Tea sales and a woman with a thorn / お茶の販売と棘のある女性
遅くなりました。
書けば書くほど、難しく感じます。
興奮で始まった大市の空気は、最後の週末を前にいっそう高揚した。
売り手は少し値段を下げてでも、荷を軽くして帰路に就きたい。客もそこを狙って、買い逃したものがないかと再訪する。
領や国で出している天幕は、ほとんどの商談が終わっている時期だが、個人客は増えるし、やっぱりもう少し増量したい、といった商談が飛び込むこともある。
ライアンはその飛び入り商談のために商業ギルドへ向かった。この春、蜜蜂の捕獲が例年より少なかったと領から知らせの届いた領地が、慌ててシロップを希望してきたのだ。
商業ギルドには、精霊道具の返却・買い取り窓口、両替商、輸送手配などの特別窓口が設置され、人の出入りが激しくなっている。
「クナーファでは商会の特別船を仕立てるのです。船に少し余裕があるので、商会もギルド内に受付を置いて、希望する国や領への配送も承っているのですよ」
そういってロクムは茶を飲んだ。
館で試食会をした日から、タブレットとロクムは時間を見つけると、ウィスタントンの天幕に来ては、リンのレシピを書き取っていた。ロクムとウィスタントンの文官が聞き書きをしているのだ。
リンにしても、クナーファ商会にカカオやコーヒー豆を見つけて欲しいが、名前だけで見つかるとは思わないし、あやふやながらも説明が必要だった。
タブレットは単にリンのお茶を好み、ふらりとやって来ては一杯を所望する。
今も足元にシロを侍らせ、長椅子の背に腕をかけ、ゆったりと座ってお茶を飲んでいる。大変美しく、絵になる姿だ。
衝立を少し動かし、人目を避けるようにできるのも落ち着くらしく、タブレット様御用達、簡易喫茶処となっている。座っているだけで視線の集まる方々は、大変である。
今日、ロクムはリンのお茶を買いに来ていた。
リンがこちらに来て以来、初めての、薬草茶ではないお茶の販売である。
どうしても譲って欲しいという、やり手商人の毎日の口説きに陥落したのだ。
結局、ジャスミン白茶と、試食会で出したネパール紅茶 Dhankuta HRHT
‘’Autumn Mist ‘’を卸すことになった。
今後は手に入らないことも伝えたし、だからこそ自分の手元に置きたい気持ちもあったが、おいしく飲めるうちに飲んでもらおうと決めたのだ。ダンクータも試食の時には、前よりも香りが立ちはじめており、これからが美味しいだろう。
「私の白茶は十分に乾燥をして、品質が安定して長く保つようにしてあるのですが、それでもジャスミン白茶は早めにお願いしますね」
「晩餐会のムースで他領の方にも人気でしたので、心配ないでしょう。……乾燥した方がいいのですか?」
「嫌な言い方をすると、お茶は量り売りですから、水分が多いと重く、少ない茶葉で利益がでます。あと、水分量で味や香りがでやすくなる事もあって、生産者は売り易いですよ。でも水分が多い分だけ、保ちも悪くて、買った方に最後まで楽しんでもらえないこともありますから」
それから保管方法、適した水に温度、お茶の入れ方、感じられる風味を、できる限り細かく伝えていった。なるべく良い状態で、飲んでもらえるといいと願いながら。
「このお茶をお譲りいただけないのは残念です」
そういって、ロクムは自分のカップを上げた。
今日のお茶は、広東省の烏龍茶 鳳凰単欉 通天香 である。一本の野生の茶樹から採れる茶葉のみで作られたお茶で、リンが今日出したのは、とっておき、樹齢数百年の木から採れた茶である。年間生産量は二キロないはずだ。
粘られたが、絶対にダメだ。
「たとえ金貨でもお譲りしません。香りが変わって、これから数年、ますます美味しくなるんですから」
「南の果実によく似た風味があるのだが。マンゴーか?」
タブレットも気にいったようだ。
黄桃、マンゴー、パッションフルーツ、ライチ、金柑、それにユリの花のといった香りが、口の中で、わっと広がって、刻々と変わっていく。余韻が素晴らしいお茶だ。
「ええ。このお茶が持つ香りなんですよ。秋の大市には、もっと香りを楽しめる様に準備しておきますね。ラミントンに特別な形の磁器を注文してあって、秋には完成しているはずです。このお茶はそれの方が楽しめます」
