The Rocky Mountain in the South 2 / 南の岩山 2
書いたはいいものの、これと次話はなくてもいいのでは、と、悩みました。
でもこれを抜くと場面が飛びすぎるので、やっぱり更新します。
「ああ、迎えが来ているな」
進行方向を向いて座っていたライアンが、最初に気づいた。くるりと振り返ったオグが、山の麓の船着き場に向かって手を上げる。
リンも、オグとタブレットの間からそちらを覗き見て、目を丸くした。
「うわあ。かわいい、というか、にぎやかな出迎えですね」
そこには、多くの出迎えー 二人の人間と十数匹のヤギ ー が見えた。
ライアンが風と水の調整を切ると、船頭がゆっくりと船を近づけていく。
メェェェェ、という鳴き声と、その首についたベルのコロコロという音が、シルフに運ばれてくる。
まず目についたのが、ぐるりとカーブした立派な角だ。
山ヤギの特徴なのか、それとも冬毛だからなのか、リンの記憶にあるヤギよりふっくらとしている。
白と薄茶色をしたモコモコの群れだ。その愛らしさに、リンは口元をゆるめた。
船着き場に到着するのを待ちかねたかのようにシロが立ち上がると、途端に大騒ぎとなった。
主に、モコモコの塊たちが。
「バァァァァ」
「メェェェェ」
ドカドカと音を立てて、山の斜面を蹴り上がっていく。
シロがバッと船を飛び降り、モコモコに向かって加速した。
「あっ、シロッ! 待って! 狩りはダメだよっ!! シロ!」
思わず立ち上がり、ぐらりと揺れたリンの肩をライアンが支える。
「大丈夫だ。見よ」
シロはあっという間にヤギたちを追い越し、振り返って対峙した。右へ左へと駆け回りながらヤギの足を止め、こちらに戻るように促している。
「ホントだ。……シロってば、いつの間にあんな技術を」
狩りをするのだと勘違いしてしまい、悪いことをした。
「頭がいいと思ってはいたが、さすがだな。……さあ、降りよう」
ライアンはリンに手をだして支えながら、オロオロと様子を見ていた出迎えの二人に声をかけた。
「心配をかけた。シロはこのリンの守りをする。危害を加えることはない」
迎えの者は、帽子を取って頭を下げた。
年長者が口を開く。
「はい。この山里にも、大市に行った者から白い狼の話が伝わっておりますよ」
船から下りたオグも、その迎えに気安く声をかけた。
「お? クルバンが来てくれたのか。急なことで悪かったな」
声を掛けられた方はぼんやりとオグを見つめてから、合点したかのように大声を出した。
「オ、オグだよな? なんだ! ひげはどこへ行っちまったんだよ」
クルバンと呼ばれたその者の顎にも、立派なひげが貯えられている。
「いや、結婚を機に剃ってな」
オグが照れ臭そうに答えると、クルバンは目と口を大きく開けた。
「結婚⁈ この春に婚約の貴石を採りに来たばかりだってえのに⁈ ……そうか。そんなに待てなかったか。そうだよなあ」
「いや、違う。そうじゃない。皆が……」
「エクレールをこれ以上待たせずに済んだなあ。そいつは良かった」
クルバンはオグの言葉は聞かず、一人納得したようで、しみじみとした声でそう言うとオグの肩を叩いた。
「いや、まあ、うん。いいか。……このクルバンはヤギ飼い、いやハンターが主だったか? まあ、この辺りを一番良く知っていて、採集でも、狩りでも、腕がいいんだ」
オグが皆に紹介すると、クルバンは少しかしこまった。
「なあに。年の功でございますよ。最近じゃ、狩りの腕は息子の方に任せっきりで」
その息子なのだろう。
クルバンと呼ばれた男性は、照れくさそうな顔をしたもう一人の迎えにチラリと目をやると、再度丁寧に頭を下げた。
「ようこそお出でくださいましたなあ」
「迷惑をかけるが、よろしく頼む」
クルバンは挨拶を済ませると、遠くから見張るシロのおかげで、再度集まってきたヤギの背を叩いた。二隻めの船に乗っていたハンターと一緒になり、船からおろした荷をヤギの背に括り付けていく。
「なるほど。それでヤギの迎えだったんですねえ」
リンの荷物も、今までと違って大きな木箱ではなく、小さな鞄二つに入れられていた。それがヤギの両側に振り分けて結ばれる。
「ここから村までは山道で、足元も悪いんだ。迎えがないと、きつかったな」
オグも手伝って、リンに説明しながらも手早く荷物を積んでいく。
「では、まいりましょうかな」
ヤギの背を叩き、先頭に立つクルバンに続いて、リンたちは村へ向かって歩き始めた。
「ほっ。はっ。……シロ、ちょっとどいて」
山道には茶畑巡りで慣れているはずだったが、思っていたより大変だった。
落ち葉が積もってずるりと滑るし、木の根や穴も隠されている。その上、シロが足元にじゃれつくのだ。
タブレットではなく自分の所に来てくれるのは嬉しいが、今は止めて欲しかった。
