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Cause of a disease / 病の原因

 リンは二日連続、寝不足でぼーっとする頭を抱えて起き上がった。


 一昨日は、ロクムにお茶を卸すにあたり、伝えるべき事を考えていたら、興奮して眠れなくなった。初めてのお茶販売だったのだ。

 その嬉しさが、昨日現れた失礼な令嬢にかき消されてしまった。

 嫌な気分というものは、なぜ良い思い出よりも繰り返し蘇ってくるのだろう。


 昨夜はムッとした顔のまま、リンは出来上がってきた確認用の磁器を使いはじめ、すぐに没頭した。

 ほとんど問題はなかった。それどころが、細長い茶托が花びらの形を模してあったり、女性的で繊細なデザインになっていた。

 蓋椀(ガイワン)、というより蓋杯(ガイベイ)といっていいぐらい、小さめに作ってもらった蓋つきの茶碗だけは、見慣れぬ器なので、リンの絵を元にして作るのは難しかったらしい。改善して欲しいところをメモに取りながら、香りの立ち方を確認していった。

 ライアンが夜に少しだけ立ち寄り、あの令嬢の父親に、ウィスタントンからの厳重抗議がなされたと伝えてくれた。タブレットからも苦情の申し立てが入っているはずだという。

 ライアンはそのまま白磁のティーポットに浮かび上がる、リンの花の出来映えだけを確認して戻っていった。


 

 アマンドと共に家からでると、大石の前に痩せた中年の男がひとり、跪いているのが見えた。聖域参拝者かもしれない。男が腰をあげ、腹を押さえてふらつくのが見えた。


「大丈夫でございますか」


 アマンドもそれに気づいて声をかけ、二人で近づき、男が大石にもたれるように手伝った。男は腹をさすりながら、眉をひそめている。

 塔の騎士も様子を見に、近づいてきた。


「ええ。すみません。父と慕っている者の体調が良くなく、どうも憂慮が過ぎているようで」


 顔を見ると、ここ数日、よく大石の前で姿を見かけた男だった。

 毎日でも加護を願いたい気分なのだろう。


「それはどれほど心配しても、足りることはないですよ」


 リンは父が突然入院した時の、心配や怯え、息のつまるような不安を思い出していた。

 

「せめて聖域を参拝して、御加護をと思い、ここまでやってきたのですが」

 

 そういって、男は革袋から薬らしきものを取り出した。


「私が水を汲んでまいりますわ」


 アマンドは男の腰に下がる木のカップを借りて、共同水場へと向かった。


「助かります。水の石を持っていないものですから」

「ヴァルスミアでは、森の水が一番ですよ」

「やはり森の特別な御加護があるんでしょうね。私の父にも飲ませてやりたいものだが」


 男はふうとため息をついた。


「父は特に火の気が強く、それが病の原因で。水の気が強い、食や薬を取るように言われているんですよ。治る可能性があるのなら、なんでもしようと思っています」


 男は口を引き締め、思い定めたような表情で、じっと前を見つめた。

 火が強いのが、病気の原因とは、この世界独自の病の考え方なのだろうか。

 アマンドが水を汲んで戻ってきた。


「ありがとうございます」


 男は薬を飲み、立ち上がると、側で見ていた騎士に丁寧に頭を下げ、街の方へと歩きはじめた。

 リン達も同じ方向で、連れ立つようにして歩く。

 キョロキョロと周囲に目を配っていた男が言った。


「せめてヴァルスミアの土産をと思って、探しているのですが、水の気の強いものをご存知ですか?」


 水分が多いといったら、スイカやキュウリか、としかリンには思い浮かばない。だが、男の探す物とは、激しく違いそうな気がする。後でライアンに聞いてみようと思った。

 リンには全くわからずに、アマンドを見た。


「……そうでございますね。この地は古い土地で、薬草でも、他にはない大変珍しいものがあるようでございますよ。薬事ギルドへ行けば、お身体にぴったりの薬があるかもしれません」

「そうですね。のぞいてみましょう。そうだ。ハンター達が、水ならば森の恵みである、命の水が最高だと教えてくれたのだが」


 リンはハンターがそこまで蒸留酒に期待しているのかと呆れ、そして男に少し申し訳なく思った。

 大市でのシロップや砂糖の販売状況をみてから、酒は造ると聞いている。ミードはすぐできるだろうが、蒸留酒の出来上がりは、だいぶ先だろう。

 それに病人に酒の土産はどうだろう。


「アレはまだできていないと思いますし、できても希少で、王侯貴族ぐらいしか手に入らないと思うんです。今日と明日なら、大市でもっといいお土産が見つかると思いますよ」

「そうですか。まだできていないんですね。……ありがとうございました。それでは私はこれで」


 男は会釈をして、天幕の間を抜けて去って行った。


「お身体の悪い方がいらっしゃるのは、さぞご心配でしょうねえ」


 アマンドとそれを見送り、マーケットプレイスに近づくと、『スパイスの国』の天幕の前に、ちょうどロクムがでていた。

 ロクムは何かに気を取られ、考えこむようにしている。


「おはようございます」

「リン様、おはようございます。これから天幕ですか?」

「ええ」

「私もご一緒しましょう」


 ロクムと共にウィスタントンの天幕までくると、ロクムは至急で、とライアンを呼び出した。

 やってきたライアンに、何かを耳打ちすると、ライアンはマジマジとロクムの顔を見て、急に雰囲気が険しくなった。

 シムネルを使いに走らせ、護衛に付いていた騎士にフログナルドを呼ぶように伝えた。


「リン、私が戻るまでこの天幕からでないように」

「今日はラミントンに、磁器の話をしに行くんですけど」

「それも私が戻ってからだ。必要ならば、細工師がこちらにくるように手配せよ。とにかくでてはならぬ。アマンド頼む」

「かしこまりました」


 ライアンがそれだけ言い置き、ロクムを連れ慌ただしく天幕を出て行くのを、リンはキョトンとして見送った。


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