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On the ship / 船の上

 ライアンがひとり、薬草の香りの効果に頭を悩ませていたころ、オグとシムネルは王都への船の甲板にいた。帆はいっぱいに膨らんでいる。

 ライアンからの連絡を受け終わったシムネルは、集中しているうちに自然と寄っていた眉間をもみほぐした。甲板の前方に座りこんだオグに近づく。


「オグ、すみません。ライアン様からシルフが参りました。王都でやることが増えそうです」

「ああ?アイツ何いってんだ?ばあさんを、俺たちに押し付けやがって。俺はもうこの船の維持で手一杯だ、っての」


 オグは波を操り、シムネルは風を整え、船の速度を上げていた。そのため、本当ならあと数日はかかるはずの航行日程は短縮され、明日の閉門の時刻までには王都に到着する予定になっている。二人とも今夜は夜を徹して、船の進路を見守り、精霊の様子を見ていないとならない。


「まさか、こうなるとは思いませんでしたが、最近のライアン様のご様子は拝見するのが面白かったので、まあ満足です」

「だいたいなあ、ばあさん、来るときは自分で水も風も使ったんだぞ。帰路の供なんて、いらねえじゃねえか。……それで、王都での用事ってなあ、なんだ?」


 ひとしきり、ぶつくさと言い、オグは落ち着いたようだ。


「王都の精霊術師ギルドから、館へ正式に、リン様についての照会状が届いたそうです」

「早くねえか?リンは術師としてギルド登録もしてねえし、術を外で使ってもいねえはずだ。ヴァルスミアのギルドの上層部は、ばあさんの友人で、王都に密告はしねえだろ?」


 アルドラ、ライアン、オグ、と加護の多い者はすべて、王都の精霊術師ギルドと仲が悪い。複数の加護を持つ術師が現れたらギルド側へ取り込めるよう、各地のギルドに術師登録の徹底と、王都への報告をさせている。


「ええ。ヴァルスミアの方は、術師として登録さえなければ、なんとでもごまかしてくれます。冬至の祝祭には、他領から新年のあいさつに来られる客人も多く、館にも滞在されておりました。ライアン様は、それでリン様を館へお連れしなかったのですが、どうやら街の方に目敏い者がいたようですね。儀式の時にはお近くにおられましたから」

「精霊術師のマントじゃなかったが、ライアンと対になるような闇色だったな」


 周囲が、そう見えるように気を利かせて選んだドレスだが、ハンターズギルドから揃って出てきて、目立ってはいた。少し調べれば、リンが工房に滞在しているということは、わかるだろう。


「王都のギルドじゃ、なにを言ってきているんだ?」

「賢者の工房に滞在する者は、精霊術師として登録がないと聞くが、何者か。術師であるなら、速やかに登録し王都の学校へ寄越すべきだ、といった所でしょうか」

「けっ!ライアンの時は、賢者の弟子に教えられることはない、と言っていたくせによ」


 オグがすいっと手を動かし、ボソリと祝詞を呟いている。波のうねりを抑えているようだ。


「あれが失策だったとわかって、方針を変えたのでしょう。今までにも非公式の問い合わせは、ライアン様のところにあったのですよ。アルドラ様がこちらに来られて、慌てて正式な照会状を、館に出したってとこでしょうか」

「ライアンはさぐれ、と?」

「そうですね。王都へ向かうついでに、ギルドの様子でわかることがあれば、と。森への侵入があってから、だいぶ警戒していらっしゃいますから」

「おい、あれは北が疑わしいんじゃないのか?まさか、あれもギルド関連で、リン狙いだってのか?」

「わかりません。ですが、あれも結局、正体が掴めず、相手の意図がわからぬまま終わっています。シロがリン様から離れなかった時期がありました。冬至の頃に情報がどこかに流れた可能性があるなら、とは、疑っているようです」

「さすがに国内のギルドが誘拐までは考えない、と思いたいがな」


 しばらく言葉はなく、船首が切ってすすむ波の音だけが聞こえてくる。


「シムネル、風向きを少し変えてくれ。この辺りで沖にでて、潮に乗った方が速い」

「お詳しいですね」

「ああ、オンディーヌがな」

「……まさかオグも、精霊の声が聞こえるのですか」


 オグが精霊術師としての登録がないだけで、アルドラに教えを受けた、かなりの術の使い手であることはヴァルスミアでは有名だ。でも、普通はすべての精霊の加護を持つ『賢者』しか聞こえないという、精霊の声が聞こえるとは思ってもいなかった。


「ああ。声もきれいだぞ。俺の場合は、姿がはっきり見えるようになってから、聞こえるようになった。加護が三つってのは過去にもあまりないらしくてな、記録がなくて、他がどうかは知らんが。かなり疲れるんで、滅多にしねえよ。……シムネルもこの距離で『シルフ飛伝』が使えるのは、そうとう大変だと思うが」

「受信だけはなんとか。ライアン様の下についてから、距離を延ばして練習させられましたから。便利で助かっています」

「すべての加護を持つ奴は、これが苦もなく普通だってんだからな。……潮に乗れば、ここからはそんなにかからねえよ。今回はそこまで無茶ぶりされずに助かった」

「前回は大変だったのですか?」

「ばあさんの引っ越しに、ライアンと二人で借りだされたよ。ある日突然、さ、行くよ、ってな。島まで、二日半だった。あれは思い出したくもねえ」

「フィニステラですよね。海路は速いといっても、王都への倍ほどの距離がありますよね……」


 島までは普通なら七日はかかる距離だろう。


「こういう時に術を使わないでどうすんだい?っていう、ばあさんの指示に精霊が従ったんだよ。船はグノームが堅くしてあるから大丈夫だ、って言ってもな、いつ大海原の真ん中で船が砕け散るか、気が気じゃなかった。暴走する船がいたら、周囲にも迷惑だろ?他に船の全くいない沖にでてな、潮に乗ったよ。周囲に気を配って、精霊を見張って、ライアンと二晩、恐ろしくて眠れたもんじゃなかった」


 風を使って速度を上げろと言われた時は驚いたが、今回はアルドラにしたら、だいぶ常識的な範囲らしい。


「それは、なかなかキツイものがありますね」

「だろう?船の持ち主の商人には、早く着くのは嬉しいからな。術師の乗船に喜んでいて、緊張していたのは俺たちだけだった、ってのが、なんとも言えなかった。シムネル、ばあさんにつきあって、この程度ですむのは貴重だぜ」


 乗員に伝えてくる、とオグは立ち上がった。


 

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