「うわっ」
濡れ落ち葉に滑り、目の前のオグの背中にぶつかる。
何回目だろう。
つまづいては前のオグの肩を借り、滑っては後ろのライアンに支えられる。
「たびたびすみません」
ふう、と、息を吐く。
靴ひもを確かめ、ドレスのスカートを抑えているベルトを留めなおす。
「いや、いいんだがよ。大丈夫か? 休みを入れるか?」
「いえ、大丈夫です。シロがこんな時に限って甘えてきて。それを避けると、こう、ずるっと」
リンの口調は困っている風だが、手は嬉しそうに寄り添うシロの頭を撫でている。
「リン。後ろから見ているのだが、シロは避けた方がいい場所を教えているようだぞ」
「えっ?」
「つまずきやすい窪みや木の根、リンがそういった所に足を置かないようにしているようなのだが」
「……甘えていたんではないんですね」
シロを見下ろすと、そうだぞ、というようにシロも見上げてくる。
じゃれついて危ないなあ、などと思って悪いことをした。シロをどかして足を置くのがいけなかったのか。
足元を見れば、ドレスの裾にくっついているグノームが同じように自分を見上げ、コクコクとうなずいているし、周囲の枯れ葉が風に飛んでいく。精霊たちも山登りを手伝ってくれているようだ。
それにほっこりしていると、ライアンが客観的事実を伝えてくる。
「最近シロは、リンに甘えることなどないだろう?」
「そ、そんなことないですよ! シロップやりんごが欲しいときとか、お風呂の時とか。ちゃんとクーンって、かわいく鼻を鳴らして……」
言いながら声が小さくなる。
主観的に見ても、ねだる時ばかりだ。そんなシロにも、リンはデレデレとしてしまうが。
ライアンに反論していると、タブレットが後ろから声をかけた。
「リンもヤギに乗せればいいのではないか?」
「えっ?」
「お。リン、乗るか?」
「ほうほう。乗りなさるかの? ……ちいと揺れますがなあ」
オグとクルバンも聞く。
思わず、クルバンの側を登っているヤギを見つめた。
クルバンの側にいる数匹のヤギは、もちろん危なげなく登っていたが、ヤギは馬のように乗れるものなのか。
その背中をじっと見たが、転がり落ちるような気がする。歩いて登るよりも苦労しそうだが、あの立派な角につかまればいいのだろうか。
ふと見れば、オグはニヤニヤと笑っている。
「……頑張って歩きます」
シロに押される通りに歩けば、きっと大丈夫なはずだ。
小山を一つ登ったあたりで、視界が開けた。
反対側はなだらかな斜面となっていて、岩が多くなり、木々は少ない。
「はあ。これはこれは……」
そう言ったきり、リンは言葉を失った。
山頂に雪を被った七つに連なる山々がそびえている。青灰色に陰る山の、山頂付近は夕日に染まり、うっすらと薔薇色だ。
その麓、眼下には水を讃えた丸い湖があり、その中央に島が一つポツンと見える。その湖にも、空の薔薇色が映っている。
青と薔薇色の世界だった。
「……確かに『麗しく、気高き』という言葉が似あうな」
「ホントに。……水の賢者があのような名前を付ける気持ちが、いや、うーん、やっぱりわかんないな」
リンの言い草に、ライアンは苦笑する。
タブレットやロクムにも言葉はなく、静謐で美しい風景に見惚れているようだ。
ヤギたちは道を知っているのか、カランカランとベルの音をさせて、どんどんと下りていく。
「さ、あともう少しです。まいりましょう」
皆の様子に、クルバンは嬉しそうに顔をほころばせた。
いつもありがとうございます。
職場は「夏休み以外、いつも繁忙期でしょ」」と常々思うのですが、
今は超、超、繁忙期となり、申し訳ないのですが、今まで以上に更新が遠くなっております。
一月中旬ぐらいまで、バタバタしております。
12月中にせめてもう一つSSでも上げたいなと思っているのですが、最近寝落ちてばかりで全くすすまないのです。
もし、更新が叶わなかった場合、皆さまどうぞ、平穏で、よいお年越しとなりますように。
今年は「お茶屋さんは賢者見習い」1巻、2巻と発売され、とても印象深い年となりました。
読んでくださっている皆さまのおかげです。
いつも感想に、ご評価、ブックマーク、それから毎回見つけてくださる誤字報告、大変ありがたく、心より感謝しております。
そしてもちろん、書籍を購入してくださった皆様も、本当にありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
最後にお知らせ:ツイッターでもご報告したのですが
12月20日に創刊となるFWコミックスオルタにて、
「お茶屋さんは賢者見習い」のコミカライズも配信予定です。
配信日がわかりましたら、またお知らせいたします。
https://fwcomicsalter.jp/