卸価格も販売価格も、残念ながらリンにはつけようがなかった。物価が違うどころか、世界が違うので、適正価格の判断ができないのだ。どちらにしても王族と上位貴族しか手に入らない限定茶である。価格はロクムにお任せにして、利益から何割かをもらうことになった。ロクムの笑顔の様子だと、恐らく大変高額で扱われるのだろう。牛何頭分だろうか。
契約は先ほどライアンが確認して済ませてあり、ロクムは先に、部下にお茶の袋を持たせて出て行った。
「あら、貴女のような方が、ここで何をしているのかしら?」
ロクムを見送って、後ろの商談スペースに戻ろうとすると、背後から若い女性の声が聞こえた。
リンは自分のことだとは思わず、そのまま奥へ向かう。
「お待ちなさい!私が声をかけているのよ!」
そのトゲのある声にリンが驚き振り返ると、まだ若くみえる貴族女性がリンを見下ろしていた。
後ろには侍女と、ウィスタントンの黒の隊服と群青のマントをはおった騎士を従えている。
その肌は白く、頬は興奮のせいかほんのりと赤い。目鼻立ちがハッキリとした女性で、金に近い栗色の髪はふわふわと、頬にいく筋か掛かっている。
ほとんどの人は彼女を美人と思うだろうが、今は台無しだ。口がキュッと結ばれ、鋭く睨むようにリンを見ている。
纏っている深紅のドレスは、場違いな程豪華な礼装である。
なんだかわからないが、これほど不機嫌な貴族に対応するのは初めてである。
これ以上怒らせたくないので、ゆっくりと礼をとった。
「お嬢様、大変失礼をいたしました。何かお求めでございますか?」
「あら、私は王都から来ているのよ?こちらのような田舎に、求めるものがあるわけないでしょう?」
いきなりの険のある物言いに、天幕の内も外もざわりとした。
当然だろう。心でそう思っていたとしても、その「田舎」の天幕に来て言うべきことではないだろう。
リンもカチンと来て、背筋を伸ばして、まっすぐに女を見据えた。
「……それではご用件を承りますが」
「まあ、貴女にできるかしら?私の事もご存知ないのでしょう?だいたいなぜ、貴女のような方がここにいらっしゃるの?」
眉を顰め、いかにも不快な物を見るというような表情を女はしている。
「私のような、とは?」
「あら、お分かりにならないのね?貴女、ライアン様のお情けをいただいているのでしょう?」
「は?」
「ライアン様の愛妾が、こんな小娘だとは思わなかったけれど、どのように近づいたのかしら。貴女のような異国の者をこの国に入れてあげているのよ?大人しくしていればいいのに、このような公の場所にまで図々しくでしゃばるなんて、身の程を知りなさい」
自分よりかなり年下に見える者から、小娘と言われた事もショックだが、ライアンの愛妾だと思われていることに、あっけにとられた。
「見なさい」
その女の目は勝ち誇っており、左手をすっとリンの前に出した。
青と赤の加護石が、中指と薬指にはまっている。
「貴女にはこの価値もわからないでしょうね。私、女性ではただ一人、二つ加護がありますのよ?この加護石も、私のためにとライアン様が作ってくださいましたの。このドレスも、私に似合うと褒めてくださいましたのよ?今は、その黒髪をもの珍しく思われているかもしれないけれど、ライアン様に相応しいのはこの私――――――」
すっと衝立が動き、タブレットが顔を見せた。
「パネトーネ侯の令嬢だな?クレマといったか。リンはこの私との商談中である。用がなければ、解放してもらいたい。それにこのような公の場所で、人を貶めるような物言いは、淑女としていかがであろう」
クレマは慌てて、腰を落として正式な礼をとった。顔色はさっと青くなり、その後に赤くなってと忙しい。
「タ、タヒーナ様。た、大変失礼をいたしました。御前を失礼いたします」
さっと身をひるがえし、速足で逃げるように去っていった。
息を詰めていた天幕内の皆が、ほうと息を吐きだした。
「リン、あまりの物言いに、つい聞いてしまった。すぐに助けることができずに、すまぬ」
「いえ、驚いたのは私も一緒でしたから。助けてくださって、ありがとうございます。……なんだか、わかりやすい人でしたけれど、強烈でしたね」
