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The blessed day 2 / 建国祭 2

 建国祭には王宮の正門が開かれる。

 王宮を出入りする者は脇にある通用口を使うので、普段ならこの門が開かれるのは王家の人間が出入りする時だけである。

 リンやライアンは奥まった離宮を出入りするのに便利だからと船を利用しているが、森を背負った王宮から街の中心までは広い通りが一直線に続いており、馬車を使うのが一般的だ。


 今日の儀式に集まるのは貴族だけではないので、街から乗り合いの馬車が何度も往復して人を運んでくる。

 誰もが一番の晴れ着を着て、早朝から開門を待ち構えていた。

 騎士によって正門が開かれると、口々に挨拶をしながら門をくぐる。


「おはようございます。騎士様にドルーと精霊の加護を」

「ああ。皆にも同じように。そして加護に感謝を。……今日は皆、早いのだな。右から、順序よく詰めていくように」


 

 毎年のことだから慣れたもので、前方を広く開けて並んでいく。

 今年は例年以上に集まりが早かった。


 三人の賢者が揃うのはそれだけでも素晴らしく、様々な噂が飛び交っていた。

 そこに、なんと建国の精霊、ドルーが姿を現したというのである。

 ヴァルスミア以外の場所に住む者は、建国神話でしかその存在を知らない。

 もしかしたら、またお姿を現されるかも、と、夜明け前から待っていた者もいた。


「今日は賢者様方が揃われるのかしら?」

「ああ。ライアン様はご成人の日以来になるだろ。大賢者様も嬉しいだろうなあ」

「暴れん坊のサラマンダーを抑えた見習いさんは、もう大丈夫なのかねえ」

「おう。街中の火と水の加護持ちが薬を持っていないか聞かれたらしいぜ。鍛冶屋が言ってた」

「義妹が術師ギルドにいるだろ? 見つからないって、疲れて戻ってきたぜ」

「……それはそんなに珍しい薬なんですか?」

「お? いや、よく知らねえが、結局ドルー様だけが用意できたんだもんよ。きっとヴァルスミアの森の薬草とかなんじゃねえのか?」

「さすがドルー様だよ。見習いさんは火事を消して、皆を救ったんだ。命が助かって良かったよ。ご加護に感謝だ」


 口々にドルーや賢者の話をしながら、順序良く並んでいく。

 儀式の時間が近づき、空いていた前方に国外からの賓客や各地の領主一族といった貴族の参列者が到着し始めると、元気よく話していた街の人々は声を抑え、場が静かになっていった。


 ホルンの音が鳴り響いた。

 前庭から十数段の石階段があり、その先に王宮がある。

 その大扉が両側から開かれると、まずフォルテリアスの王族が姿を現した。

 前庭に集う人々の頭が波のように揺れ、(コウベ)を垂れていった。





 

「面をあげよ」


 シルフが声を響かせると、一斉に頭が前を向き、そして騒めきが広がった。


「ん? どうしたんでしょうね」


 前庭から伝わる戸惑いと少しの興奮に、リンは首を傾げた。


「立ち位置がいつもと違うからねえ」


 アルドラが答えた。


 建国祭の儀式は、ドルーがその一枝を授け、建国王とその民に加護を与えたという建国神話になぞらえたものだ。ドルーの代わりとして賢者が王にオークの一枝を渡し、王が加護に感謝をし、正しく豊かに国を整えて行くことを再度誓うという儀式である。

 前庭から見て左手に王族、右手に賢者が立つのだが、今日は王族も賢者も左手にいる。


 王宮の背後に広がる森の方から、すうっと清々しい風が流れてきた。

 精霊達もその風に誘われるように、ふわりと舞い上がり上空を飛び回っている。

 ヴァルスミアの聖域に入った時のような澄み渡り、瑞々しい感覚が広がった。


「気持ちいいですねえ。森の香り。ああ、これ、ドルーの、オークの香りです」


 リンは空を見上げ、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。

 その時、前方に濃緑のローブ姿のドルーが姿を現した。

 

