A honey, ginger, and cinnamon tea to warm you up / 貴方を温めるハニー・ジンジャー・シナモンティー
冬至まであと二日となった今夜は、一年のうち、満月が最も高く、長く頭上にあるという。
リンがこの世界に来たのは、ちょうどひと月前の満月だった。
今夜もライアンは水の浄化石をつくるために、聖域に入っている。
この精霊儀式は聖域でしかできず、つまりライアンか、師匠のアルドラにしかできない。
一昨日まで続いた吹雪が終わり、今日は運よく晴れて、大事な日に満月が隠されることがないのは喜ばしいが、こんな風にきれいに晴れた日は冷え込みがきつい。白く冴えた光で明るい中、風がサラサラの雪を宙に舞い上げ、キラキラと光っている。
「夜明けまでいることはないだろうけど、凍えそうだよね……」
外の様子をのぞき見ながら、リンは肩をすぼめる。
昨日、儀式のために騎士が聖域手前まで道を付けていたが、雪もだいぶ深かった。
慣れているハンターでもない限り、雪の多くなるこれからの森に入るのは自殺行為だ。こんな時でもないと入れない、と、リンは騎士に同行した。
こちらに来たばかりの頃、森の小道から外れないように、と注意をされた。
それにもかかわらず、森の入り口から二、三十歩のところで小道からはずれたとたん、木の下で雪にすっぽりと腰まではまってしまった。
赤い実にしか目がいっていなかったのだ。
もがいているところを砦の騎士にひっぱりだされたが、次にどこかで一人ではまったら、助け出されないかもしれない。
まあ、採集できる物もこの季節はないけれど。
運良く助かっても、ライアンのあの長いお説教はもうごめんだ。
窓の外をチラチラと眺めながらも、どうにも落ち着かない。
お湯はすぐ沸くよねと、また立ち上がる。
森からでるライアンの姿が見えたら、すぐにお湯を入れようと待ち構えているのだ。
広西壮族自治区で見つけた、黒と金の混じった大きな茶葉が美しいGui Hongは、最近ライアンのお気に入りだ。
アプリコットやリンゴを煮たような、ほのかな甘い香り。タンニンがあって、口の中にしっかりと感じるボディがあるのに渋くなく、丸みがある。ミルクを入れても力負けしない。ティーカップに赤いきれいな水色が映えるのもいい。
今日は寒いから、これに温まるスパイスを入れてあげよう、とすでに準備万端だ。
乾燥ショウガとシナモンを薬事ギルドで見つけたのはラッキーだったと、また窓を眺める。
「リン様、落ち着きませんか? 先ほどから窓と暖炉を三回は確認されていますよ。ライアン様はおそらく後一刻ほどは戻らないでしょう。浄化石はできる時になるべく多く作らないとなりませんから」
居間に入ってきたシュトレンの、笑みを含んだ声がした。
「でも今夜は思ったより冷えてきましたよ。水に落ちたら凍えるし、一人で入るのは危なくないですか?……やっぱり私もついて行けばよかったですかね。私は聖域にも入れますから」
「私も護衛を、というのですが、慣れているから必要ないとおっしゃるのですよ。それにリン様について行かれたら、ライアン様が儀式を早く終わらせなければと焦り、かえって落ち着かないでしょう。昨日も知らないうちに騎士の雪かきについて行って、心配をかけていらしたではありませんか」
今度は少し呆れたように言われてしまった。
「リン様、待っている間にお風呂に入ってきたらいかがですか?火の石をいただいたのでしょう?シロがきっと待っていますよ」
「シロはちゃっかり湯舟の前で待機して、洗えと催促するんです」
リンとシロがよくお風呂に入るので、そして未だに火打石が使えないので、ライアンが火の石を作ってくれた。
サラマンダーの加護がありながら、火打石が使えないのはどういうわけだ、よっぽどの不器用か、と眉間にしわを寄せながら。
それは火打石のように火花が飛ぶものではなく、石そのものが熱を持つものだった。
赤く透明な火の石は、これもコロンとした卵型だ。
石同士をカチンと軽くうち合わせると、熱を発しはじめる。二回打ち合わせると冷める。二つをそれぞれ別の手に持っていると、温かいと感じるぐらいだが、石同士をくっつけて布袋に入れると触れないほど熱くなり、水に入れるとお湯も沸く。
お風呂だと二つか三つを合わせて使うと、ちょうど適温になる。
熱を放出しなくなったらまた火の中に入れて、火の精霊への加護を願う祝詞を言えばいい。