リンが周りを見回して言うと、口々に憤慨を表に出す。
「あのご令嬢の噂は聞いておりましたが、あそこまで激しいとは」
「ええ、本当に。美しい薔薇には棘があるといいますが、見事に棘だらけでございましたね」
「同じトゲでも薔薇ではなくて、『石鹸の木』ぐらいイガイガですよね!」
リンが森にある木を持ち出すと、皆が一斉に吹き出した。
『石鹸の木』は泡をぶくぶくと出して洗える、マメのような実がなる。枝や幹には指よりも長い、硬く鋭いトゲが、枝分かれして出ており、見るからに攻撃力のある木なのだ。
会話を思い返すと、リンは徐々に腹立ちが強く、治まらなくなってきた。
もっと言い返してやりたかったが、聞くだけだったのが、悔しくてたまらない。
口からひどい罵りが飛び出しそうで、リンは裏の準備スペースに入り、頭を在庫が置いてあるテーブルの、テーブルクロスの下につっこんだ。
あの小娘にサラマンダーをけしかけてやりたい。精霊に困らされればいいんだ。だいたいライアンがドレスをほめたりするからいけないんだ。
リンは口を押さえているが、頭の中にはぐるぐると、そんな文句が湧き起こる。
物言わぬは腹ふくるるわざなりとは、誰が言ったのだったか。正しくその通りだとリンは思った。
ライアンが天幕に入ると、全員がまずいものを飲んだような、微妙な顔をしていた。
「どうしたのだ」
「パネトーネ侯の娘が襲来してな。リンが標的となった」
タブレットの言葉に、ライアンがさっと顔を変えた。
「リンは?」
「裏だ。頭だけ隠して、南の大陸にいる大鳥のような姿になっている」
ライアンが裏をのぞくと、確かに頭だけテーブルの下に突っ込み、後は全部見えている、リンのなんとも言えない姿があった。
「リン。大丈夫か」
背後から聞こえるライアンの声に、リンは頭を抜くと、眉をひそめ、口を尖らせてライアンを見上げた。
「クレマが来たのであろう?」
「すっごく失礼で不愉快な人でした。何を言ったかは皆から聞いてください。思い出すだけで腹が立つのです!」
「ああ、そうだな」
ライアンは後で『聞き耳』を使うつもりである。
「私のこと、小娘って言ったんですよ!私の方が年上なのにっ!」
ライアンは、それはしょうがないと言うような顔をしている。それがまた癪に障る。
「それに、ウィスタントンのことを、田舎って言ったんですよ!」
「そんな事を言ったのか。ここに来て?」
信じられないようなクレマの発言に、ライアンは呆れるしかない。
「『この加護石も、ライアン様が作ってくださいましたの』なんて言ってましたよ!私のだってそうです!」
「クレマのは、私ではなく、時期的にアルドラだな」
「もう!そんなのどうでもいいんです。だいたい、ライアン、あの人のドレスを似合うって褒めたんでしょう?なんであんな人を褒めるんですか!」
「紳士の礼儀なのだろう?」
「嫌な人を無理して褒めなくてもいいんです!だいたい淑女の礼儀がない人に、紳士の礼儀は必要ないでしょう?」
確かにその通りである。
二人の言い合いは、天幕の皆に丸聞こえで、口元を緩めている者もいる。
愛妾と言われたことより、年下と思われたことや、ライアンがドレスを褒めたことを、まず怒っているようだ。
タブレットはもう、口と腹を押さえて、肩を震わせている。
「わかった。次から気をつける。他にはないか?」
リンはぶんむくれの見本のような顔をしている。
「……あの人、私をライアンの愛妾だと言いました。もう悔しくって。サラマンダーが火花をバチバチってやって、上からオンディーヌが水をバシャってかけて、あの髪の毛がぐちゃぐちゃになればいいと思ってましたよ!命令を我慢するの、大変だったんですから!」
「叶うといいな。……リン、ここを出て、ラミントンの天幕へ行こう。ラグナルが、仮製作の磁器を取りに来てくれと言っていただろう?使ってみて、変更箇所を伝えるのではなかったか?」
ライアンがリンの気を変えるように言い、背中をそっと押しながら外に出る。
リンの精霊への願いが叶うことは、疑いようもなかった。
メモ:
トゲトゲの『石鹸の木』は、サイカチの木をイメージしています。
一つ前の話の、リンが思い出せなかった山菜の名前はウドです。(後書きにつけ足しました)





