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As busy as Sylph / 働き者

 結局ラグナルは、『青の女神』を蒸留してフローラルウォーターにするところまで残った。ミディ貝のオイル漬けと、フローラルウォーターを小型冷室に入れ、グラッセにお土産ができた、と帰っていった。

 数週間後に公式訪問予定があるせいか、では、また、と気軽な挨拶を残して。


 翌朝一番に、いつもより多くの人間がウィスタントンの天幕に集まった。週の初めに、こうして簡単な会議を行って、大市の情報を共有しているようだ。いつもここにいるメンバー以外に、警備を担当する各城壁門の騎士代表、ハンターズギルドのオグとエクレールも来ていた。


「皆、集まっているか。……先週は大市の一週目としては、よい成果があったようだ。ごくろうだった。その報告と、今週の注意点を頼む」


 ライアンの言葉に、端から様子を報告していく。

 まずこの天幕内の話として、商業ギルドのトゥイルからだ。


「はい。天幕では領外、国外の商人と商談がすでに始まりました。それぞれ目当てが違うものの、すべての商品に注文が入っております。やはり驚かれるのがシロップと砂糖です。風味の良さ、量の豊富さはもちろん、なにより大陸で砂糖が作られた事に、驚きが隠せないようです。今週からの注意として、在庫と注文量に気を付けてまいります」


 欲しいという気持ちをポーカーフェイスで隠して、いい条件を引き出そうとするのが商人の常だが、彼らをも、動揺させ、驚愕させているようだ。

 初年度でもあるし、決して安売りはしていないのだが、ここからの輸送費を考えても魅力的な卸値設定らしい。


 次は、館の文官からの報告だ。


「今週より、諸国との会合が入っております。場所は、商業ギルドの部屋、お相手によりましては、館での会合となる場合もございます。最新情報をご確認ください」


 ライアンがうなずく。

 これらの商談は、ライアンの参加もあることから、シムネルと文官が連絡を密にとり、設定されるようだ。


「領民にも、それから商人にも美容製品は人気です。クリームは蜜蝋の関係で、現在大量には出せておりませんが、石鹸は良い感じです。また在庫の方も、スペステラの方に作っていただいた自然乾燥の石鹸が、次々に仕上がっております。あと、今後の薬草の生産ですが、気温も上がってまいりましたので、本日、温室からスペステラの畑に苗を植える予定です」


 薬事ギルドのマドレーヌの言葉に、リンは、はっ、と思い出した。自分も家の温室から、庭に苗を移すのを忘れないようにしなければ。


 エクレールが続ける。


「蜜蝋ですが、早くても夏になるようです。蜜蜂班ですが、いくつか作った巣箱の一つに、無事に最初の蜂が入ったようです。時期的に少し早いようで、大市の期間いっぱいぐらいが、蜂を見つける勝負だと申しております」


 リンは思わず拍手してしまった。

 マドレーヌが聞く。


「巣箱はスペステラに?」

「はい。子供達には近寄らないように言いますが、村から離れた森の側に置く予定です。蜜蜂は花が必要ですが、薬草は花が開く前に摘み取るので、分けて考えています」


 ライアンがうなずいて、警備関連の情報を騎士に促した。


「例年ですと今週より、領外からの客も増えてまいります。聖域参拝の者もおりますから、森の塔前まで騎士の巡回を増やします」

「聖域参拝?」

「ああ。フォルテリアス国内、各地から来た者が、森の前でドルーに挨拶をしていく。森は神聖なものとして立ち入らないようだが」


 ライアンの説明を聞いて納得した。

 リンが文字を勉強した、フォルテリアスの子供向けの本にも、ヴァルスミアの森は国の礎として、ドルーと初代王の建国神話が書かれていた。大市に来たついでに、その森を見たいのだろう。


「ラミントン領の者に聞いたが、ラミントンの港や領都の宿の予約も、これから多くなっているらしい。船の到着が増えるだろう」


 オグがそういって『船門』の騎士を見た。

 ヴァルスミア近郊の宿はすでに商人で一杯だ。

 ラミントンからはウェイ川を上れば、ヴァルスミアまでそう遠くない。宿をラミントンにとり、早朝に立てば、一日大市を楽しむことができる。中には公衆浴場や、興行の天幕に泊まってしまって、翌日帰る者もいる。

 毎年、帰りの船に乗り遅れる者がいたり、トラブルも増える。注意が必要だった。


「リンは何かあるか?」

「お茶に親しんで欲しいので、商台で試飲をします。他にも考えていることがあるので、また後で相談します」

「他にもか」

「ええ。ティーポットが家にない人が多いので、なくても楽しめるように」


 そうなのだ。お茶を飲む習慣がない人の家に、ティーポットがあるわけがない。

 お茶は今のところ、貴族の楽しみなのだから。

 それだと広がらないので、ティーバッグとか、インフューザーを作りたいが、この世界の材料に悩んでいるところだった。


「最後に私からだ。『水と風の冷し石』の登録は、今朝行われる。登録完了後、館に連絡が入り、領主より案内があるだろう。この大市の期間のみ、貸し出しも販売も一括して、商業ギルドだ。薬事ギルドも手伝う」


