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休憩:つまみと酒 後の酔っ払い四人

 リンの風呂発言を受けて、ライアン、タブレット、オグ、ラグナルの四名は、そっと無言で一階奥の執務室を目指した。手前にある応接セットに腰を下ろし、テーブルに酒の瓶や、つまみを並べなおす。ここなら水音も聞こえまい。


「ライアン、いつもリンはあのように無防備か。お前も大変だな」


 タブレットがニヤニヤとした笑みを貼りつけている。ライアンはタブレットを横目でジロリとにらんだ。


「風呂好きとは前から聞いていたが、夜に入るんだな」

「身体を清潔にしてから眠るのが習慣だそうだ。リンの国の民は、清潔好き、風呂好きらしいぞ」

「シロと一緒に入るんですねえ」

「シロも風呂好きだ。さすがに一緒には入っておらぬようだが、最初に洗ってやるらしい」

「ライアン、まずシロを追い出さないと、一緒の風呂には入れそうもないな」

「タブレット、うるさい」


 なぜ、ここでリンの風呂話になっているのだろうか。ライアンは顔をしかめた。


「そうだよなあ。リンはお前の髪も(サワ)れるんだぞ?がんばって捕まえねえと、他に候補がいねえだろうが」

「オグ、余計な世話だ。其方こそ、人の事を言っている場合じゃないだろう?」


 タブレットは成人前、オグとライアンと三人で、こっそりと公衆浴場へ行ったことを思い出した。


「相変わらず、誰もお前に()れられないのではないか?今宵もバチバチとやっていただろう?」

「あれはサラマンダーがあの令嬢を嫌ったからだ。シュトレンは触れるぞ?問題ない」


 でてきたのが侍従の名前であったところに、ライアンを除く三人は、なんとも言えない顔をした。

 オグが執務室のキャビネットから出てきた強い蒸留酒を、タブレットとライアンのリモンチェッロのグラスに注ぐ。


「公爵館に滞在して思いましたけど、皆様、リンを受け入れていますよね。公爵夫妻からも、シュゼットからも、リンの話を聞きましたよ?」


 ラグナルは、リモンチェッロ・サンライズという、リンの作った即席カクテルを飲みながら、思い出すように言った。

 受け入れるどころか、公爵からして、ライアンの嫁になるのではと期待している様子だった。待ち構えていると言ってもいい。


「それなら問題がないではないか。元々、ここの公爵は、愛があれば身分はさほど気にされまい?躊躇う必要もないではないか」


 公爵は上位貴族でありながら、身分におおらかな大変珍しいタイプだ。

 王都にいるような、身分や地位、その影響力に囚われた貴族達と違い、北の領地では領主から民までの距離が近かった。上から下まで力を合わせないと、厳しい冬が越せないからだ。

 ここにいる四人も、オグの勘当があってから、身分がどれほど不確かで、その者の本質に関係ないかを知っている。タブレットにしても、常から商人と行動を共にすることも躊躇わない。

 そういう意味では、ライアン達はよくあるタイプの貴族とは全く違っていた。


「リンが賢者見習いとして登録されれば、身分は関係ねえだろう?お前のうるさい見合い話も減るじゃねえか」

「身分が必要なら、ラミントン侯爵家の養女としてもいいですよ?……養父の私の方が年下ですが」

「それなら、我がタヒーナ家の養女でもかまわんぞ?リンも養家として遊びに来やすくなるではないか」


 ラグナルとタブレットは、よっぽどリンを気に入っているらしい。もちろん領や国の益になるとも思っているのだ。もし本当にリンと婚姻を結べば、この者達が養父という事になってしまうではないか。

 ライアンは苦い顔をした。


「王都のやり様を考えると、精霊術師として登録するのは、できる限り避けたいのだ。それにリンは、きっと身分は要らぬと言って逃げるぞ。……娶る時には、身分など関係なく娶る」