ユール・ログの切りだしの時に、ハンターが自分の木のカップにワインをいれ、そこに直接焼けた小石を放りこんで温めているのを見て、思いついたらしい。
始まりはリンの風呂だが、これは画期的な精霊道具になるのではないだろうか。
雪中行軍の騎士やハンターが、火の使えない場所でも自身や飲み物を温められる。雪の中で働くきこりもそうだ。病人だって身体を温められる。
そう、ライアンにいったら、今の風呂用に作った卵サイズでは使い勝手が悪く、うずらの卵サイズでも水桶一杯は軽く沸騰させるだろう、という。
風呂ででも検証してみるように、とリンに課題がだされた。
ここから実際の精霊道具になるまでが難航することも多く、実現不可能と挫折する精霊術師も多いそうだ。
火の精霊の加護がなくとも、誰にでも使えるようにしなくてはならない。
合図による熱の発生と消滅、熱の制御、複数回使えるように、と複雑なコマンドの魔法陣が必要になるらしく、ライアンはリンの検証の間に考えるという。
サラマンダーが苦手な水中で力を発揮させ、かつ、制御するのが特に手を焼くところで、かなり高度な石なのだが、とライアンは難しい顔をした。魔法陣もだが、まずこの石を作成する段階で火の術師がたいそう苦労するらしい。
その上で、安全性、他国に渡り悪用されないか、精霊術師の負担と継続的な報酬、他業との兼ね合い、なども十分検討されて、はじめて道具として世にだすか決めるそうだ。
「お風呂はこの髪紐を作ってからにします。クグロフさんがビーズを届けてくれたので」
シュトレンにビーズをみせた。
精霊たちがシロの首輪に嫉妬して、ライアンの髪紐をぶつりと切ってから、三つの髪紐が犠牲になった。
リンが同じものをつくる、といっても、さすがにシロの首輪と一緒なのは使いにくいし、まずいだろう。
ライアンにふさわしいようなもの、精霊が喜びパチンと切らないものを、と、シュトレンに相談して材料から悩んだ。
ライアン専用の糸が『レーチェ』には常にストックされており、それを館の専属の仕立て人が衣服に仕立てる、と聞き、足を運んだ。
「おや、金糸にしたのですね。それに茶を合わせるのですか」
「ええ。この茶色はオークの樹皮の色なんですよ。『レーチェ』と取引のある染色職人さんですけど、オークで染めることはまずないから、大変光栄でよい勉強になったと喜んでいたそうです。まだ糸はあるので使ってください。はじめはこげ茶一色の予定だったんですけど、マントの刺繍に使った残りの金糸があると出してくださったので、合わせてみようかと」
太めのシルクの糸を選び、それを染めた。金糸もやはりシルクに金箔を巻いてあり、太さがリンの選んだシルクの糸とちょうど合う。
「オーク染めですか。それはドルーも精霊も喜ぶことでしょう」
「ええ。暖かみのある、いい色に仕上がったと思います。これでいただいたオークは樹皮まで全部使えました。金は精霊が光るものが好きというので、喜んでくれるといいのですけど」
「美しいものが好きですからね。このビーズも小さいですが、曇りなく透明で、素晴らしいです」
リンはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「これ、実は精霊の石なんですよ」
「精霊石ですか!それで四つなのですね。美しいのは当然ですね」
「クグロフさんがすぐ穴を開けてくれて。シロの首輪のビーズも、彼が森で見つけた石を磨いてつくったそうなんです。精霊たちも自分の石がついていたら、糸を切れないんじゃないかと思って!」
得意そうにリンは笑った。リンなりに考えてつくった髪紐だ。
細い平結びで、真ん中をこげ茶にして両側の部分に金がのぞく。青、赤、緑、黄色の精霊石のビーズがひとつずつ途中に編みこまれている。
「できた!」
ライアンが戻ったのは、リンが髪紐を仕上げ、お風呂から上がった後だった。
「おかえりなさい!温かいお茶をすぐ入れますから、暖炉の前で待っててください」
「ああ。ありがたい。今夜はだいぶ気温が落ちている。息まで凍りそうだった。リン、聖域の中まで雪かきがされていたが、昨日は聖域にまでいったのか?足元が雪で見えないのに、湧き水に落ちたら危ないだろう?」
シュトレンは笑いをこらえるような、微妙な顔をしていった。
「ライアン様、先ほどリン様も、ライアン様が水に落ちたら凍える、と同じことをおっしゃっていました」