 トゥイルとマドレーヌがうなずいた。


「この天幕に問い合わせが来たら、商業ギルドへ案内してくれ。特別窓口ができている。規定サイズの石の大口注文は、精霊術師が担当できる。それ以外の特別注文は、シムネルに私の予定を確認してくれ。以上だ」


 銅職人もかなり頑張って石を収める銅箱を作ったが、最終的に足りない分を、ライアンとグノームが手伝ったらしい。とりあえず、この大市で使う分ぐらいの数は出来上がっているようだった。


 会議が終わって、衝立の外にでると、ローロが来ていた。

 ローロは『金熊亭』の屋台をだしている。『金熊亭』は宿泊も一杯で、大人はとても屋台まで手が回らない。娘のタタンとローロがメインで、ハンター見習いの子供達ががんばっているのだ。


「ローロ、こっちがお肉の保管用。こっちにはシロップを使ったプリンが入っているから、甘い物が欲しい人に売ってね。数量は毎日限定になっちゃうけど」

「わかった」

「冷室を盗まれないように注意して」

「うん。みんなで見張る」


 ローロは小型冷室を取りに来ていた。

 肉料理にシロップで甘味のついたソースは好評で、聞かれる度に、お客さんをウィスタントンの天幕に案内してくれている。素晴らしい宣伝係だ。今日からデザートも加えられる。


「あのね、ポセッティさん、さっき『金熊亭』で会ったけど、喜んでたよ。レモンの注文がお隣の領から入ったって。伝えてくれって」

「ああ、じゃあ、後で会いにいくね。ありがと、ローロ。今日もがんばって」


 ニヤリとしてしまった。

 『姫』にレモンをかけたのを、領主が気に入ってだいぶ食べていた。きっと今日からラミントンの屋台でも、レモンを添えるのだろう。


 ローロを見送っていると、上から『声』が響いてきた。


「大市への出店を感謝する。領主のシュトロイゼル・ウィスタントンである」


 どこにいるのか、天幕の外に出て見回すが、領主の姿はない。

 それにマーケットプレイスどころか、街中に広がるように、少し遅れてあちこちから声が跳ね返ってくるようだ。

 ライアンが側にきた。


「リン、『シルフ拡声』だ。後で教える」

 

 こくりとうなずいて、そのまま耳を澄ます。


「本日は嬉しい知らせがある。すでに『火の温め石』を、皆は試しているであろう。先ほど、我が領で開発された、新たな精霊道具の登録が完了した。『水と風の冷し石』である。この石を使えば、氷がなくとも、真夏に冷室が作れる」


 ざわりと、あちこちからどよめきが起きた。すぐにシンと静まり、続きの言葉を待つ。


「木箱に入れれば、持ち運べる小型の冷室となる。大市でも便利であろうが、商談で手にいれた商品を、各地へ持ち帰るにも役立つであろう。大市の期間、こちらも商業ギルドで貸し出そう。興味のある者は、商業ギルドへ申し出てくれ。……この大市が我が領だけではなく、皆にとって、実り多きものであるように願う。これからも変わらぬ友好と繁栄を希望し、精霊の加護を祈ろう」


 そういって、領主の言葉は終わった。

 少しして、マーケットプレイスのあちこちの天幕から、文官らしき者が飛び出してきて、商業ギルドへ向かうのが見えた。


「ライアン、『シルフ拡声』って、シルフが言葉を運んでいるんですか?」

「ああ。『飛伝』ほど長い距離は飛ばせぬが、館から街ぐらいまでなら、問題なく使える」


 風の術師が使う拡声の祝詞もあるが、誰にでも使える精霊道具があり、それに向かって話すと、風に乗せて声を拡散してくれるようだ。


「なんか、シルフってだいぶ活躍していますよね?『飛伝』、『風の壁』、『拡声』って、忙しいですよね」

「ああ。働き者のことを『シルフのように働く』というからな。シルフは真面目だし、また素早いから、活躍の場が多いのだ」

「他の精霊は忙しくないんですか?」

「そういうわけではないが」


 ライアンは少し考える。


「グノームも真面目で、実直に働くが、シルフほどの素早さがない。時に人の手伝いがいる。オンディーヌは、気分屋だ。機嫌がいいと扱いやすい。美しい物が一番好きな精霊で、だから自分の顔を水に映してのぞいているのだ、という者もあった」

「へー、美しいんですか」

「人によって見え方が違うから、なんとも言えないだろう。まあ、精霊はどれも美しいとは思うが」

「サラマンダーは?」

「……アレがまともに言うことを聞くのは、アルドラだけだ」

「は?」

「サラマンダーは基本、あまり術師の言うことを聞かぬ、ぐらいに思っていた方がいい。そう思わないと、火の術師は毎日落ち込むだろう」


 火の精霊を扱えない術師でも、術師と言っていいのだろうか。


「アルドラの言うことは聞くんですよね?」

「アルドラの言うことを聞かぬ者が、あると思うか?」


 リンはじっと考えた。ないな。うん、なさそうだ。


「……だから、大賢者と言われるのだ」


 アルドラが最強だった。


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