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戦略的な溺愛に戸惑っている悪役令嬢(自称)です  作者: いか人参


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12.忖度のいらない友人



(フンッ…あんなんで黙るなら最初からやるなっての!ちょっとは言い返してみなさいって。そんな生半可なことをしてるから、余計に腹立つんだよ。)


「……あ、あの」


(だいたい、嫌味の一つも返せないなんて、人に意地悪する資格もないわ。悪役なら悪役らしく…)


「あのっ」 


(……いや待って。だからやっぱりこの物語の悪役はアンジェリカだってこと?さっきも思い切り嫌味を吐き捨てたしな…普通に性格悪いやつじゃん。うわ凹む…)



「アンジェリカ様っ」


「………………はい?」 


隣から必死な声で名前を呼ばれ、ひとり反省会をしていたアンジェリカがようやく気が付いた。



「わ、わたしっ…私は…み、みみ、みるふぇっ…」


「貴女、ミルフェル・フォード侯爵令嬢でしょう?」


「ど、どど、どうして私なんかの名前を…」


名前を呼ばれたミルフェルが焦りで赤くなる顔を両手で覆い隠して、ふるふると顔を左右に振りながら慌てふためく。

自分よりも身分の高いアンジェリカに認識してもらえていたことに恐縮しきっていた。


ふわふわとしたプラチナブロンドの髪をハーフアップにした彼女は色白で身体の線が細く、儚げなアイスブルーの瞳が作り物の人形のように精巧で美しかった。


そんな庇護欲そそる美少女という見た目と、ただの会話で狼狽える彼女のギャップが凄まじい。



「初日に名前と席順を見たから、そりゃ覚えてるわよ。」


「さ、さすがでこざいますわ。」


なんて事はないと冷静に答えたアンジェリカに、ミルフェルが胸の前で白く細い指を組み合わせ、潤んだ瞳で羨望の眼差しを向ける。



「それより、何か言いたいことがあったんじゃなくて?私のせいで貴女の私物を濡らしてしまったかしら?」


「そ、そそそ、そんな!滅相もこざいませんわ。そうではなくて…私はその、謝りたかったのです。」


ミルフェルの言葉が勢いを失っていく。最後は蚊の鳴くような声であまり聞き取れなかった。



「あの者達がアンジェリカ様の私物に何かしようとしているのに気が付いておりました…それなのに私は、止めることも誰かに相談することも出来ませんでしたの。本当に、本当に、申し訳ありません…」


席に座ったまま身体の正面をアンジェリカに向け、ミルフェルが震えながらも真摯に頭を下げた。この震えは恐怖によるものではなく、激しい自責の念によるものだ。

その姿勢に彼女の実直な性格が滲み出ていた。



「あら、それならミルフェルに感謝しないとね。」


「ど、どうしてですの…?」


アンジェリカが親しみを込めてにっこり微笑むと、ミルフェルが色素の薄い瞳を丸くして驚いた。カールしたまつ毛が天井を向く。



「早く真正面から言い返したかったのよ。こんなに目立ってるのに、顰蹙の一つも買ってないなんておかしいじゃない。まぁどうせ誰かさんが裏で処理していたのでしょうけど。」


(え…)


少し後ろで、声を掛けるタイミングをはかっていたレイが心の中で驚愕の声を漏らす。

思い当たることがあるのか、アンジェリカの話を聞かなかったことにして大人しく自席へと戻っていった。



「そ、そそ、それでもっ…私はアンジェリカ様に償いをしないといけないですわ。ご迷惑をお掛けしたのですから…」


ミルフェルが精一杯の力強い声で言う。


(まったく…気が強いんだか弱いんだか…)


見るからに気が弱いくせに引く気のない彼女に、アンジェリカがどうしたものかと頭を悩ませる。そして、ふと自分の侍女に言われたことを思い出す。



「忖度のない友人、か…」


「えっ?」


唐突な独り言にミルフェルが首を傾げるが、アンジェリカは構わずにっこりと微笑みかけた。



「じゃあ、私と友達になってくれないかしら?」


「ア、アア、アンジェリカ様のお友達にだなんて、そんなことっ…恐れ多いですわ!」


限界まで目を見開いたミルフェルが両手で小さな口を覆い、叫びそうになるのを抑えた。またカタカタと小さく震え出してしまった。



「見返してやりたい人がいるって下心はあるけど、ミルフェルと友達になりたいと思ったのは本当よ。放課後にお茶を楽しめたら嬉しいわ。実はちょっと憧れてるの。」


ふふっと楽しげに笑ったアンジェリカ。

前世の学生時代を思い出して、懐かしい気持ちになる。


凛とした彼女が見せた自然で柔らかな笑みに、ミルフェルは胸を撃ち抜かれた。


(なんて可愛らしいお方なのっ……)


組んだ手をぎゅっと握りしめて息を呑む。喜びに満ちた瞳でアンジェリカのことを見上げた。



「はい!こんな私で良ければ、お茶でもお買い物でも何でもお供させて頂きますわっ」  


「お供って…家来じゃないんだから。お互いに楽しめる時間を過ごしましょう。まずは放課後のお茶からね。」


「楽しみですわ!」


ミルフェルの全身から喜びが滲み出る。

嬉しさを爆発させた彼女の笑顔は溌剌とし、色素の薄い頬が薔薇色に染まる。彼女の放つ愛らしさが倍になっていた。


視線を合わせて微笑み合う二人は、強気な美女と可愛らしい美少女という対照的な見た目にも関わらず、とても仲が良さそうに見えた。



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