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戦略的な溺愛に戸惑っている悪役令嬢(自称)です  作者: いか人参


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18.宝物


一悶着ありながらも無事に迎えた昼休み、アンジェリカ達はレイが予約してくれた個室席にいた。

アンジェリカとレイが横に並び、彼女の正面の席にミルフェルが座っている。


レイは当初の宣言通り、テーブルに頬杖をついて思い切り身体を横に向けていた。ひたすらに甘やかな視線をアンジェリカに向け続けている。

そしてミルフェルは、真正面からアンジェリカに敬愛と羨望の眼差しを向けていた。



「とてつもなく話しにくいのだけど…」

「「どうぞお構いなく」」


引き気味のアンジェリカに対して、レイとミルフェルの二人は息ぴったりに返して来た。彼女を愛でたいという想いはどちらも同じであるらしい。


(まぁいっか。こんなのも今日で最後だし。)


アンジェリカは居心地の悪さを受け入れ、最後となる友人達との食事を楽しむことにした。


これまで3人で話すことはなく新鮮だったが、同じクラスの物同士、話題に困ることはなかった。授業のことや課題のことなど、とりとめもない会話を楽しむ。



「そういえば、アンジェリカ様は食欲がお戻りになったのですね。私も嬉しいですわ。」


ミルフェルがアンジェリカの健啖ぶりを見て、アイスブルーの瞳を細めて喜んでいる。自分のことのように嬉しそうだ。


レイと個室で食事をしている時のクセで、つい普通に一人前のコース料理を平らげてしまっていたアンジェリカ。

目の前の何も乗っていない綺麗な皿を見て唖然とする。


(あ゛ぁ!最後の最後でやらかした…今まで我慢して生野菜かじってたのが全部台無しじゃない!)


ミルフェルの前では少食のフリを徹底していたため、己の凡ミスに歯軋りをする。そのショックのせいで、咄嗟の言い訳が思い付かなかった。



「アンジェは今体力回復のために、食を増やすように指導されているからね。だからこの食事も訓練のうちなんだ。」


レイがすかさずフォローのための嘘を並べる。その視線は真横にいるアンジェリカに向いたままだ。褒めてとばかりににこにこと微笑んでいる。



「そ、そうなのよ。少しずつ慣らすようにってお医者様に言われてるのよ。」


不本意ながらも全力でレイの嘘に乗っかった。背に腹は変えられず、今更こんな所でボロを出すわけにはいかなかった。



「どうしてカーライル様がそのような個人的なことまでご存知でいらっしゃるのですか?」


(え゛)


これまで聞いたことのない低い声でレイに詰め寄るミルフェル。敵意が剥き出しだ。身分が上の彼相手に隠す気も遠慮する気もないらしい。



「大切な相手なら、そのくらい把握しておくべきだと思わないのかい?」


「その仰り方はまるで、私がアンジェリカ様のことを気にしていないかのようですわ。撤回してくださいませ。」


「ん?僕はただ一般論として君の意見を聞いただけなのだけど。」


笑顔で応酬するレイとミルフェルの二人。

互いに穏やかな声音なのに、肌がひりつくほどバチバチ感が凄まじい。このままではテーブルまで焦げついてしまいそうだ。


堪らずアンジェリカが割り込んだ。



「私、これを二人に渡したかったのよ。」


そう言ってテーブルの上に置いたのは、二枚のハンカチだった。


1枚はブルーの生地に金色で刺繍の入っている物で、もう1枚は光沢のある白地に淡い空色で刺繍されている物だ。

それぞれレイとミルフェルを連想させる色使いであった。



「これはまさか…アンジェリカ様のお手製の刺繍ですか?」


両手でハンカチを受け取ったミルフェルが震える声で尋ねる。その瞳には喜びの涙が浮かんでおり、今にも決壊しそうであった。



「そうよ。あまり得意じゃないから、下の名前だけだけど…いつもお世話になっている御礼よ。」


アンジェリカが軽い口調で伝えるが、感極まったミルフェルは泣き出してしまった。ポケットから自分のハンカチを取り出して目元を覆う。



「感無量ですわ。毎日こんなに近くで過ごさせてもらっているのに、アンジェリカ様のお手製だなんてっ…」


涙声のミルフェルが言葉に詰まる。胸がいっぱいで上手く言葉に出来ないようだ。ぎゅっと大切そうにハンカチを両手で抱きしめている。



「大袈裟よ。下手な刺繍だし。」


謙遜するアンジェリカだが、あまりにも隣に座るレイが静かで、チラリと横目で見る。すると彼も目元を赤くしていた。深刻な表情で手元のハンカチを凝視している。


(このハンカチに口付けしたい…)


レイは真剣な顔の裏で、理性を総動員して良からぬ衝動と戦っていた。



「レイ…?」


そんなことだとは微塵も思わずに、ただ異様な空気感にギョッとしてアンジェリカが彼の名を呼ぶ。



「とても嬉しいよ、アンジェ。このハンカチは間違いなく僕の人生で一番の宝物だ。」


アンジェリカに呼ばれて我に返ったレイが優しい眼差しで微笑んだ。

彼の纏う柔らかな空気はアンジェリカを包み込み、そっと彼女の体温を上げる。


いつもは焦って呼吸が落ち着かなくなるのだが、今はこの温かさがとても心地良かった。


(そっか…私、好きだったのかも。)


これはもう二度と訪れない日常なんだと思った瞬間、アンジェリカの中でひとつの確信が生まれた。それでも、彼女に公爵令嬢の人生を続けるという選択肢は無かった。


彼女はたった今認識したその淡い感情にそっと蓋をし、宝物の思い出として心の奥底に留めたのだった。



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