Unpleasant offer / 不愉快な提案
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遅くなりました。遅くなった理由は後書きにて。
今日の夜にもう一つアップします。
大市も終盤に入ってから、ライアンは連日、どこの領地と昼餐だ、あちらの代表と晩餐だと館に呼ばれていた。夕方から多くの代表が一堂に会する大晩餐会が開催となるが、前回はサボったのだから、今宵は出席せよとの領主の言葉に、どこで抜け出すか算段をしつつ、まだグレートホールにいた。
「賢者殿、久しぶりにお顔を拝見したが、大変ご活躍のようですな。弟からも聞いておりますぞ」
その男に声をかけられ、ライアンは眉間にわずかにシワを寄せていた。
目の前にいる、両手を広げた恰幅の良い男は、来領したパネトーネ侯爵だ。精霊術師ギルドのギルド長 クロスタータの兄である。
ちょうど晩餐の余興時間に入っており、この時間に席を立ち、挨拶に回る者もいる。いつもは文官まかせで、大市に顔など出さない領主の来訪とは、いったいどうした訳だと警戒を強める。
「王都へは滅多に向かいませんので、なかなかお会いできませず」
「聖域の仕事にお忙しいのでしょう。そこに最新の精霊道具を開発までされるのですから、大変ですな。……おお、そうだ。実は、昨年デビューした娘を連れてきたのです。女性には珍しく、二つ加護がございましてな。娘も賢者殿にお会い出来るのを楽しみにしておりまして。さ、クレマ、こちらに来なさい」
「パネトーネの娘、クレマでございます。ライアン様にお目にかかれて大変光栄です」
金に近い栗色の髪をゆったりと結い上げた、深紅のドレス姿の娘が前にでて、膝を折った。堂々とした美しい礼である。髪の結い方も、ドレスの形も王都の最新のものだが、ライアンには全くわからない。
「クレマは精霊術師の学校に通っておる時から、それはもう賢者殿に憧れておりまして。一人娘ですし、社交が重要ですからな、術師の仕事はさせてないのだが、力が強いと先生方の評価もたいへん高かったのですよ」
パネトーネは誇らしげにクレマを見ていった。クレマも得意げな表情をしている。
ライアンは娘の左手の指に隣り合わせに付けられた、二つの加護石の指輪をみた。火と水の加護だ。クレマの側を見ても、オンディーヌはそっぽを向いて、自分の髪をいじっているし、サラマンダーは姿すら見えない。
「そうですか。力がおありなのに、術師の仕事をされないとは残念ですね」
加護が無駄だろうと率直に言うのは、儀礼上、さすがに控えた。
「ええ。精霊道具を作るようなお仕事でしたら、私でなくとも、他の下位の術師でも十分できますでしょう?でも、ライアン様、私ライアン様の元ででしたら、術師のお仕事をしても良いと思っておりますのよ。この力をライアン様のために使えたらと、願っておりますの」
「おお、それはいい。賢者殿が我が領へ滞在されるのが、一番落ち着かれるだろうが、賢者殿の元へでしたら、喜んで我が娘を出しましょうぞ。良いお手伝いとなるでしょう。クレマはオンディーヌのように美しいと、賛美者も多いのですよ。それでも賢者殿を慕っておるようでしてなあ」
パネトーネはライアンに近づくと、笑みを浮かべて、こそりといった。
「どうでしょうな、クレマは黒髪ではないですが、なかなかのものでしょう。二人の子ならきっと力の強い子が産まれるのではないですかな。なに、異国の娘はさすがに第二夫人には無理だが、そんなに気にいっているなら、愛妾にすればいいのですよ。クレマにも聞き分けさせますので」
ライアンの眉間に、完全にシワが寄った。
「その必要はないでしょう。わざわざお越しいただかなくても、ウィスタントンに術師は間に合っておりますので」
ライアンは言い置いて、さっと背を向ける。パネトーネは慌てて言い募る。
「お待ちを!なんなら黒髪のウィッグを付けさせても良いのですぞ」
ライアンは見る者が凍りそうな眼差しで、パネトーネを振り返った。
「黒髪も足りておりますれば」
「ライアン様、あの、どうかお待ちになって」
クレマが立ち去るライアンの背に手を伸ばすと、触れる前にその指先で小さな火花が散った。
「キャッ」
ホールにいるジャグラーの持つ松明の炎が、突然ゴウと大きくなり、壁の照明用の松明も燃え盛る。
「ああ、失礼。サラマンダーの機嫌が悪いようです。これ以上被害がでないうちに、私は退席しましょう。それでは、パネトーネ侯、クレマ嬢、精霊の加護と共に良い夜を。ああ、それからそのドレス、大変お似合いですよ。失礼」
それ以上声をかける隙も与えず、ライアンは立ち去った。
そのまま領主である父の元へ行き、退出を伝える。
「パネトーネ侯か。何を言われた」
「黒髪ではないが、娘はどうかと。リンは愛妾でいいだろうと」
