The visitors / 訪ねてきた者 2
街の巡回にでていたオグが、中年の男を伴い、ウィスタントンの天幕へやってきた。近くまで来ると、その男はダダっと天幕に駆け込んで、クグロフの後ろで、ブラシにヤスリをかけていたガレットの前に膝をついた。
リンがその勢いに驚きながら見ていると、木片を持ったガレットの手を取り、自分の額に押し当てた。
「師匠、良く、良くご無事で。私はもう、二度とお会いできぬものかと……」
押し殺したような涙声が聞こえる。
「おお、その顔は、スキアーか。……本当に、久しぶりだ。ここの王都にいるんではなかったかの?」
「そうでございます。王宮経由で、師匠がこちらにいらっしゃると連絡をもらったのです」
「そうか、連絡をせずに、すまなんだの。遠いところを来てくれたのか」
リンは横に立つオグに聞いてみた。
「どなたなんですか?」
「ああ、王都の有名な木工細工師で、ガレットの元に留学したことがあるらしい。さっきの船で着いて、『船門』で場所を問い合わせているのに行き合ったんだよ。王族や、たぶんウィスタントン公爵も顧客だと思うぞ」
ガレットがクグロフに、スキアーはお前の兄弟子になるな、と紹介をしていた。
「師匠の元にいたのは、もう、三十年近く前になります。エストーラがあのようなことになって、伝手をたどってお探ししましたが、一向に行方が分からず……。まさか国内におられたとは」
そう言って、またスキアーは涙を拭いた。
「心配をかけたようだの。私はもう引退だが、このクグロフがこの近くに工房を持っての。そこでたまに、若い者に教えておるのだ」
「それはなんと貴重な。私の弟子も送り込みたいです。それにウィスタントン公爵様の元におられるとは、安心を致しました」
「逃げている間は明日をも知れぬと思ったが、今は公爵様方のおかげで落ち着いて暮らしておる」
商業ギルドの者が、応接セットの椅子を勧めると、スキアーは何かに気づいたような顔をして、椅子の背を触る。
「これは私が公爵様に納めたものでございます。……おお!それに、あれはご成婚祝いの、師匠の作ではございませんか。私は王都であれを拝見し、師匠の元へ留学を決めたのです」
奥のキャビネットを懐かしそうな顔をして見ていたかと思うと、応接セットのテーブルや長椅子を触り、不具合がないかを確認し始めた。気になる部分があると、クグロフに道具をかりて、磨き始める。職人とは皆、同じような行動をとるのだろうか。
昼時だし、せっかくだからゆっくり話そうと、木工細工師の三人は連れ立って工房の方へでていった。
それをオグと見送っていると、今度はいかにも貴族らしい、堂々とした三人連れが天幕にやってきた。少し離れて、ウィスタントンの群青のマントを肩にはおった、護衛らしき騎士も控えているのが見える。
一斉に頭を下げた。
最近は、リンも貴族の来訪に慣れたと思う。でも、この三人は着ている服といい、雰囲気は上位貴族だ。同じような金髪で、どこか似通った雰囲気もあり、兄弟だろうかと思う。華やかな、ハンサム三兄弟だ。
「新しい商品が紹介されていると、聞いてまいった。時間はあまりないのだが、こちらに開発者がいると聞いた。簡単に説明を願いたい」
三人は並んでいる商品を興味深げに眺めると、一番年長の男がリンに目を留めて言った。低い、よく響く声だ。その男は他の二人をリンの前へと押し出す。
「はい。それではどうぞこちらへ」
奥の応接に通すと、二人が座り、年長の者はここで良い、と商台の近く、オグの側に立ったまま石鹸を眺めている。
リンは『ワーク』の薬草茶を薬事ギルドの者に頼むと、一通りの商品が載ったトレイを二人の前に置いて、一つ一つの説明を始めた。誰かライアンに連絡をしてくれているだろうか。
一番若い男が、明るい声でリンの説明に相槌を打ち、興味深げに質問を繰り返す。
「こちらはウィスタントン領で採れる薬草を加えた、薬草茶となります。先ほどのウィスタントン石鹸と関連づけた名にしておりまして、『ワーク』になります」
「ふむ。香りが爽やかで、薬草でも全く苦くはないのだな。其方はすべての商品に詳しいが、開発者か。名前は?」
男がお茶に添えられた、二つ目のメレンゲクッキーをかじりながら聞く。
「は、はい。リンと申します」
「そうか。私はケイン、で、これが」
「キアニーです」
もう一人、椅子に座る男がカップから顔を上げて、にっこりと笑いかけた。
そして二人が、表近くに立っている、一番年長の男を見て促した。
「……シブーストだ」
