Portable Clay Stove and Hot Pot 2 /七輪と鍋 2
おはようございます。
七輪に火をつけたままで、更新が遅くなりました。
「そろそろ鍋にしましょうか」
リンは控えている配膳人に合図を送った。
「鍋?」
「そうです。七輪に鍋を載せて、直接取り分けて食べるんです。今日はきのこ鍋ですよ。たくさん採ってきましたから!」
「リン、食べちゃまずいやつが入ってないだろうな?」
オグがニヤニヤとからかう。
「最近見分けがうまくなったんですよ? 見つけたほとんどは食べられるきのこなんですから」
「おぉい。ほとんどじゃダメだろう」
「大丈夫。ローロにも、師匠にも確認してもらいましたから!」
リンは胸を張った。
厨房から鍋が運ばれてきた。
残念ながら土鍋を作るところまでは行けず、鋳物の鍋だ。
厨房であらかじめ調理済みの鍋からは、木の蓋を開けたとたん、ふわあと湯気が立った。
「おお」
「うまそうだな」
鶏のつくね、にんじん、じゃがいも、葉物野菜に、きのこは五種類ぐらいがたっぷりと入っている。白ネギが欲しかったが、まだ少し早いと言われ、ちょっとクセのある葉物野菜で代用した。
鍋が嬉しい季節になれば、ネギも手に入りやすくなるだろう。
「最初は私が取り分けましょうか?」
「そうだな。最初は頼む。タブレット、何がいい?」
ライアンにうなずかれて、リンはお玉を手に構えた。
食卓で使うのにちょうどいい大きさのお玉がなくて、慌ててライアンとグノームに銅で作ってもらったものの一つだ。
「そうだな……」
全員が鍋に入っているものを注視して、そして気づいた。
「リン、これは少し……」
「なかなか面白い見かけをしているな」
「おうい。なんだよ、これ」
「これは初めてみますね」
皆が見つめていたのは、たくさんのきのこの中の一つ、くちびるきのこだ。
「うわあ。……切り方を間違ったなあ」
くちびるの、ちょうどへこんでいた真ん中に沿って一文字に切れ目をいれたのだが。
くつくつと煮える鍋の中、くちびるが動いている。開いたり、閉じたり。あるいは、口を突き出すようにしていたり。
赤茶色で厚みのあるきのこは、今は汁を吸ってぼってりと膨らんでいる。生の時以上に、なかなか存在感のある見た目になっていた。
「ライアン、これ、アルドラが食べていたやつだよな? これはでかいが」
「ああ。聖域特有のきのこだ。……この見た目だが、味はいい」
「聖域の。私も見たことがないわけです」
「リン、それを食べてみたい。入れてくれ」
好奇心に目を輝かせたタブレットのリクエストに、リンはくちびるきのこをすくった。
後はバランス良く入れて、タブレットに器を差し出す。
次からも適当に入れていったが、結局全員がくちびるきのこを選んでいた。
「よし、まずはコイツからだな。俺も初めて食べる」
自分の取り皿にあるくちびるきのこをしげしげと観察していたオグが、ブスリとフォークを刺した。
リンには箸が用意されているが、ナイフにフォーク、スプーンを使って食べる鍋もなかなか面白い。
「いくぞ」
きのこがオグの口に消えるのを、皆が見守っている。
「うぉっ?! ……おおー」
「オグ、どうなのだ?」
感嘆詞しかでてこないオグを、タブレットがせかした。
「うまい……。きのこも味が濃いが、噛むとこのスープが出てくるんだ。そいつがなんとも言えずうまい」
「そうか」
それを聞いて、皆が一斉にカトラリーを動かし始めた。
リンも箸を取って、同じようにくちびるきのこを取り上げた。
でろんと伸びているきのこを口にうまく押し込めると、じゅわりと鍋の出汁が染み出てきた。肉厚なぶん、たっぷりと出汁を吸っている。
鶏ときのこ、野菜の芳醇で優しい味わいだ。
「これは美味しい。しっかり厚みがあって、食べ応えがある」
「ああ。味も濃いが、香りもいいな」
オグに続いた、タブレット、ライアンも気に入ったようだ。
「あ、それはですね。きのこを入れる前にちょっとだけ炙って、香りを立たせたんです」
「そのような工夫があるわけですか。それでこのように風味が」
ロクムがもう一度、味わうようにきのこを口に入れた。
「ふふっ。干して風味が濃厚になったきのこもありますし、触感がとろりとしていたり、シャキシャキしたきのこもあるんですよ。香りも、味も、触感も、きのこを丸ごと楽しみたくて」
「贅沢な鍋だな」
皆が笑いながらも、一斉にきのこを口に入れ、味わい始めた。
「おお。本当だ。これは細い分、歯ごたえが面白い」
