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Unexpected Meeting / いろいろと思ってもみなかった打ち合わせ

 続く歓声を背に、リンはアルドラ、ライアンに続いて王宮へ入った。


「はあ~。目の前で見たものがまだ信じられない感じ。緊張も吹き飛びました」


 リンは興奮がまだ収まらないようで、紅潮した頬をペタペタと触った。


「ああ。焼け落ちた森を悲しげに見ておられたから、力を使われたのだと思う」

「子供の頃から聞かされる『ドルーと建国王』の話だけれど、今日のこれも一緒に語り継がれるだろうねえ」

「本当に不思議で、素敵でした」


 リンの足取りはその気分を示すように、踊るように動いている。


「リン。楽し気な所を悪いが、夢から覚めてここから現実だ。打ち合わせにいくぞ」

「はーい。そうでした。……では、ここで失礼しますね」


 ライアンとリンはアルドラに会釈をすると、早足で奥へと向かった。


 王宮の脇にある通用口から一番近い会議室に、リンとライアンに続いて、国王、フロランタン、ウィスタントン公爵が入った。

 

「ライアン、それで急ぎの件とはなんだね?」


 国王が腰を下ろして早々に、問いかけた。


「早朝からライアンに起こされたんですから、よっぽどなんでしょうね?」


 シルフの運んだライアンの声で起こされたフロランタンは、ぶつぶつと言っている。

 夏の社交シーズンも終わりに近く、その最後のイベントである建国祭も今終わったばかりだ。本来なら、ここでほっと一息つくところである。


「ああ。シルフより早く動かねば間に合わぬのだ」


 ライアンが控えていたシムネルに合図をして、木箱を二つテーブルに下ろしてもらう。

 一つは切子のグラス。もう一つは砂時計だ。


「……リンが作り、昨夜もらったものなのですが」


 取り出して、国王から順に手渡していく。

 国王も公爵もそれがリンからのプレゼントだとわかり、目がキラリと輝いた。


「ほう。どちらも優美な……」

「ボスクの手だな」

「精霊道具、でしょうか」


 国王も公爵も、木箱から出て来た繊細な細工に目を奪われている。フロランタンは精霊の力をガラス部分から感じているのだろう。


「リンは精霊石を使いましたが、精霊石である必要はないですね。そのグラスは、キリコという新しいテクニックを使っていて、そちらは後程、献上があるでしょう。打ち合わせが必要なのは、もう一つの方です」


 ライアンが公爵の手にある、グノームの砂時計を指した。


「これは砂時計といいます」

「砂時計?」

「なに? 時計だと? 一体どういう……」

「詳しくは皆が集まってから話します」


 切子や砂時計を手に持ち、光に透かして眺めていると、部屋の入口から声がかかり出席者が顔を見せた。

 たった今、外で見たばかりのウィスタントン王家の者が揃っているのを知り、ぎょっとして大慌てで礼を取る。


「構いません。非公式な打ち合わせです。入って座りなさい」


 入口でつかえてしまうので、フロランタンが声をかけた。

 リンが顔を知っているのは、ボーロとベニエ夫妻にボスク兄弟、ウィスタントン商業ギルドの大市担当者であるトゥイルだけ。それ以外に、年配の者が数名入ってくる。

 戸口で名を名乗り、丁寧に一礼すると椅子に腰を下ろした。

 商業ギルド、ガラス職人ギルド、木工職人ギルド、金細工師ギルドの王都本部、それぞれの長が集まっている。

 さすがに皆、立場的に貴族とのやり取りがあるのだろう。立ち居振る舞いも慣れたものだ。


 全員が落ち着いたのを確認すると、ライアンが部屋いっぱいに風の壁を建て、シルフを払った。


「さて、ここにいるリンの発案で、ボーロとベニエのガラス工房とウィスタントンのボスク工房が協力して、あるものを作り出した。今日はその件で急遽集まってもらったのだが。……ボーロ、いくつか持ってきているか?」

