「可愛い。」

「〜〜〜〜〜〜〜っ!!」


アンジェリカの睨みを甘い顔で受け止めるレイ。喜び溢れる青の瞳は潤んでいて艶かしく、彼女の心を激しく揺さぶってくる。


(なんか急にキャラ変わってるんだけど!!!)


一々甘さと色気を出してくるレイに、アンジェリカが悲鳴を上げる。



「これからは容赦なく口説くから。早めに堕ちた方が身のためだと思うよ?」


長い足を組んで顎に手を添え、クスッと笑みをこぼすレイ。

普段見せない強気な態度がやけに様になっていて、また新たな一面でアンジェリカの動揺を誘ってくる。


(こんなのなんて言い返せは良いんだよっ!!)


完全にお手上げ状態のアンジェリカ。

顔の熱が引かず、激しい動悸のせいで上手く頭が回らない。

軽口を返したかったのに、いっぱいいっぱいになってしまって何も言えなかった。悔しさと恥ずかしさで勝手に瞼に涙が溜まってくる。



「ごめん、アンジェ。少し虐め過ぎたね。瞬きすら可愛くてつい調子に乗ってしまった。」


アンジェリカの限界に気付いたレイが意地悪な態度をやめ、普段の紳士的な雰囲気の彼に戻った。打って変わって、穏やかな笑みを向けてくる。



「…………ちょっと酷かったわよ。」


「あ、ちょっとだけなんだ?」


アンジェリカの拗ねた声に、レイがすかさず揚げ足を取ろうとする。また意地悪顔に戻っていた。



「ち、違うわ!たくさん、たくさんよ!」


「そうか。そんなにアンジェの心を掻き乱したなんて…今夜は気持ちが昂って眠れないかも。」


「な、なななな、なんて!!?」


「ふふふっ…冗談だよ。」


「〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!」


何を言っても、結局は彼の手のひらの上だったアンジェリカ。

レイの揶揄いのせいで、全身変な汗が止まらない。馬車に乗っているだけだというのに、疲労感が凄まじかった。


項垂れるアンジェリカの頭に、ぽんっと優しい体温が乗せられた。



「もうすぐ着くよ。着いたら今日は部屋でゆっくりするといい。夕飯も部屋に運ばせるから。何かあれば使用人に伝えて。今後のことはまた明日ゆっくり話そう。」


アンジェリカを労わるように、レイが優しい手つきで彼女の頭を撫でる。彼の瞳には愛おしさが溢れていた。



「もうっ…誰のせいだと思って…」

「到着したね。」


アンジェリカの恨めしい声を無視してレイが告げる。それと同時に外側から馬車のドアが開かれた。


(うわっ眩しいっ…)


もう外は夜だというのに、ドアの向こうにはいくつもの街灯が一列に並んでいて明るかった。しばらく目を細めていると、ようやく慣れてきて視界がはっきりとしてくる。



「ちょっと待ってよ…ここって…嘘でしょ…」


アンジェリカが目を見開く。

目の前に見えたのはカーライル公爵家の邸ではなかった。


歴史を感じさせる荘厳な石造りの建物に聳え立つ複数の塔、正門に続く石畳の道の両脇に並んだ無数の街灯、玄関前に配置されている帯剣した衛兵の一団。


この規模はどこからどう見ても、個人の所有するレベルのものではない。



「僕の本名は、レイシス・オリエント。僕はこの国の王子だから、この王宮が僕の家ってことになるかな。そして、君も今日からここに住むんだよ。」


レイはアンジェリカにエスコートの手を差し出しながら、涼しい顔でさらりと言ってのけた。


(はあああああああぁぁぁぁ!!!?????)


無論、アンジェリカはさらりと受け入れられるはずもなく、言葉も発せられないまま盛大にパニックに陥っていた。



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