「どれだ? こっちはぬめっとしてるが、俺はこれが好きでな」
「風味はこの聖域のきのこが、一番濃厚でしょうか」
きのこを取り上げ、お互いに見せ合いながら楽しそうだ。
一つ鍋をつつくと、心の距離が縮む気がする。
リンはふっと微笑んだ。
「これは身体が温まるな」
ライアンがふう、と、息を吐き、上着を脱いだ。そのまま椅子に掛けようとするのを配膳人が気づいて、さっとどこかへ持っていく。
「冬に食べられたらいいよな。……俺も脱いでいいか」
「目の前で直接温めたのを取り分けられるのですから、やはりこの卓上七輪は素晴らしいですね。寒い地域では喜ばれるでしょう。具材もきのこだけではなく、いろいろ考えられそうです」
「ええ。魚介類の鍋とかおいしいんですよー。あれも、おいしいスープになりますし」
「ほう。それではやっぱりラグナルに一つ送るべきか?」
「厨房に入らない者にとっては、こういう直接見えるものは面白いぞ。島は暑いが、やはり私も七輪が欲しい」
ロクムが販売戦略を考える顔になっている。
ライアンが配膳人に手を挙げた。
「タブレット、オグ、もっと温まる、強いものを飲まないか? ロクムも飲めるほうか?」
「あー……。そうだな。いや、俺は今夜は止めておく」
酒の誘いをオグが断った。
「オグ、珍しいな」
「飲まないのか?」
「……オグさん、身体の具合は大丈夫ですか?」
「おい、リン、俺はいつもそこまで飲んでねえよ」
「えー、だって、いつもお酒を抱えてくるのはオグさんですし」
「俺が一番買いやすいからだよ! 強い酒を出してくるのは、いつもライアンだろう?」
そういえば、と、リンは思い当たった。
強い酒はライアンのキャビネットから出てくるのだ。
「そうでしたね。……それもなぜか執務室に保管庫が」
「……別に執務中に飲んでいるわけではないぞ。オグと工房あたりで飲むことが多かったから、いつも置いてあるだけだ」
「ふうん」
「本当だ。……まあ、それはいい。本当に飲まないのか、オグ」
リンのからかうような疑いの目から眼をそらしたライアンは、オグに向き直った。
「ああ。明日は朝早いんだよ。……あ、言ってなかったな。明日から術師と薬事、両ギルドの依頼で、四日ほど南の岩山まで出かけてくる。グノーム・コラジェの根が足りないらしくてな」
「報告は上がっている。……そうだな。オグが行くのが早いか」
「紫芋は作付けした以上には実らないが、グノーム・コラジェなら岩山でも上の方はまだ手付かずだろう?」
リンにも馴染みのある言葉が出てきた。グノーム・コラジェの根、紫芋と言ったら、土の術師が携帯する土の力を補う薬だ。
「ローロが火の術師さん用の炎茸を納品していましたけど。土の術師さんも大変なんですね?」
「ああ。冬支度で『温め石』や『温風石』がでるだろ? そこに『加湿の石』のが加わって、大変らしい。それに大市に来るのは一年に一回という商人もいるからな。まあ、春からこっちで発表した『精霊石』全部に、そこそこ注文が入っているらしいぞ」
「うわあ。つまりすべての術師さんが忙しいと」
「そうだ。で、その中でも一番忙しいのが、土の術師でな」
「あー、魔法陣!」
ライアンがうなずいた。
「大市での注文はウィスタントンが受けてきたが、さすがに今回はギルドを通じて周辺領地にも頼んだぐらい負担が大きい」
「それでグノーム・コラジェを取りに行くんですね」
「ああ。土の術師が行ったほうが採集が早いんだ。でも術師は今、それどころじゃねえからな。代わりに俺がハンターを数人連れて行くことになった」
リンが何かを考えこんだ。
「あの、それ、私も行ってはダメですか? ほら、私もグノーム使えるし」
「あ? いや、リンがグノームを使えるのは知っているが……」
「前から気になっていたんですよ、南の岩山。お茶や薬の材料としてグノーム・コラジェを使っていますし、ほら、今回、七輪の岩もあちらからもらいましたから」
「いや、でも岩山だぞ。リンでは登るのも難しい。それに俺たちは歩いていくからなあ。早朝に出て、一日歩く」
リンの足では難しいと言われ、しょんぼりとため息をついた。
「やっぱりダメですか……。葉の裏に隠れるグノームを探してみたかったんですけど」
ライアンとオグが顔をしかめ、とたんに首を振った。
「いや。言っただろう? グノームは隠れていない。オグと二人で探したのだから」
「そうだぞ。岩山を登ったり下りたり、アルドラに騙されたと気づいたのは、二日目の夜だったよな」
「ああ。さんざん探し回った後でな」
その様子にリンはクスクスと笑った。