「はい。こちらに」


 ボーロが木箱を開けて、まだ枠が付いていない砂時計を取り出したのを見て、リンは目を見開いた。

 明らかにサイズの大きなものがある。一体何時間計だろうと見ていると、ベニエとボスク兄弟を除く皆に砂時計を手渡していく。中に入っているのはすべて白っぽい砂だ。


「皆が持つのはまだ未完成の品だが、これは『砂時計』という」


 それぞれが手の中のガラス細工を見て、首をひねっている。


「水時計に代わる、()()()時計になる」

「なんと……」

「時計……」


 部屋にいる者は理解したのか、少し目を見開く者、口をあんぐりと開ける者、そしてしばらくして皆が真顔になり、自分の手の中の砂時計を検分し始めた。

 ライアンが目の前にあるサラマンダーの砂時計をひっくり返した。

 キキキン キキキキ。と、微かな音が耳に届く。

 音に釣られてサラマンダーが砂時計に近づき、周囲をぐるぐると回っている。


「ほう。音でも知らせるのか」

「あ、いえ、これは精霊石だからで、普通の砂時計は鳴りません」


 公爵の誤解をリンが慌てて訂正する。


「そうなのか?」


 ライアンまでがリンに確認する。


「そうなんです。後で普通のも試してください」


 そう言うと、トゥイルが自分の砂時計をひっくり返して確認している。


「ふむ。それなら特別注文で、フォルテリアス独自の物として販売も考えられるか……」

「ライアン、もう少し詳しく説明してくれ」


 考え始めたライアンを国王が止め、説明を求めた。


「このように上から下に落ちる砂で一定の時間を計れるものです。水時計と違い、このガラス内ですべてが完結します。『水の石』も必要なく、精霊道具でもありません」

「おお」

「水時計に代わると言いましたが、それは『水時計』よりも優れているということですか?」


 フロランタンが質問する。

 チラリと見まわせば、砂時計を初めて見たギルド長達も真剣な顔で説明を聞いている。


「少なくとも、石の交換や受け皿を取り替えたりという面倒はなくなり、精霊道具でもないため、どこでも誰でも使用しやすいものになる」

「なるほど。それは確かに……」

「より広がり易くはありますなあ」

「逆に言えば、どの国でも職人に技術さえあれば、模倣ができてしまう」


 うなずいていたギルド長達がハッと息を呑んだ。

 他国に作られる前に、作って売れと言われているのだ。

 

「あの、よろしいでしょうか」


 商人ギルドの長が、おずおずと発言の許可を求めた。


「売り出しはいつからを考えておられますでしょうか」

「秋の大市から一気に始めたい」

「秋、ですか……」


 並ぶギルド長達がそろって難しい顔をした。

 すでに夏の終わりだ。秋の大市までひと月もない。


「た、大変恐れながら、細工にはかなりの時間を要しますもので……」


 金細工師のギルド長が恐縮しながら言う。

 隣でボーロの作った砂時計を縦にし横にし、そしてひっくり返して検分していたガラス職人のギルド長も首を振った。


「これだけのものを歪みなく正確に作れる職人は多くおりませぬ」

「ああ。わかっている。まずガラス部分だが、秋の大市の間だけで良いので、ボーロとベニエ、それからこれを作成できる職人にウィスタントンに来てほしい。工房は私が責任を持って用意する」

「なんと!」

「いや、しかし……」


 言われたボーロ達より、なぜかギルド長達がうろたえている。

 リンがそっと手を挙げた。


「あの、そこまでしないと間に合わないのでしょうか」


 なんだかリンが思っていた以上に、職人達が忙しくなるような気がする。


「ああ。恐らく。リン、砂時計はどこで使われると思う?」

「あ、はい。お茶を入れる時間を計る、調薬の時、厨房で使ったり、あと、えーと、どんなとこがあるかな……」

「航海中の船上」

「会議の終了を知らせたり」

「精霊道具の検証でも使えるな」


 口ごもったリンに、ライアンとフロランタンから手伝いが入った。


「フォルテリアス国内貴族からの注文は急ぐ必要はない。留学に来る者の中には領主お抱えの細工師もいるだろう。各家の要望を聞き、冬の間にゆるりと作ればいい。秋に仕上げて欲しいのは、主に実務の場で使うもの、それと国外向けになる」

「なるほど……。しかし、それでもかなりの数になりますでしょうなあ」


 ギルド長達の眉間の皺はまだ取れない。


「この砂時計はブリンツさんの設計で素晴らしい芸術品となっていますが、料理人ですとか船員ですとか、実務には頑健で、装飾の少ないものがかえって良いように思います。国外の注文にはそういうものも含まれますよね?」

「ああ。もちろん、国外の貴族、富豪向けの注文も入るだろうが……」


 ブリンツが軽く手を挙げた。


「私はエストーラに居りました時、父と共に国内外の王族、貴族方からのご注文を承りました。納品までに半年、一年とかかることも多く、皆様、細工に時間がかかることはよくご存知でございます。ですので、秋に最も急がなければならないのは、リン様のおっしゃる実用的で、装飾の少ないものかと存じます」