「おお!ライアン、言い切ったな!さあ、飲め、飲め」


 タブレットは上機嫌で、ライアンのカップに酒をドバドバと注ぐ。

 そして胸のあたりをポンと叩き、問題発言をした。


「ま、リンは()()()()()この辺が足りないが、その分、お前が育てる楽しみもあるだろう」

「どこを見ているのだ」

「男ならまず見るだろう?」


 ライアンは不機嫌だ。


「あれでも、リンの国では標準だというぞ?」


 オグがそれに答える。


「兄上……。なぜ兄上が、リンと、その、大きさの話をするのでしょう」

「馬鹿、ちげえよ。出会った初日に、なんだ、俺も発育不良だと思ったんだよ。それにリンがそう言ったんだ。ライアンもその場にいたよな?」


 オグはかわいい弟に胡乱な目で見られ、慌ててライアンに同意を求めた。


「あの、育てられるものでしょうか」

「お、ラグナルの婚約者も育てないとならないのか?」


 タブレットはやけに嬉しそうだ。がしっと、なぜか隣のライアンに腕を回し、肩を組む。


「いえ、私はそのままでかまわないのですが、まあ、育つなら、育てても……」

「私は二人ほど育てたぞ。自分で育てたものは、より愛しく思うぞ。今度また教えてやるが、一緒に公衆浴場にでも行くか?ん?」

「おい、タブレット。お前、長だろう?成人前と違うのに、大丈夫なのか?それにお前は目立つだろう」

「ライアンと同じで、お前もカチカチだなあ、オグ。ロクムの情報収集に付き合ったんだよ。アイツ、目立つように、私をわざと餌にしたんだぞ?」

「ロクムも一緒か……」

「アイツはああいう場所でも、情報に集中して、シレっとしているぞ?私は、まあ、スパイスを使った商品の視察という目的があるからな、問題はない。あの石鹸はいい商品であった。リンに礼を言いたいぐらいだ」


 ライアンはため息をついた。ラブシリーズの石鹸の礼ばかり言われても、リンも困るだろう。

 オグはなんだか考え込んでいる。


「なあ、タブレット。その、胸を育てるのは、他に方法があるのか?」

「なんでだ?」

「いや、冬からハンターの間で噂になっているのだ。その、エクレールの胸が変わったと」

「ああ、その原因は私が知っている」


 ライアンの言葉に皆が目を剥いた。オグなどは唖然として、口も開いている。


「なんだと?!」

「ライアン、まさか其方が育てたのか?」

「違う。リンだ」

「……リンが育てたのか?」


 ますます訳がわからない。

 とりあえず、皆が開いた口を酒で湿らせた。


「直接ではないがな。レーチェと考案した、新しい下着の効果だと思うぞ」

「胸を育てる下着ですか……」

「育てるというより、綺麗に形が整うらしいぞ」

「ライアン、お前詳しいな。リンのを見たのか?」


 三人とも興味があるらしく、ずいっと前に身を乗り出している。


「違う。軽くて、着け心地がいいから、ソレを『精霊のブラ』と、名付けても不敬じゃないか聞かれたのだ。その場で却下したが。その時に説明を聞いたのだ」

「風呂といい、胸の大きさといい、下着といい、それをライアンに聞くとは、リンは無防備というか、容赦ないな。ライアン、お前本当に大変だな」


 タブレットがますますライアンに同情し、またライアンのカップに酒を注ぐ。


「それをエクレールが着けているというのか?」

「ああ、最初のテストモデルだったらしいぞ」

「オグ、良かったな。誰かに揉まれたわけじゃないらしいぞ。……私もその下着に興味があるが、作ってはもらえるのだろうか」

「私もです」


 タブレットもラグナルも興味があるらしい。胸を育てるのも需要があるらしい、とライアンは酔いかけの頭で思った。


「レーチェを呼び出して聞くとよい。館の者に言えば手配されるだろう」


 後日、タブレットとラグナルは、そのブラが、風のように軽いからという理由で「シルフィーのブラ」という、少しだけもじった名前が付いているのを知った。


 男四人で、男らしい話をしているところに、風呂で洗ってもらったシロが、わずかに開いていたドアを鼻でこじ開け、入ってきた。

 ラベンダーの香りがふんわりと場に漂う。


「おお、シロも来たのか?お前も男だもんな」


 タブレットは自分と同じ目の色のシロを気に入って、側に呼び寄せている。


「お前、良い香りがするな?これがラベンダーか」

「ああ、サントレナからもらったラベンダーだな。今、この領でも育つか試しているが」

「そういやあ、大市限定とかで、天幕に石鹸が並んでいたな」

「これもまた、女性が好みそうな香りですねえ」


 リンは女性の一番人気になると言っていたが、この場での評判もだいぶ良いようである。

 ライアンは、ふと思い出した。


「シナモンと同じぐらい、ラベンダーは男性に対しての性的な魅惑効果が高いと、リンが言っていたな」


 オグが強い酒にむせて、手で口元を拭う。


「ごふっ。ケホッ、お前、そんなこともリンと話すのかよ」

「最初はためらっていたが、商品開発で必要なら、リンは話すぞ」

「そういえばそうでしたね……」


 タブレットもラグナルも、ミディ貝やガーリックでの試食の時を思い出していた。

 今ごろ、リンもこの香りの風呂につかっているのだろうか。


「そろそろ私たちも失礼するか」

 

 男四人の酒盛りはそこで終わった。


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