「君ではないから、水には落ちぬ」
「ひとこと余計です。それにシロも一緒でしたから、一人ではないです。はい。今日は、スパイシーな紅茶にしてみました。温まりますよ。シュトレンさんもどうぞ」
カチリと音をさせて、リンがテーブルにカップを置いた。
ふんわりとあがる湯気は甘く、シナモンが香る。
「これはシナモンと蜂蜜か?ちょっと辛みがあるが」
「ジンジャーのパウダーです。ピリっとして温まるので、冬にはぴったりです。ミルクを入れても合います。これ、お茶はいつものGui Hongですよ」
「いつもはストレートだが、こういうのも時にはいいものだな」
暖炉の木が爆ぜる音、オレンジの火の暖かさに、この紅茶はひどく似合う。
冬の至福の一杯というものだろう。
ライアンの凍っていた身体から緊張がほどけていくようだ。肩の力がぬける。
リンが手をすっと差し出した。
「はい。髪紐できました。これはもう切られないはずです」
ライアンは美しく編まれたそれを手に取り、驚いて見つめた。
「これは、精霊石か」
「ええ。水、火、風、土の精霊石をビーズにしてもらいました。糸はオークの樹皮染めの糸に、マントと同じ金糸です」
「驚いたな。オークに精霊石とは」
リンがこのようなものを考えて、作れるようになっていることに、ライアンは驚いた。
精霊術のこともしっかりと教えてはいないのに。
そうと気がついてライアンは、はっと顔をあげた。
「昨日はこれを作りに聖域に行ったのか」
「ええ。精霊たちがとっても協力的でしたよ。あなたたちの待っている髪紐をつくるから協力してくれっていったら、すぐ。シルフは風で雪を払い、オンディーヌは水で川の雪を溶かし、サラマンダーは火を起こし、グノームは土を柔らかくして。よっぽど欲しかったんでしょうね。目の前で景色が変わりました」
リンは歌うように言った。
「よく小さい石になったな」
「ええ。小さなフォルト石の核をさらに砕いて使って、これは髪紐にするから、小さいのにして!大きくしたらいつまでも紐ができないよ、ってお願いしたらやってくれました」
「それで精霊が言うことをきいたのが驚きだ。水と火はわかるが、風と土は、まさかあの祝詞をつかったのか」
「ええ。それしか知らないですもん。風はライアンが子供の頃に凧揚げしたやつで、土はライアンが疲れて椅子をつくったやつです」
とうとうリンは笑い出した。
何度きいてもおかしい。どこの誰が凧揚げのために、風の祝詞を新しく編みだすだろう。
「やっぱり思ったんですけどね、精霊もライアンに、とっても甘いですよね。ちゃんとそれに協力するんですから」
「君にほどではない。私はそれでも正しく祝詞を使った。君は何もいらないだろう?」
「どちらも同じだと思われます。オークとビーチの木がどちらの方が背が高い、と比べているようなもので」
シュトレンが一番客観的な判断をくれる。
「さ、貸してください。結びます。髪の上で見たいです」
リンはシュトレンに櫛を借りて、ライアンのシルバーの髪を束ねた。
いつも以上に光が髪の周りで飛び回っている。喜んでくれているようだ。
「いい感じだと思いますよ。光っていますし」
「ああ。この辺りでシルフがくるくる回っている。ありがとう。いいものだと思う。ドルーも喜ぶだろう」
「喜んでいただけたのなら、何よりです。皆にきいて、助けてもらったんですよ」
ほっとした。夜もだいぶ更けて、かなり眠い。シロが部屋で待っているはずだ。
「そろそろ上にいきます。また明日。おやすみなさい」
「ああ。お休み。精霊の加護が眠りとともにあるように。遅くまで悪かった。それから、ありがとう」
リンがいろいろと考え揃えてくれたことが分かり、ライアンは心から温まったように感じる。
紅茶を飲んだ時以上に身体が熱くなってきた。
部屋を出る前にリンが振り返った。
「あ、そうだ。ライアン、紅茶に入っていたシナモンとジンジャー、例の、身体が温まって、男の人が元気になるやつですよ。おやすみなさい」
ライアンには思い当たることがあった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
twitter (@KuronekoParis)を始めまして、
お茶とか、お茶とか、お料理とか呟いています。
ここに出てくるライアンの好きなお茶の写真なども上げています。