 リンがコクコクとうなずいた。


「なかでも船からの注文が多いと思っている。大市のために集まる船、ラミントンや王都に入る船すべてから注文が入ってもおかしくない」


 ギルド長達がぎょっとして、目を見開いた。

 リンもだ。

 商業ギルド長が発言を求めた。


「発売時期をずらして、春にするというわけには参りませんでしょうか。十分な準備期間が取れると思いますが」


 ライアンが首を横に振った。


「難しいと思われる。昨夜、これは私的な場で披露されたのだが、タブレット・タヒーナが同席していた。すでに大市の終わりまでに欲しいと表明されている。恐らくロクム・クナーファも」

「おお。クナーファ商会が……」

「ふむ。すでにお披露目されているのですか……」


 トゥイルは感嘆の声を上げ、商業ギルド長が顎に手をあてる。

 誰もがその「私的な場」がなんであったのかに気づき、心の中でニンマリとする。

 公爵に至っては頬までも心の内を表すようで、ヒクヒクと動いている。


「細工については、もともとボスク工房への留学で、ウィスタントンに人が集まることになっている」


 金細工師と木工職人ギルドの長はもちろん知っていて、揃ってうなずいた。

 

「必要であればこちらも大市の期間だけでも人を増やし、実務用の砂時計を製作できればと思っているが」

「そうでございますね……。我々をお呼びになられたということは、ウィスタントンだけではなく国の産物としてお考えでしょうから、すべてに利があるように分配を決められれば、商業ギルドとしては問題ございません」


 商業ギルドの長がまず頷いた。トゥイルも並んで、メモを取りながらうなずいている。

 

「こちらも職人には苦労を掛けるが、新しい物を世界に先駆けて作るという、またとない機会であることもわかります」


 金細工師と木工職人ギルドの長も、顔を見合わせてうなずき合う。

 クグロフが手を挙げる。


「リン様に教えていただいたのですが、実務用のものは、ガラス部分が木製の柱で保護されれば良いようでした。見習いの練習にもなりますので、多くの職人が携わることができるかと思います」

「そうです! 木製や、水気のある船の上で使うなら、黄銅なんかで、こう覆うように作ると頑丈でいいかもしれないですね」


 リンは手を動かして見せながら説明する。


「あと、一分、二分、三分とか、三本を並べて一つの枠に入れても、一分毎の経過がわかって便利です。一つの砂時計にくびれを多くしても同じような効果がつけられますし、あ、枠のない自立型の砂時計もありますし、中の砂が、」

「リン、待て」


 隣に座るライアンに腕をポンっと叩かれ、リンはピタリと止まった。

 見回せば、目の前に座る職人達はいい笑顔で見つめてくるし、ギルド長達はポカンと口を開けている。


「あ! 時間がないと言っているのに、さすがに今言っても無理ですよね……」


 ライアンが口の端を釣り上げた。


「この際だ。後から出てくるより、今聞いておく方がいい。どうせなら全部言ってみたらどうだ?」

「でも、中にはより正確さが求められる、難しいのもあると思いますよ?」

「リン様、構いません。 職人ってえのは納得のいく物ができるように、日々、技を磨くもんです。今日出来なくても、明日出来るようになるかもしれません。かえっていい目標になりましょう」


 ボーロが言えば、ブリンツもクグロフも、そして細工師や職人ギルドの長達も、大きくうなずいた。


「えっと、ではですね……」


 リンはそれから、思いだせる限りの砂時計の説明を続けた。

 

話がなかなか進みませんね。あと少しでヴァルスミア、かなあ。

リンが塩辛を作ったのでイカが食べたくなり、塩辛ではなく、トマトソースの洋風イカ飯になりました。(醤油が切れていた!)そのうちリンが作るかも。


お知らせです。

なんとですね! このお話の書籍化が決まったのです。

信じられなくて、部屋の中を三周ぐらい、熊のようにぐるぐる歩いたのをご報告します。


途中で途切れそうになった時も、辛抱強く待ってくださった皆さまのおかげで、

最後まで完結させないと、と、再開できました。

ここまで読んでくださっている皆さまのおかげです。


詳しくは、またお知らせしますね。

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巴里の黒猫twitterでも更新などお知らせしています。


― 新着の感想 ―
[良い点] 書籍化おめでとうございます! 何度も何度も、読み返す大好きなお話です。 なぜ書籍化されてないのかなぁと思っていました。 手に取るのを楽しみにしてます! [気になる点] もちろん、続きも…
[一言] 活動報告でもコメントしましたが 書籍化本当におめでとうございます。
[良い点] 書籍化!!おめでとうございます! いつなっても可笑しくないと思っていた作品なので、嬉しいです。 リンや精霊がどんな感じのイラストになるのかも楽しみです。 絶対買います! リンの暴走にいつ…
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