「あやつは変わらぬな。私の時は、ギモーブが産まれた後でさえ、妹を第二夫人にと勧められ続けたのだぞ。カリソン以外は娶らぬと申しておったのに、鬱陶しいことだった」
ブツブツとこぼす領主に一礼をして、ライアンはグレートホールを後にした。
背後から、声が追いかける。
「ライアン」
タブレットとラグナルもホールから滑り出てきた。
「私達も抜ける。もう挨拶もほとんど済んでいるからな」
「ええ、私も。公にはまだ喪中ですから」
「私の部屋で、飲みなおすか?」
ラグナルがこそっと言う。
「兄上に会うことになっているんです」
「それで久しぶりに幼馴染と酒でも飲むかと、私もついて来たのだ」
「では、館ではまずいな」
ライアンがリンにシルフを飛ばすと、『つまみがあります。お好きな酒を持ってきてください』という、なんとも都合のいい返事が戻ってきた。
「兄上」
「なんだ、ライアンとタブレットも抜けちまったのか?いいのかよ」
館を出ると、暗がりからオグが顔をだした。
「ああ、もう挨拶は終わりだ」
「かまわぬ。サラマンダーが暴れるのでな」
「ああ?何があった」
無言のライアンに代わって、タブレットが説明する。
「どうやら結婚相手にと、娘を紹介されていたようだ。パネトーネ領の侯爵であろう?」
「パネトーネっていやあ、ライアンが士官学院の時に、まだ八つだかの娘と婚約を迫っていただろう。しつこいなあ」
「娘は黒髪ではないが、二つ加護だから、力の強い子が生まれると申していたぞ」
ライアンはまだ怒りが収まらず、声に冷気を漂わせている。
「種馬扱いをしたのか。俗物め」
「黒髪って、リンのことがバレているってことか?」
「領主の弟は、精霊術師ギルドのギルド長だ。リンのことも耳にしているだろう。愛妾にしておけば良いと言っていた」
皆で顔をしかめる。
「パネトーネ侯の令嬢は少々有名なのですよ。グラッセと同学年で、王都にいた時期が重なったのです。相手は精霊術学校で、グラッセは高等学舎でしたが、高慢で、下位貴族を見下すひどい態度だったようです。それがあまりに顕著で、侯爵令嬢とはいえ、どこの領地も彼女との婚約に及び腰で」
「それでライアンを狙うとは、身の程を知らぬ。高望みがすぎるのではないか?」
「まさにそのとおりですね。自分は身分も美しさも釣り合うし、二つ加護があるのだからと自慢しておられたようです。ライアンの相手にと周囲から言われ、その気になったのでしょうが」
「そんな奴が同学年とは、グラッセもやりにくかっただろうよ。パネトーネ領は王都に近く、海沿いで、土地も豊かだ。北の貧しい領地から来た者なんか歯牙にもかけねえだろう」
士官学院、高等学舎、精霊術学校での教育課程では、三校の合同授業もあれば、他の学校の授業を選択、履修することも可能なのだ。国内の貴族社会の縮図がよく見えるが、狭い王都でそういう者と顔を突き合わせるのは、やっかいでしかない。
「そこはグラッセですから。女に士官学院が開かれてさえいれば、剣を取り、打ちのめしてやれたものを、と悔しがっていました」
「ああ、そりゃあ簡単に想像がつく」
「キツイ性格が顔にも表れているようだ。美人だが、私にはなんの魅力も感じられなかった」
タブレットがクレマを思い出して言った。
「美しさは全くわからぬが、加護はないようなものだ。隣合わせの指に、これ見よがしに火と水の加護石をつけていた。案の定、サラマンダーは嫌がり、姿も見せなかったぞ。術師の仕事をしていないようで、かえって幸いだった。力のコントロールもできまい」
加護石が、身を飾る宝石のようにしか見えなかった娘だ。
「精霊術学校の卒業資格には、人柄も評価に入れて欲しいですね」
「ラグ、妥当な意見だがそりゃ無理だ、ギルドの上の人柄が怪しいからな」
「ま、あんな女はどうでもいい。さあ、ライアンの工房へいこうぜ、いい女とつまみが待っている」
タブレットが余計な一言をいい、ライアンに睨まれた。
今話と次話は同じ夜の話で、最初はライアン、次はリンなのです。
一つにまとめていたのですが、結果として二つに分けました。
それをいじっている際に、果たしてこの二話が必要か、という大元から悩みまして、遅れました。
大市も長くなりましたから。(でももうすぐ大市が終わります)
だからといって、他のエピソードも必要かというと、そこも自信がないのですけれど。
まだ悩んでいますが、アップします。
あと、話の流れは全く変えていないのですが、今まで書いた部分で、手直しを入れたりしています。
一文足したり、単語を変えたり。料理の部分で手直しが多いです。あちこちに散らばっているので、どことも言えませんが、これからも少しずつの訂正がありそうです。悪しからずご了承くださいませ。
読み返すとまだ誤字まで見つかり、がっかりしています。





