What I want / ほしい物 2
少し前に 1も上げています。
ハンターズギルドに戻ると、オグと一緒に腕のいい職人だというクグロフが待っていた。
ひょろりとした、まだ若い男だ。リンより若いかもしれない。
「細工のお仕事をいただけると伺いました。クグロフです。よろしくお願い致します」
「ああ、リン、聞いてなかったが、オークを何に加工するんだ?」
「ええと、いくつかあるんです。私、たくさんいただいてしまったので、ユールに燃やす以外に、なにか手元に残るものを作りたいんです。一部を平たい木皿にして、一部を籠に、残りをブラシにしたらどうかな、と思っています」
「皿でしたら、一オーク程度の木で三つできます。横に丸太を切ると皿がひび割れやすくなるので、こう、縦に三つに割って、そこから皿をつくります。籠も問題ございません。オークの籠でしたら、大変丈夫な、何十年と使用に耐えるものができあがります。ただ、申し訳ございません。『ブラシ』というのは作ったことがないので、どのようなものかわからないのですが」
リンは背負い籠を引き寄せ、中から猪の毛と、コスメポーチからブラシと歯ブラシを出してみせた。
「えーと、これなんですけど……。昨日、硬くて使いみちがないから、と、いただいたフォレスト・ボアの毛皮です。それからこれが、私の国で使っているブラシです」
リンはこちらにきてから、ブラシを見たことがなかった。アマンドが毎朝使って、リンの髪をまとめているのも木の櫛だ。
「拝見してもいいですか?」
クグロフはブラシを手にとり、角度を変えて真剣な目で見始めた。
「この小さい方は猪の毛ではなくて、私の国独自の素材です。でも、この大きいのは猪の毛だと思います。このようにここに並べて穴をあけて、そこに、猪の毛を埋めてあります」
ブラシを見たことがなさそうだが、作ってもらえるだろうか。
毛の部分をさわり、自分の上衣のポケットから鉄の棒を出し、ブラシにあてて何かを確かめている。
「作ったことはありませんが、原理はわかります。毛を半分に折って入れてあるみたいです。この上の白い部分が根元でしょう。毛の処理も大丈夫です。角度を適度につけてある穴がうまく開けられるかと、毛の部分に微妙な段差があるので、そこが難しいですが……できると思います。木皿と籠はそんなに時間はかかりません。手元にある工具で問題なくつくれます。ただこのブラシは、工具を整えて、少し試作をしてからでないと、満足のいくものを作るのは難しいかもしれません」
しばらく眺めていたクグロフは、ひとつうなずいて、そういった。
「急いでいないので、時間がかかってもいいのです。良かった。えーと、この毛でできるだけ作っていただきたいんです。いくつできるかも、わからないですけど、できるだけ。本当はこの小さいのは、豚とか馬の毛がいいんですけど……」
「リン、この小さいのは何に使うものだ?」
「これは歯を磨くんです。こうやって。だから猪より柔らかい、豚毛とかの方がいいんです」
「豚毛だったら、簡単に手にはいると思うぞ。猪もたぶん、もっと必要ならあるぞ。そのあたりは捨てるものだからな」
「え! じゃあ、作って欲しいブラシなら、けっこうあるんですけど……」
「けっこうだと?! ブラシでか? リン、すべて作れるかどうかはともかく、どんなブラシが欲しいかだけでも言ってみろ」
それからリンは、髪をとかすブラシ、歯ブラシ以外に、ボディブラシ、フェイスブラシ、服用のブラシ、皿洗い用ブラシ、シロの毛をすくブラシ、靴みがき用、と思いつくものを言っていった。こんな形で、いくつ欲しいか、毛の硬さはこれぐらい、木も毛も他の加工しやすいものでもいいし、と思いつくだけ。
クグロフも真剣に、ブラシをどう使い、どのような動きをするのか、毛の長さはどの程度必要か、リンの手の大きさ、誰が使用するのか、と細かく質問をしていった。
「よくまあそんなに出てくるもんだ」
最後にはオグも呆れて、吐息をついた。
「このようにたくさんの仕事を、難民である私にお任せいただけるのですか」
クグロフは声を震わせて言った。
「私も難民ですから」
そうリンは答えた。
木皿と籠についても希望をいって、オークの木を工房に取りにきてもらうようにお願いした。
ブラシに関しては、ひとつに時間がどのぐらいかかるかもわからず、現時点で料金がでない、手付金も少し必要になるといわれ、オグがクグロフと挨拶がてら、ライアンと話してくれるという。
「これは国を買うんじゃないから、先に言わなくても大丈夫だよね……」
家に戻り、リンは買ってきたヘンプの糸でシロの首輪を編み始めた。リンに編めるのは、茶壷(中国茶むけの急須)の蓋と取っ手をつなぐのに使う、平結びぐらいだ。平結びだと細いから組み合わせて、七宝結びにすることにした。真ん中にビーズも入れると、淡い色合いの中に、いいアクセントになった。
青と黄色と緑の、幅が二センチぐらいの首輪だ。
「シロ、きれいなのできたよ。シロの目の色と一緒にしたけど、どうかな?」
その後、結局リンはもうひとつ作ることになった。
シロと階下に降りていくと、ちょうどライアン達が休憩を入れるところだった。
今日ハンターズギルドでお願いしてきたオーク細工のこと、職人のことを報告しながら、紅茶を入れてシュトレンと配っていると、ライアンの髪紐がバチンと切れた。とっさに紅茶につかりそうになったライアンの髪をハッと手にとって、背に流す。
「サラマンダー! 何をする。シルフもだ。引っぱるんじゃない」
「ライアン様の髪に触れられるのですか!」
「街がひっくり返ってないか確認したほうがいいでしょうかね……」
「これは館に連絡を致しませんと」
さほど驚くべきことではないだろうに、ライアンの髪ひとつで、どうしてこうなるのだろう。
「あー、リン、どうやらシロの首輪に嫉妬して、焼き切ったらしい。精霊は美しいものと光るものが好きだから……」
髪を取り戻し、精霊と攻防しているらしきライアンを見つめながら考えた。
「ライアンの髪紐はシンプルな革だから、色とビーズが羨ましかったんでしょうか」
「余っている糸があればもらえないか?」
「さすがにシロとおそろいはどうでしょう……」
ライアンの髪はまだ引っ張られて、左右に揺れている。
リンは精霊をたしなめた。
「シルフ、引っ張っちゃだめだよ」
「いや、今そこに吊り下がっているのはグノームだ」