コクリとひとつ頷かれた。
リンはもう一度、ペコリと丁寧にお辞儀をした。
「王都でも、ウィスタントンで新しい商品が発表になったと、噂になっていたのだ。……そうか、其方が」
ケインは緑の目でリンを見つめると尋ねた。
「開発者はその名を商品につけるようだが、なぜ其方の名前ではなく、ウィスタントン石鹸という名前にしたのだ」
「え、えーと、ウィスタントンの領で開発された石鹸だから、ですが」
そこへ表を見ていたシブーストが割り込んだ。
「……行くぞ」
他の二人がそそくさと立ち上がった。
「リン、慌ただしくてすまないが、大変勉強になった。感謝する。王都の方へもぜひ来てくれると嬉しく思う」
「では、また」
「ありがとうございました」
三人が早足でマーケットプレイスを横切っていくのを、リンはため息をつきながら見送った。
裕福な貴族だと思うが、商談まで持っていけなかったのが残念だ。
ライアンがシムネル達と商談から戻ってきて、三人の後ろ姿を見遣る。
「今のは……?」
「あー、ライアンがあと少し早ければ、商談までいけたかもしれないですね。王都から来た貴族の兄弟みたいでしたよ。商品には興味があったようで、王都の大市へも来て欲しいって、最後に言ってました」
リンは天幕の中に入り、テーブルの上のティーセットを片付けながら言う。
ライアンは周囲の人間を見回すと、最後にじっとオグを見た。
「ライアン、睨むなよ。あの三人に、俺が何か言えると思うか? ってか、言えるヤツいねえだろ……」
オグはヒョイと肩をすくめる。
ライアンはリンを見てため息をつくと、その場にいたシルフを呼び出し、質問を始めた。
そして手首の風の加護石を触ると、目をつぶり、声に集中する。
「レペテレ」
『聞き耳』だ。
オグはそんなライアンにあきれ顔だ。そんな大技を、こんな事で使うだろうか。
ライアンは、夕方、館へ戻ると、執務室の兄の元へ向かった。ちょうど部屋を出たばかりの兄を見つけ、その背中にとがった声を投げる。
「ギモーブ兄上」
ギモーブの足がピタリと止まり、恐る恐る振り返る。
「ラ、ライアン」
「それとも、キアニー兄上とお呼びした方がよろしいでしょうか。最近ウィスタントンでは、偽名が流行っているようで」
ライアンは不機嫌そのものの声で言う。普段、淡々と用件を伝える弟が、自分に向かってこんな調子で話すのは珍しい、とギモーブは思った。
「偽名ではなく、ミドルネームだ。だいたい父上も母上も、シュゼットですらリンに会っているのに、私にはいつまでも秘密にして、会わせてくれないから……」
自分を眺める、ライアンの視線の痛さにギモーブの声が消える。
「シブースト兄上だけは、きちんと名乗られていたようですが。それであの二人は?」
「もう、王都に向かう船の上だ。……ライアン、すまなかった。とても私ではあの二人を止められず」
「二日後に食事会があるでしょう?リンは兄上を見たら、驚くと思いますが」
「リンにもきちんと詫びよう。約束する」
ライアンは、お願いしますと言って、自分の執務室の方へ歩いて行った。
父も兄も、なぜミドルネームを名乗ることを考えてまで、リンに会おうとするのか、とため息をつきながら。
そして、その夜。
王都へ向かう船の上で、リンにケインと名乗った男は、ライアンからの『シルフ飛伝』を、びくびくとしながら受け取った。
「シブースト、どうしよう。ライアンの声が怒ってる」
「フロランタン。当たり前だ。だから紹介されるまで待つべきだと言っただろう?」
「『聞き耳』まで使ったみたいだよ。『ああ、フロランタンではなく、ケインでしたね。風の加護があるくせに、シルフを払い忘れるとは詰めが甘い』って、すごくとげとげしい。もう船に乗っていて良かったよ。ギモーブには悪いけど」
ライアンの声マネをしながら言う。
「アレはもともと、大事なものほど隠そうとする。家族にはバレバレだがな」
フロランタンは、プッと吹き出した。
ウィスタントンから届く、リンに関しての極秘報告は山となるほどで、国にとっても重要な人物であると認識している。
ライアンという賢者の被保護者、いや、報告には未来の嫁候補とあったが、それだけでも気になるのに、様々な領や国を潤す開発をしているという。どうしても会ってみたかった。
「次はきちんと紹介されるのを待ちますよ」
ライアンがリンを王都へ連れてきてくれる日を、フロランタンは楽しみにすることにした。
「謁見」にウィスタントンの領主と領主夫人の外見をちょっと足しました。





