Fever / 熱
ライアンと一緒に、ウィスタントンを離れる人達を見送ったその夜、リンは久しぶりに熱を出した。
気づいたのはライアンだ。夕食の席で、いつもなら旺盛な食欲を見せるリンの皿が一向に減らない。フォークでつついてはいるが、口元まで上がらないのだ。
「リン、食が進まぬようだが、どこか具合が悪いのでは?」
「のどが痛くて、飲み込みにくいんです」
「そうでございますね。少々お顔の色も……」
ライアンの言葉に、後ろにいたアマンドがリンを覗き込み、そっと頬に触る。
「お熱があるようでございますわ」
「シュトレン、館から侍医を呼んでくれ」
眉間にシワを寄せたライアンに、すぐに休むよう言われ、アマンドに手伝ってもらいベッドに潜り込んだ。
館からシュゼットの侍医が到着した時には、リンの熱は急に上がっており、喉から胸、耳や頬が熱かった。こめかみで脈を感じるぐらい、ズンズンと響く頭も痛い。
やってきた女医に脈をとられ、口を開けて見せ、少しの質問をされる。荒く、熱い息を吐くリンに、アマンドも水やタオルを用意しながら、心配気に眉をひそめている。
ライアンが用意したという、小さめの『冷し石』がゴロゴロ詰まった袋を、アマンドが頭の上と、首の下に入れてくれた。はぁ、と息がこぼれる程気持ちがいい。
「どうであった?」
手を洗って、階下に下りた女医にライアンが尋ねる。
「喉がだいぶ腫れておりましたので、それでお熱が少々高いようです。昼間から喉の不調を感じていたそうですから、お風邪ではないかと思いますが。サラマンダーの熱が籠ったためでは、ないと思いますよ」
「そうか。力を使っていたようには見えなかった」
自分が力の使い過ぎによる体調不良を経験したばかりで、ライアンは到着した女医にその懸念も伝えていた。
精霊術による不調の場合は、病とは対処を変えなければならない。サラマンダーはコントロールが難しい分、不調になることが最も多い。対処用の薬草もあるが、今回は必要なさそうだった。
「お薬は薬事ギルドへ行かずとも、こちらでなんとかなりそうですね。喉の痛みに、スプルースとプロポリのシロップと、熱には、今ならよくすりつぶした『冷し菜』が効きますから、今夜はそちらを。今以上に熱が上がるようでしたら、解熱薬にしましょう」
「シロップの材料はあるが、『冷し菜』はここに置いておらぬ」
「では、館に戻ってからお届けしましょう。また明日の朝、様子を見に参りますわ」
「私がお送りして、『冷し菜』を受け取ってまいります」
シュトレンの言葉にライアンは頷き、女医に礼を伝えた。
「頼む。遅くにすまなかった。礼を言う」
リンがふう、ふうと息を吐いていると、アマンドが飲み薬を持って現れた。
「リン様、ライアン様がご用意された、喉のお薬ですよ。お風邪のようですが、きっとお疲れがでたのでございましょう。連日お忙しかったですから」
「大市が終わって、気が緩んだのかもしれません」
アマンドに起こしてもらって、シロップを口に含んだ。
「うっ」
ゴクリと飲み込んだ一瞬の後、リンはバタリとベッドに倒れて、口を押さえ、右に左にと、のたうつ。リンの目にジワリと涙が浮かんだ。
毒を飲んだかのような反応にも、アマンドは冷静にリンを見下ろしている。
「アマンド……」
熱のせいで鼻も利いてないのか、口に含むまでわからなかった。ものすごい味と臭いだ。
酸味と苦さが口の中を支配している。シロップ状のため、喉に絡まっているのも最悪で、そこから臭いが上がってくる。鼻が利かなくても臭いがわかり、喉でも味を感じそうだ。
「甘いヴァルスミア・シロップを加えたのですけれど、やはりひどい味ですわよね」
アマンドが申し訳なさそうに言う。
「酷いというか、殺人的です……」
「シュゼット様もお嫌いな、スプルースのシロップなのですよ。とても良く効きますが」
「これが、あの」
リンは身体が弱く、この薬を飲まなければならないシュゼットに、心底同情した。そして経験して、初めてその辛さと、どうしてあそこまで嫌がっていたかを思い知った。
「あと、ふた口、こちらを召し上がらないといけませんよ」
申し訳なさそうな顔をしながらも、容赦のないアマンドにシロップを飲まされた。
その後に用意された、解熱のための『冷し菜のすりつぶし』も、緑臭さと、えぐみが酷い。リンはのたうち回って体力を使い、一気に眠りへと落ちていった。
二日ばかりの苦行をこなせば、熱も下がり、三日目には起き上がれるようになった。ブルダルーの作った、クレソンのスープを飲めば、バターの風味がわかるようになった。
ライアンが、身体に負担がなければ見舞いをと言い、リンは寝室の隣の居間へ入った。
「リン、女医がもう大丈夫だというのだが、具合はどうだ?」
「もう、熱もないようですし、のども痛みません。……あ、薬をありがとうございました。すっごい味で、毒かと思いましたけど」
「スプルースのあの酸味が効くのだ」
どこかで聞いたようなことをライアンは言う。
「シュゼットの気持ちがよくわかりましたよ。今日から、のどには、レモンとヴァルスミア・シロップで平気です」
シュゼットと同じように薬を敬遠するリンに、ライアンは苦笑する。それでも、だいぶ顔色が良くなったリンに、ほっとしていた。数日シッポを下げていたシロも、今日は機嫌よく、起き上がったリンの足に懐いている。
「あと、『冷し石』、熱にとっても有効でしたよ。冷しタオルと違って、長く冷たいままなんです。お医者様にもそう伝えました。あれを病気で試したのは、私が初めてじゃないでしょうか」
すっかり、いつものリンらしさが戻っていた。
うーん……。後でこの部分消すかもしれないです。ちょっとまだ迷っていて。