「ドルー様だ!」

「ドルー様! ドルー様!」


 うわーっと沸き起こる歓声。

 手を振る者、口に手をあて涙を流して喜ぶ者、その場で跳ねる者といろいろだ。

 ドルーは民の歓声を聞きながら、ゆっくりと見渡している。


「まさかドルーが儀式に出てくれるとは思わなかったねえ」

「嬉しいですね! 『ここに来るも久しぶりじゃ、残るかの』っておっしゃってましたよ」


 アルドラとリンが話すのを聞きながら、ライアンは思い出していた。

 リンがドルーに、建国祭はドルーがオークの枝を授けたのが再現されるらしいですよ、と伝え、同時に、もうすぐだからご一緒しませんか、と誘いをかけた。

 その誘いに相好を崩し、快諾したドルーを覚えている。


「……リンの誘いに残ってくれたのだから、よく見ているといい」

「はい!」


 しばらくして、ライアンが一歩前に出た。


「シルフ、エクストレンダム(拡声)。『静粛に』」


 風に乗り運ばれる声に貴族は正式な礼を取り、平民も頭を下げていく。帽子をかぶっていた者は慌てて脱ぎ、帽子ごと胸に手をあてた。


「『本日の儀式はドルーが直接に執り行われる。ドルーと精霊に感謝を!』」


 その声に、また歓声が上がった。


 ライアンが下がると、ドルーの前に国王が進み出て跪いた。

 アルドラ、ライアン、リンはその間に一歩引いて立ち、儀式の立会人のような形になっている。


()()()()()()()()、約束通りによく民を導いておるようじゃの」

「即位の時にした誓いを、忘れたことはございませぬ」

「ふむ。……其方の血脈には、義理堅い者が多いのじゃな。良きことじゃ。我らの声を聞く者と協力して、これからも歩むがよい」


 ドルーが手を前に出し、風にローブの袖が舞った。

 手首を返すとその手に、一枝のオークが握られている。


「これを其方に授けようぞ」

「『ドルーと精霊のご加護にて、この地は豊かに民は飢えることもなく、日々過ごせております。私、フォルテリアス国王、オランジェット・ウィスタントンは建国王より続く精霊の慈愛とご加護に感謝し、驕ることなく、民と共に歩んでまいります。……ドルーと精霊に、心よりの感謝を』」


