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戦略的な溺愛に戸惑っている悪役令嬢(自称)です  作者: いか人参


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19.それでも私は



放課後、アンジェリカは手早く荷物をしまうといつものように隣のミルフェルに声を掛けた。今日は用事があるから先に帰ると前もって伝えていたのだ。



「じゃあ、また明日ね。」


「今日は本当にありがとうございます。長期休暇にはぜひ侯爵家の領地に遊びに来て下さいませ。精一杯おもてなしをさせて頂きますわ。」


「ありがとう。楽しみにしてるわ。」


アンジェリカは笑顔で嘘をついた。


(ミルフェル、ほんとごめん。)


心の中で両手を合わせる。彼女に疑いがかからないようにするため、ほんの僅かでも悟らせるわけにはいかなかった。


レイにも最後の挨拶をしようと後ろを振り返ったが、すでにその姿はなかった。今日は珍しく丸一日学園にいたため予定が立て込んでしまったのかもしれない。


(変に後ろ髪を引かれるより良いかも。)


アンジェリカは気持ちを切り替え、馬車に向かうことにした。




「アンジェ」


公爵家の馬車の前でレイが待っていた。アンジェリカに気付くと、片手を上げ笑顔で手を振ってくる。


(なんでレイがここに…!?)


アンジェリカの体温が一気に下がる。手袋を嵌めている指先が冷たい。

まだ何も言われていないというのに、後ろめたい気持ちで勝手に心が苦しくなってきた。



「レイがこんな所にいるなんて珍しいわね。家の仕事は大丈夫なの?早く帰った方が良いんじゃない?今日だって一日中学園にいて…」


「僕じゃ頼りないかな?」


気取られる前に早口で捲し立てたアンジェリカに、レイは酷く悲しそうな笑みを見せた。いつもの微笑みはなく、普段は煌めく青の瞳も暗く沈んでいる。


(そんな目で見ないでっ…)


アンジェリカは込み上げる動揺を仕舞い込み、表情を取り繕う。早くこの場から逃げたくて必死の彼女は自然と早口になった。



「え?いつだって頼りにしてるわよ。課題で分からないことがあったら、また席まで行くから教えてよね。それじゃあ、また明日。」


「待って。」


「!!」


レイを置いて馬車に乗り込もうとしたが、一歩踏み込んだ彼に手首を掴まれてしまった。決して痛くはないのに、彼の手には抗えない力強さがあった。



「…何するのよ。」


「僕の目を見て。」


視線を晒そうとしたアンジェリカの頬に手を当てる。



「……っ」


顔の向きを固定され、じっと覗き込んでくる青の瞳から逃げられなくなってしまった。こんな時にまで呑気に赤くなりそうな自分の頬に腹が立つ。



「もう一度聞くよ。僕では君の助けになれないかな?君の望みを教えて欲しい。何があっても絶対に裏切らないと約束するから。」


アンジェリカと視線を合わせながら、いつになく真剣な声音で、一言一句言い聞かせるようにゆっくりと発話したレイ。その姿には並々ならぬ覚悟が感じられた。


(今そんなことを言われたってっ………)


アンジェリカは空いていた方の手で、頬に触れていたレイの手を引き剥がした。離れていく温もりに、ほんの僅かに心が疼く。



「もちろん、何かあったら一番に相談させてもらうわ。貴方は私の…大切な友人だもの。」


少しだけ言葉に詰まってしまった。

アンジェリカは心に出来たささくれを無視してレイに背を向ける。



「ああ。僕も、君の窮地には必ず僕が側にいると誓おう。」


後ろでレイが微笑んだ気配がしたが、アンジェリカは振り返ることなく馬車へと乗り込んでしまった。その窓はカーテンに閉ざされている。


カーテンを閉めたまま走り去る馬車を、レイは無言で見送った。



「それで次は、自らの手で彼女を窮地に追い込むということですね。」


気配を消して控えていたウィルヘルムが、音もなくレイの隣に姿を現した。なんとも誇らしげな表情をしている。



「……」


「無言は是と受け取りますよ?」


呆れてものが言えないレイに、怖いもの知らずのウィルヘルムがニコニコと煽ってくる。物静かな印象とは真逆に、強靭な精神の持ち主らしい。



「絶対に今日何かが起きる。彼女の護衛を増やせ。」


「これ以上増やすと不審がられますよ?何より、後からバレた時に粘着質な性格だと思われて確実に嫌われます。」


「…数はそのままでいいから、全員手練れに代えろ。」


「ご随意に。」


ウィルヘルムがわざとらしく最敬礼の姿勢を取ってこうべを垂れた。



「それと、お前は現場に出るなよ。」


レイはウィルヘルムに視線を向けることなく、前を向いたまま短く指示した。周囲に人の気配は無いが、一応人目を気にしているらしい。



「私が指揮官なのに、ですか?何故そのような横暴を…」


腕を組んで大仰な素振りで考え込むウィルヘルム。そしてこれまた大袈裟な動作で口元に手を当て、ハッとした顔を見せた。



「まさかこの私の顔が恐ろしく整っているせいですか?王子殿下と真逆の色彩を待つ美貌の右腕として有名なウィルヘルムを側に置きたくないと…それでは仕方ありませんね。」


「そこまでは言っていない。」


「ウィッグで髪色を変えて参戦しましょう。」


「おい」


最初から大人しく待っているつもりなどなかったウィルヘルム。レイに嗜められても、クスクスとおかしそうに笑みをこぼしている。


楽しいことが大好きな彼は、主人のことを揶揄いたいだけであった。



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