「リン、行ってみたいなら、船を出せばいいと思うが」
「船でも行けるんですか?」
「ああ。ウェイ川ほどの大きさはないが、行けなくもない。天幕は相変わらず慌ただしいが、天幕に詰める者も、春から三回目で慣れてきているだろう? 食事処もブルダルー達に任せれば問題ないはずだ」
リンの顔が輝いた。
「行きたい!」
「……オグ達も船なら、早朝に出なくても大丈夫だろう?」
「まあ、そうだが」
「私も行こうと思う」
「おまえもか!」
「えっ、ライアンも? 大丈夫なんですか?」
オグとリンが驚いて聞けば、ライアンはうなずいた。
「各領の領主たちが来領するのはまだ先だ。それに私も行けば、数日滞在しなくても済むだろう。リンもグノームが使えるが……」
そこでライアンがチラリとリンを見た。
「不安だ」
「あっ! ひどい。大丈夫ですよ。グノームは穏やかですし」
「まあなあ……。リンが何かをしでかさないとも限らないしなあ」
「だから、ひどいですよ! 問題児みたいに言わないでください!」
リンの抗議をまるっと無視して、オグがあごをさすりながら考えこんだ。
「ライアンも行くなら、上手くいけば一泊で済むか? いいな。村の民やハンターの負担も少なそうだ」
そこへロクムが問いかけた。
「あの、可能でしたら、私も同行させていただきたいのですが」
「ロクムも?」
「ええ。船で行き、一泊ということでしたら私にも行けそうです。この卓上七輪の石が採られる岩山ですよね? 正式に話が始まる前に一度見ておくのもいいかと。邪魔にならないように致しますので」
「はあ。さすが動きが早いですねえ」
今日実物を見て商売になると判断して、明日には現地を見に行くというのだ。
忙しいだろうに、機を逃さないのは本当に感心する。
大商会を率いている者はこうなのだろう、というより、これだから商会が大きくなったのだろう。
「なるほどな。だが、現地を見るのは少し難しいかもしれないぞ。石の塊を切り出せるのは山でも奥の方で、もう雪が降り始めている頃だ」
ロクムが考え込んだ。
「そうですか。卓上七輪は形もシンプルですし、早ければこの冬の間に少しでも売り出せるかと思ったのですが。……いえ、やはりご一緒させてください。そういう現状も確認したいと思いますので」
「私も行きたいものだが」
「ダメだ」
タブレットの願いは、ライアンが簡単に却下した。
「なぜだ」
「タブレットが動くなら、大勢の供が必要だろう? そんなに大きな船は使えないし、宿泊にも困る」
「大丈夫だ。一人で行く」
「余計にダメだ。問題になるだろう」
二人が言い合っているうちに、オグとロクムはそれぞれ天幕の外に出て行った。
予定変更などを連絡するのだろう。
それを見て、ライアンも立ち上がった。
「シルフを送ってくる」
「はい。いってらっしゃい」
ライアンの背中が天幕の外に消えた。
「全く。ウィスタントンで賢者の側にいるのに、危ないことなどないだろう」
「バクラヴァさんたちが一人で行くことを了承したら、いいのではないでしょうか?」
「はあ……。そちらも難しいな、頭の固い者ばかりだ」
「お供の方に心配をかけてはダメですよ。……お腹の具合はいかがですか? まだ何か食べたい感じですか?」
「そうだな。いや、芋が入っていたので、けっこういい感じだ。……まだ何か出てくるのか? 甘味なら入るぞ」
「あ、いえ、甘味もご用意できますけど、鍋のシメにですね、何か入れようかな、と。小麦粉を水で溶いた団子を煮たら、この旨味たっぷりのスープがからんで、モチモチでおいしいんですよ。最後にちょっと足りないな、っていう時にいいんです。鍋の残りのスープで、翌朝にそうすることもありますし」
タブレットがじっと鍋を見つめた。
「このスープでか。……食べてみたい」
鍋を気に入ってくれたようで、何よりだ。
「じゃあ、すぐ用意しますね」
リンは笑顔でうなずいた。
天幕の外に出た三人も、すぐ戻るだろう。
あの様子だと今日は間もなくお開きになるだろうし、最後はすいとんで鍋をシメることになりそうだった。
活動報告ではお知らせしたのですが、
11月25日に「お茶屋さんは賢者見習い 2」が発売となります。
お読みいただいている皆さまのおかげです。ありがとうございます。
2巻は冬から春に季節が移り、大市が始まります。
詳しくは
https://mfbooks.jp/product/ocha/322107001118.html
にて。
どうぞよろしくお願いいたします。