 国王の声は、感激に少し震えていた。

 その誓いは拡声の精霊道具によって、前庭の隅にまで届いている。

 一枝が国王の手に渡ると、ひと際大きく、空気がビリビリと震えるような歓声が巻き起こった。

 国王が立ち上がり、ドルーの側に控えて民の歓声に手を挙げて応えていると、ドルーが楽し気に言った。


「その一枝はリンに聞いて、センスとやらにするが良い。リンは良き物を作る」

「センス……。か、かしこまりました」


 ドルーも扇子を気に入っていたのだろうか。

 思ってもみなかった枝の使用方法まで伝えられ、ライアンが言った通り、リンは精霊によっぽど気に入られているらしいと、国王はおかしく思った。


「リン」

「はい。ドルー」

「民が我を歓迎してくれているのがわかる。そこでじゃ、一つ頼まれてくれんかの?」

「なんでしょう?」

「ほれ」


 ドルーが袖を翻すと、その手にまた一枝のオークが握られている。


「これをじゃの、その辺りに差してくれんかの?」


 ぱっと手を出され、リンは思わず受け取ってしまった。


「えっ! えーっと、ドルー、その辺りってどの辺りでしょう?」

「ふむ。そうじゃな」


 ドルーが右足でポンっと大地を叩くようにすると、ドルーの足元から広がるように光の道が描かれた。

 あちこちで枝分かれして延びている。


「えっ。うわーっ」


 中庭に集まる人も気づいたのか、ぼんやりと光る地面を見降ろしキョロキョロとし始めた。


「おや、これは地脈かね?」


 アルドラは知っているようだ。


「うむ。我の力が通りやすい道じゃな。ほれ、グノームよ、リンを手伝ってくれぬかの?」


 グノームがコクリとうなずいて、リンを連れて行くように階段を下り始めた。


()()()()()よ、ほれ、其方もじゃ」


 ドルーはもう一度袖を返すと、さらに一枝をライアンに差し出した。


「……かしこまりました」


 指し示され、ライアンは右に下りたリンの反対側、左の方へと向かった。


 グノームが階段下の右脇の辺りでピタリと止まった。

 地脈の上、ぼうっと光を放っている場所だ。


「ここ?」


 グノームは大きくうなずき、その上でくるりと回ると、土にポコリと穴が開いた。


「ここに差せばいいのね」


 オークの枝を穴に差し、土を戻し手で土を固めるように叩いた。

 ふと見れば、ライアンは階段の反対側、リンと対になる位置に枝を差している。


 階段を上りドルーの側に戻る。


「ふむ。では、やろうかの。……オンディーヌ、水を少し頼むぞ」


 ドルーが空を見上げ、両手を挙げると、両袖を一度翻した。

 森から風が吹き込んでくる。

 風の中に力を感じる者もいるようで、リン達と同じように空を見上げている。


「すごいですねえ。力が線じゃなくて、面で広がって来るみたい」

「ああ。私も初めてみるな」


 その力がドルーの元に集まったと思うと、今度はその足元から光の道を通じて、一気に広がった。

 地脈が放つ光が強くなり、その中を水が流れるように力が動いていく。


「うわーっ!」


 大きな流れに、誰もが周囲を、大地を見回した。

 

「リン、差したばかりの枝が成長している」

「ほんとだ……」


 ライアンがオークの枝を指した。

 ドルーの袖が二度、三度と翻る度に、枝もぐんぐんと高く、太く伸びていく。


「ドルーが建国の際に行った、加護の御業だろうかねえ」

「これが……」


 アルドラが感心したように言う。

 リンもライアンも圧倒される光景を前に、ただ見回すばかりだ。

 周囲の人間も静まり返って、光る地面を、育つオークの木を見ている。

 

 ドルーが手を下ろした。地面から光が消えていく。

 オークの枝は、リンの背の高さぐらいまで伸びている。


 さっと、国王がドルーの前にひざまずいた。

 前庭にいる貴族の前列の方から、また頭を深く下げ、礼が取られていく。


「ふむ。このぐらいで良いかのう」

「ドルー、すごかったです! 本当に」


 リンの頬は紅潮し、目がキラキラと輝いている。


「そうか、そうか。これらもまた長き年月をかけ大樹となり、この国と共にあるであろうよ。……焼けてしまった森の辺りまで、力を延ばしておいたからの。少しは役に立つであろう」


 国王が頭を下げた。


「ご配慮誠にありがたく、感謝申し上げます」

「うむ。久しぶりで、すこおし疲れたかのう。しばらく休むとしよう。……アルドラ、健勝で過ごせよ。リン、オーリアン、ではまた森での」


 そう言い残すと、ドルーの姿がふっと消えた。

 ふわりと風が巻き上がり、リン達のマントを揺らす。


「ドルー、ありがとうございましたー!」


 リンが空に向かって叫ぶと、割れんばかりの歓声が上がった。


「「ドルー様!」」

「「「ドルー様、ありがとうございました!」」」


 民からドルーへの感謝の声は、いつまでも続いた。


 思いもよらなかったドルーの御業が見られたこの年の建国祭は、フォルテリアス建国神話とともに、長く語り継がれることとなる。

オーリアン=ライアン  オーランジェット=オランジェット

ともにドルー独特の呼び方。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 何度目かの読み返し中で、 最新話の侵入者さんってたぶんこの一行だけ紛れてる人だよな〜と思いながら読んでいます。 『父と慕っている人のナンタラ』の薬を探してるんだろうな〜 確かに薬は珍しい…
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